第74話 私は謝らない、彼女のために


 断った私を彼女は責めずに、ただ、わかったとだけ。後は沈黙を貫き海を見ていた。時折やってくるウミドリを彼女は目で追いかけていた。だが私はここでやっぱりという言葉は出なかった。


 「そろそろ帰ろう」


 「うん、分かった」


 セイラはにっこりと笑った。昼間から飛んでいたせいで気付かなかったが、すでに陽は落ちかけ、夕方になっていた。だが、夕日の元で見るその笑顔はとても綺麗だった。


――――


 それから私とセイラはあの店の個室に入り、私はセイラを降ろした。


 「また来るよ」


 「あのね、クライシス、ごめんね」


 「謝るのは私の方だろう」


 「ううん、クライシスは悪くないよ」


 「じゃあ痛み分けだな」


 「それ、意味違う気がする」


 私の発言に声を小さくして笑うセイラ。私はそんな彼女に手を振り、部屋を出た。


 「お疲れ様です!」


 外に出るとホークが頭を下げていた。私は彼の肩を叩いてありがとうとだけ呟き、自分でも驚くほど、ぶらついて受付まで降りていった。背後からホークのどうかなされましたか!? という心配の声が上がるが、私は答える元気さえなく、受付にある一人用のソファに座った。アービス君とガリレスを待つためだ。


「良かったらこれ」


 そう差し出されたのは水だった。差し出してきたのは受付のレドルだった。受付だから当たり前か。


 「アービスくんとガリレスは?」


 「どちら様もお帰りになりました」


 「そうか……では、私も帰るとしよう」


 どうやら随分長い間、飛んでいたらしい。だが、王国外に出たならこんなものか。昼から夕方にまでなっしまったしな。私は店の外に出て二階部分をつい目に映してしまう。まるで次来た時には無くなっていそうなそんな雰囲気を醸し出していたからか、もしくは私自身が寂しさを背負っているせいか。


 「おい! クライシス!」


 すると店の外に出た私を呼び止める者が居た。それは緑の布服を着た背の低い男の子――ヤグだった。店の脇にある路地からから現れたということは店の裏からやってきたのだろうか。


 「どうかしたのかい? ヤグ君?」


 「なぁ、あんた、セイラを泣かせただろ!」


 「泣いていたのかい?」


 「ああ! 扉の奥からすすり泣く声が聞こえたぞ!」


 「そうか、それはすまないことをしたね」


 「謝るなら俺にじゃなく、セイラにだろ!」


 「そうだね、君が正しい、だが、私は彼女に謝らない」


 「なんでだよ!」


 ヤグ君は私に殴り掛かってきた。私はそれを避けなかった。ヤグ君の拳は私の右胸に直撃した。だが、小さな男の子の拳は私に痛みを感じさせなかった。


 「クソっ! クソっ!」


 「……」


 私はただ殴られ続けた。ヤグ君も私が一切、痛みを感じていない事を分かりながらもただ腕を振るった。私は彼の殴った回数を数えた。別に後で倍返しというわけではない。ただ無意識に数えていた。


 「はぁはぁ」


 ヤグ君は七十八発、私を殴り続けた。疲れたのか、逆に拳を痛めたのか、彼は息を吐いて、うつむいたままになってしまった。

 私は痛みに顔を歪めるどころか、一歩たりとも退かなかった。私に聞く権利など無いが、ヤグ君はセイラにとって……いや、セイラはヤグ君にとってどれだけ大事なのだろうか。それが気になって仕方がない。


 「ヤグ君、一つ聞いていいかい?」


 「セイラは家族だ」


 「家族……?」


 「そうだ、セイラはな、本当はこんなところに居ちゃいけない――いだぁ!?」


 「ヤグ君!?」


 「おいぃ、お前らぁ、邪魔だぁ」


 やけに溜めて発言をする男がヤグ君に石を投げたらしい。ヤグくんの近くに血濡れた中くらいの石が転がっていた。

 なんという男だ。急に石を投げるなど、許せん!


 「貴様、何をする!!」


 私はヤグ君を庇い、前に出るとその男を睨みつけた。

 その男はまるで王者とでも言わんばかりの風体をしていた。顔は金色の髭を蓄え、たてがみのような髪も金色に輝いていた。そして、カーペットのように大きい赤いマントを羽織り、その下には青いスーツ。指には魔法具の指輪がいくつも付けられていた。何よりもホークと同じくらいのでかさ。だが、ホークよりも威圧感のある男だった。そんな男の近くにゴロツキのような奴らが数人、取り巻いていた。

 男は私を見て興味が湧いたのか、右の太い金色の眉を上げ、息を漏らした。


 「ほうぅ、お前ぇ、エア・バーニングかぁ……」


 「見かけん顔だな」


 「物資や金の提供者が消えたらしくてぇ、新しくこの裏路地に資金提供を務めるぅ、商人のロビウルス・ジョンソンだぁ、よろしくぅ、元ぉ英雄ぅ」


 「どこの商人だ?」


 「はっはっは、ジルドォ商会って知っているかぁ?」


 ジルド……この前の騒ぎの首謀者で、魔王軍と繋がっていた男か。私は会ったことは無いが、確か、隣国で処刑されたはず。まだ、商会自体は残っているのか。


 「知っているようだなぁ、私はぁ、死んだジルドォの商会を譲ってもらったんだぁよ、ジルドの息子はぁ、黙って譲ってくれたよぉ、だから今はジルドォ商会じゃなくてジョンソンゥ商会だがなぁ」


 なるほど、信頼と信用を失ったジルド商会を取り込み、別の商会に変えて信頼を取り戻すという名目でジルドの息子を騙したというわけか?


 「そうか、で? 君たちはなぜ石を投げた?」


 「そこの店がぁ、ジルドォが投資していたぁ、店と聞いてぇ、視察にわざわざぁ、来てやったのだぁ、そしたらぁ、小汚いぃ、やつらがぁ、道端でぇ、話していたらぁ、邪魔だろうがぁ」


 なんだと、ここに投資していたのはジルドだったのか。通りでセイラはまるで終わりかのような発言をしていたのか。投資者が処刑されれば投資はされない。だからここは後先無い。そういうことか。


 「……声を掛ければ良いではないか」


 「路傍の石に声を掛けるほど暇ではなぁい! はっはは!」


 まったく話にならない。ここは一旦、こちらが身を退いた方が穏便に済みそうだ。


 「行こう、ヤグ君」


 彼の手を取り、行こうとしたがヤグ君は私の手を振り払い、ロビウルスを睨んだ。


 「ダメだ! こんなやつらが経営を始めたらセイラやみんなが!」


 「なんだぁ? 小僧ぅ? 俺に文句がぁ、あるのかぁ?」


 「ある! ここから出て行け!」


 「ダメだ! ヤグ君!」


 ヤグ君はそう叫ぶと自身にぶつけられた石をロビウルスに投げつけた。だが、ロビウルスは笑いながらまるで羽虫を落とすかのように右手を上げた。すると指輪が光り出し、ロビウルスの身体を白い膜のような物で包んだ。それにぶつかった石は粉々になり、地面に霧散した。

 それを見た私は無言でヤグ君の手を取り、急いで空中に逃げさった。戦えば勝てる。だが、ヤグ君や店がある場所で戦えば誰かに被害が及ぶ。だから私は逃げた。

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