第80話 待たせたね


 クライシスとの初めての遊びはまず、この英雄を理解するところから始まった。


 ――――


 私は入った事もない部屋に置かれ、英雄の相手をすることになった。今と変わらず、私はソファに座り、彼は正座をしていた。


 「私はエア・バーニング。本名はクライシス・ドーペン」


 「私は……セイラで良い」


 確か、村人たちは言っていた。私の居るこの土地は清廉であると。私は山を守るためにここに来た。ならば山の意思を継ぐため、名前を清廉を訛らせてセイラにしよう。


 「綺麗な名前だね、素晴らしい」


 「ありがとう、大事な人たちが言ってくれたの」


 「言ってくれた? ああ、付けてくれてかい? なるほど、君は愛されているんだね」


 「ええ……」


 英雄の言葉に村人たちの顔が走馬灯のように思い描かれる。帰りたい。でも逃げ出せば村を滅ぼされてしまう。私はここで一生……。


 「さて、私と遊びたいと言っていたが……何をするんだい?」


 私の不安を無くすように英雄が口を開く。遊びか……そうだ、遊びだ。この店の流儀なら……。


 「……」


 一瞬、考え英雄の目を見た。私は内心焦りだした。

 つい興味本位とはいえ、男性と。しかも異種の男性と二人きりだ。緊張した。しかもこちらが誘った手前、好きにしてくれとは言い辛い。


 あれこれ考えた私はつい、着ていたドレスに手を掛け、一瞬でドレスを脱ぎ去った。人間に下着を付けされ、結果、下着姿を晒した。

 恥ずかしいよりは緊張をしていた私は何か言葉が欲しかった。人間の男性はなんて女性を褒めるのだろうか。この英雄はなんて言うのだろうか。私は胸の鼓動を早め、英雄の目を見た。


 「君……ドレスのサイズが合ってなかったんじゃないかい?」


 「へ?! ああ……」


 緊張は無くなった。だが、女として恥ずかしくなった。私は顔を真っ赤にしていたかもしれない。ソファから立ち上がり、ドレスをまた一瞬で着こむとソファに丸まって座った。


 「どうかしたのかい? すまない、変な事を言ったのなら謝ろう」


 「だ、大丈夫だ、私の早とちりだ」


 「ん? そうか、分かった、セイラさ――」


 「セイラで良い」


 つい訂正させてしまった。別にこの英雄に畏まってもらおうとは考えていなかったためだ。


 「分かった、セイラ、で、私は君が考えている事が分かった気がする」


 「ほ、ほう、ならば教えてくれないか?」


 私はこの英雄が私を理解したと発言したことに驚いた。私は胸をドキドキさせながら答えを待つ。英雄は口を開いてなぜか窓の方を見た。


 「君は外で遊びたいのだな!!」


 「え? え?」


 この英雄の発言に私は困惑した。突然、何を言い出すかと思えばまたもやそのような発言、もはやワザとはぐらかしているのではないかと思えるほどだったが、何十年も人間を見て分かった。彼の目は歳幼い子どもと同じ目だ。


 「ならば外に出よう!」


 「そ、それはダメだ!」


 「え? なぜ?」


 「あ、え、えっと、それは……そう! 私はそんなに簡単に外に出れる身分ではない、この部屋の豪華さが理由だ」


 「では、セイラはどこかの令嬢かい?」


 「ああ! そうだ! ここでは奉公に来たのだ! 立派な令嬢になるために!」


 「おお! セイラ! 君は偉い! 立派だ!」


 口から出まかせも良いとこだがなんとか乗り切った。この英雄は目を輝かせて私を見ては賛辞の言葉を惜しみなく披露した。


 「だが、いつまでもこの部屋に居るのも良くない」


 「そ、そうだな……な、ならば私がお前と遊びをする! それに私が勝てたら全責任を負って外に連れ出してくれ!」


 結構無理矢理だが、これで出来ないと言われれば素直に諦められる。


 「それは良いアイディアだ!!」


 真逆だった。彼は私の提案に賛同し、辺りを見渡した。そして、何かを見つけたような顔をして立ち上がると、変な四角い板と木彫りの小さい置物を持って元の位置に正座した。


 「この遊びをしっているかい?」


 「いや、知らないな」


 「これはチェスだ、簡単に言えばこの王を取られたら負け」


 「ほう……」


 それから私は英雄に遊びを教わった。ここに来る前の不安は消え去り、私はただただ英雄の言葉を聞き、遊びを覚えた。最初は英雄に勝てなかった。


 「手を抜いたら意味が無い! だが、セイラにはセンスがある! 私は君が満足するまで付き合おう!」


 そう言って英雄は何度も何度も足を運んだ。彼は多忙なスケジュールをこなし、私は遊びを教えに来た。だからか、店の奴らは私に強く当たらない。途中、村の子どもが店の従業員になったと紹介された。私はつい、目を逸らした。どんな理由で来たのかは気になったが、私の知り合いだと分かればどんな仕打ちを受けるか分からないからだ。


 「クライシス」


 「ほう、私を本名で呼ぶのは妹と祖母の他に君だけだ」


 「ダメか?」


 「いや、構わない、私は呼び方の強制はしていないからね」


 「クライシス、空へ連れてきてくれてありがとう」


 「構わない、君が初勝利したのだ、お祝いさ」


 それが私が英雄に勝った最初の飛行での会話。私は空を飛んでドラゴンの姿が懐かしくなったが、何より、途中で空を飛ぶ鳥を見て、ドラゴンより鳥になりたかった。と心から思った。


 ――――


 思い出をこんなにも鮮明に思い出してしまうとは。私もこれまでと頭の中で分かっているのだろう。

 荷台に揺らされ、私は目を瞑った。終わるなら早く終われ。そうすれば綺麗な思い出を持ったまま消えれる。


 「――――れぇ!!」


 「――――はああ!!!?」


 そんな考えを吹き飛ばすように馬車が止まり、叫び声が聞こえる。私は目を開け、荷台のわずかな枠から外を見つめた。目を凝らす。そうすれば私の視界には――――。


 「待たせたね、セイラ」


 あの英雄の爽やかな笑顔だけが映った。

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