第79話 英雄との出会い
「ぐちゃぐちゃぁ、うるせえなぁ、潰れるんだよぉ、ここはよぉ」
私の部屋の前で俗物が大きな声を上げる。時が来たのだ。あのジルドという薄汚い男が居なくなって私たちのような人間もどきを処分する日が。
「で、ですが!」
「ですがもヘチマもねえよぉ、安心しろよぉ、活動場所を変えるだけだぁ」
「な、なら俺達は……」
「雇ってやるよぉ、前任のマヌケェが死んだのはお前らのせいじゃねえしなぁ」
「わ、分かりました!」
前の番人が私の部屋の扉を開ける。開いた扉の前で立っている大男。下賎な男だ。これがクライシスならどれだけ良かっただろう。
「抵抗するなよぉ、お前ぇ、英雄を誑かしたらしいじゃねえかぁ」
「……」
誑かしたか、言い得て妙だな。確かにあの酔っ払い程度私にとっては造作も無いものだった。だが、こんな店に来るよりはと思い、抵抗しなかった。けど……彼が助けてくれた。
「無視かぁ? 俺を無視とはぁ、随分、良い身分だなぁ」
「黙れ、連れていくならどこへでも連れて行け、連れていけるならな!!」
人間の姿で精一杯の水魔法。水の塊が机やボードゲームのボード、駒、椅子を吹き飛びしながら大男を襲う。
だが、大男は笑いながら右手を前に出すと、この男を白い膜が包みこみ、水魔法は大男の膜に直撃と同時に霧散した。
「がはははっははは!」
「人間に堕とされたはいえ、神の水を防ぐとは」
私は悔しさに満ちた声を出すと大男はさらに笑い出し、背後に居た男たちの方を向いた。
「連れされぇ」
「へい!」
「触れるなあ!」
大男の部下なのだろう。
「しかたねえ、奴らだなあ……」
部下がやられ、動き出した大男。大男は今度は左手を私に向けた。左手の人差し指の指輪が光だした。
「眠っておけぇ!」
「きゃっ!?」
左手から放たれたまるで風を固めたような球を打ち出し、私は逃げようとしたが風は私を追いかけ、背中から直撃し、地面に倒れ込んでしまった。
目が覚めると、そこは馬車の荷台の中だった。私の他に何人もの女の子が腕を縛られ、転がされており、何人かは虚ろな目をしていた。
私は声を出そうとしたが、猿ぐつわをされており、腕も縛られていた。
助けてくれ! クライシス! 前のように!! 私は何度もクライシスを思い浮かべ念じる。
――――
「君たち、やめたまえ!」
今年の春頃、私は店の娘になるため、店に向かっている途中、裏通りと呼ばれる場所で酔っ払いに腕を捕まれてしまっていた。店の従業員たちは酔っ払いの仲間と口論をしており、今にも連れ去られそうだった。
だが私はそれでも良いと考えた。山に戻りたい気持ちもあるが私が戻ればまた襲いに来るだろう。ならばいっそ、精神が壊れるほどいたぶられた方が良いのかもと考えていた。
そんな考えを打ち破る様に大きな声を上げて現れたその英雄の爽やかな笑顔は私を救った。
「エ、エア・バーニング!? 悪かった! あんたがこんな場所まで来るとは思わなくてよ!」
彼を見た瞬間、酔いが覚めたように酔っ払いの男は慌てて私の手を離した。最初はこの男の事など知らず、ただただ人間界で偉いやつなのかと思った。
「私が居なければしていい訳では無いぞ」
「そ、そうですよね! す、すいませんでした!」
彼はそう言い残すと仲間たちと共に蜘蛛の子のように散って行った。彼は追いかける事はせず、私の方を向いた。
「謝罪するべきは私ではなく彼女だろうに……すまない、私が代わりに謝罪をしよう」
「いえ、あなたに謝られるのは違います、こちらが感謝せねばならないのに……」
「彼らも国民だから、私は彼らを見捨てない、彼らの罪も私が償おう」
「そう……変な人ね……」
でも私と少し似ていた気がした。私もこんな待遇になっても山の人たちが心配でならない。
「エア・バーニングさん!ありがとうございます!良ければお礼にどうです?遊んでいきませんか?」
そう媚へつらったのは私をジルドから受け取ったスキンヘッドの男。名前は忘れた。
英雄でもこういう場所で遊ぶのだろうか。私は英雄を見定めるように見つめた。
「遊ぶ? なんの店なんだい?」
「おや。分かっていらっしゃるのでは?」
「ん?」
「ぷっ」
本気で分かっていないような態度に私は少し笑ってしまった。スキンヘッドの男が睨みつけるが私は気にしない。興味がない人間にどれだけ恨まれようが怒られようがどうでも良いことだ。私は山の民さえ笑ってくれれば。
そんな志を持っていた私だが、すぐにこの英雄に興味が湧いた。
「どんな店かは知りませんが、私はまだ巡回があるので……」
「私はあなたと遊びたい、見捨てないでくれません?」
ちょっと臭い言い回しだろうか、私は出来るだけ可愛くおねだりしたつもりだった。だが。
「君を見捨てない!」
この一言のみ。照れたような反応はなし。ただ、その一言を大きな声で言い、店の中に入っていった。
「あ、あの彼女はまだ準備中でして……」
「遊ぶに準備など居るまい、我らは子どもの頃より、友人と遊ぶのに準備などしてはいないだろう」
「は、はあ……」
「あっははは!」
なんだその理論は! 私はおかしくっておかしくって、泣き笑いをした。従業員共が英雄の手前、何も出来ずに居るのも面白かったが、何よりその英雄が面白かった。
「で、では! 少なくとも二階の奥の部屋を少し清掃させていただくので受付でお待ちください!」
「ふむ、そうだな、他人の部屋にズカズカ入り込むのも失礼か、分かった、待とう」
「あ、ありがとうございます!」
従業員たちは慌てて二階に登っていった。私はそれを見てさらに笑った。
「よく笑うね、君は」
私に向かって英雄はそう笑って言った。お前にだけは言われたくないと思った。
「いけなかった?」
「素晴らしい」
「へ?」
「笑うことは良いことだ! だから君は素晴らしい! よく笑いたまえ!」
その勢いと発言の素直さ、私は彼を好きになっていた。
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