第73話 鳥になって消えたいの
「負けた……」
「弱くなったんじゃないか?」
なぜか不満気に私を煽るセイラ。私はこの遊び王を取られると敗北するというルールの元、王を取られ敗北した。
何が悪かったのだろうかと悩んでいるとセイラは私の元へ来て、私の背中に抱き着いてきた。
「セイラ、私の王はどうして負けたのだ?」
「弱いから」
「くっ!」
セイラの慈悲のない事実の言葉に私は正座のまま正した足を叩いた。悔しい。この前の料理勝負の時の勝敗はうやむやだが、今回は完全な負けだ。
「そんなこより、ご褒美はどうした? ご褒美は?」
「そうだな、負けたからな、行くか」
私の考えを知ってか知らずか、楽しむかのように私の背中に身体を押し付けて
「あの城嫌いだ」
「そうか? 私は素晴らしいと思うが……まぁ、好みは人それぞれだからね」
不意に背後から暗い表情をしたセイラが私の考えを否定したが私は気にしない。言ったように人によって考えはそれぞれだ。
「それはクライシスが綺麗だからだよ……さぁ、早く行こう?」
「少し待つんだ、その格好はまずいだろ?」
「やだ、このままが良い、私は鳥になりたいんだから」
「……そうか、分かった」
拗ねたような表情でそう言うセイラに私は仕方が無いかと説得を諦め、黒い下着だけの彼女を左手で抱き寄せる。
「クライシスの左手はあったかいな、そういえば入院をしていたんだって? もう良いのかい?」
セイラは私の手をさすりながらそんなに心配していなさそうにそう聞いてくる。セイラはいつもこんな感じだ。そんなセイラにあえて私は逆に表情豊かに笑った。
「ああ、大丈夫さ、心配するな」
「そうか」
そうすればセイラは少し、戸惑いつつも安心したように笑う。彼女は案外心配性だ。私が表情を落ち込ませるだけで、どうかしたのか? と私の傍を離れなくなる。
「大丈夫なら早く行くぞ、私はお前の笑顔が褒美じゃ満足できないんだからな」
「すまない、分かった」
私は、窓に足を乗せ、セイラを抱きかかえたまま飛び跳ねた。
「きゃあ!」
「我慢してくれ!」
短い叫び声を上げるセイラに慰めになるか分からない一言を放ち、私は地面に右手を向け、風魔法を放つ。すると、私と彼女は店よりも高い場所まで空に浮かんだ。
これから私は彼女と空の旅をする。勝負をしなくても連れていくと言ったが、勝負なしでご褒美貰っても嬉しくないとのことで毎回、あの遊びをしている。だが、私は会話をしながら彼女と遊ぶのは楽しかった。
「どうして、いつも飛び降りるのよ!」
「いつも言っているが噴射力が高いからだよ、君の部屋でやったら部屋が壊れてしまうよ」
「――――しまえば良いのよ」
「え? 何か言ったかい?」
私は彼女が何かを呟いたのを風の音で聞き取れず、聞き返すが、彼女は私にがっしりとしがみつくのみだった。これくらいで怖いなら鳥になるのは程遠そうだなと微笑ましく思いながら私は彼女を連れて王都を飛んだ。
向きを変える際に必要な噴射はしない。彼女が向きを変える必要は無いというからだ。帰るときには必要なのでさせてもらうが。
「王都のあの草がいっぱい生えてる場所あるわよね、あそこに降りてはだめかしら?」
「その格好ではダメだな」
「どうして?」
「あそこは子どもが多い、その格好は子どもには刺激が強すぎる」
「……久々にあなたの意見が理解できたわ」
「それはどういう意味だい?」
「あなたの言っている事は天然が入りすぎてて分かりづらいって事よ」
「天然? 私は食べ物じゃないぞ?」
「そういうとこよ? あのね、あなたは黙って飛んでなさい、私はあなたとおとぼけ話をしたいんじゃないの、景色が見たいの」
確かに。景色が見たくて飛んでいるのだったと私は口を閉じ、風魔法の勢いを少し弱め、彼女が王都の下風景をゆっくり見れるように調節した。
「ありがとう、クライシス」
「……」
「返事くらいはしなさいよ!」
「あ、ああ! 構わない!」
「もう……」
それから王都を巡った。なるべく人目に付かないよう遠くからだが、彼女もそっちの方が私も良いと言う。あまり人間は見たくないらしい。
「この王国に海は無いの?」
「海? 王国には無いが、ここからずっと南の方まで行けばある」
「行きたいわ、早く」
私はあの巨大魚を取った場所を思い出しながらそう呟くと彼女は嬉しそうに急かしてきた。
「時間は良いのかい?」
「良いのよ、どうせ後先無いんだから」
「後先無い?」
「だから良いの、クライシスは気にしなくて」
これ以上は話さないという感じだな。仕方ない、隠し事は誰にでもある。私も妹との問題を自力で解決出来たが、結局誰かに相談は出来なかった。彼女も彼女なりに考えがあるのだろう。だが、遅れて彼女が怒られるのも忍びない。少し急ぐとしよう。
「では、少し速めよう、掴まっていてくれ」
「ん」
彼女がしっかりと私を抱きしめたのを感じると私は右手の風速を強め、あの海まで直行した。
――――
「はぁはぁ、少しは手加減しなさいよね」
「すまない、君が早く海を見たそうだったのでね、つい本気を出してしまったよ」
「まぁ、良いわ、降ろして? この格好なら海に居ても平気でしょ?」
「そうだな」
私は彼女を砂で敷き詰められた地面に降ろし、果てのない地平線だけが見える海を眺めた。綺麗な海だ。ここは王国領ではなく、先住民が暮らす場所だが、王国から魔法具と生産品の交換の貿易を行っている。運が良かったのか、漁業をやる先住民は居らず、誰一人海には居なかった。
「綺麗ね、クライシス」
「そうだな、私は心が晴れやかになるよ」
「ねえ、クライシス、あなた英雄やめたんでしょ?」
「ああ、これからは仲間たちや妹のため――」
「私とどっか消えない?」
私の発言を遮り、そう言いだした彼女の笑みには寂しさと強い願望が色濃く出ていた。きっと何か理由があるのだろう。そして彼女は私が彼女にとって嬉しくなるような返答をしてくれると信じている。
私はそれを――――断った。
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