第72話 私と彼女の楽しみ


 アービス君とガリレスを置いてきてしまった。久しぶりに来たものだから気持ちが先走ってしまったようだ。私は下の階に居るアービス君とガリレスに心の中で謝罪した。いや、もう彼らも楽しんでいるのだろうか。

 私はシャンデリアが天井に並び、様式が金色のように光り、何個もの扉が見える通路を歩き、その奥の扉に向かった。奥の扉は他の扉と違い、豪華な仕様になっており、その扉の脇にだけボディーガードのような人物たちが立っていた。

 右は私も見知っている大男で、私の背でさえも彼の顎下までしかない。彼は私に気づくと猫背の背を思い切り伸ばして、頭を下げた。左の子はそんな大男の態度を見て私の方をじっと見つめてきた。随分、若いな。新入りだろうか。見覚えが無い。だが、なぜだ。私を見つめていた彼の目が私を恨めしそうに睨んでいた。


 「ホーク、久しぶりだね」


 「エア・バーニング様! お久しぶりであります!」


 私は気を取り直し、知り合いである大男――――ホークに挨拶をすると、ホークは私に向かって頭を下げたまま低い声を唸らせる。ここの店の従業員は礼儀正しい。だが、そういう態度は私にとってむず痒いものだ。私は軽く手を振った。


 「そう、畏まらないでくれ」


 「いえ、そうも行きません、なにしろうちの稼ぎ頭のお得意様なのですから」


 稼ぎ頭というのはセイラの事だ。彼女は一癖も二癖もあって接していると楽しいからなんとなく理解できる。


 「ううむ、まぁ、いいか、あ、えっと彼は? 先ほどから睨まれているようなんだが……」


 私は睨む男の子の方を向いてそう尋ねると男の子は慌てて睨むのを止め、大男のように姿勢を正した。逆に私の指摘を受けたホークは頭を上げ、姿勢を崩すと元の猫背になり、ホークの胸元までしかない男の子を上から睨んだ。


 「おい、ヤグ、エア・バーニング様を睨んでたのか?」

 

 ホークの雰囲気は先ほどの私への態度とは打って変わり、威圧のような雰囲気を纏い、そのヤグと呼ばれる若い男の子に尋問のように問い詰める。


 「い、いえ!」


 「ならエア・バーニング様が嘘を吐いたのか? 違うよな?」


 「は、はい!」


 ヤグはホークに恐怖しているのか、声が震えていた。可哀想だと思った私はホークの肩を叩いた。


 「もういい、ホーク、私は気にしない、彼の事は私に免じて許してやってくれ」


 「エア・バーニング様がそう言うなら……おい、ヤグ、今度、お客様を睨んでみろ、その目玉抉り抜くからな!」


 「す、すいません!」


 ホークは良い人だとは思うのだが、何分、言動が厄介だ。体格からして荒業専業のようだから致し方無いのかもしれないが、さすがにヤグ君が可哀想に感じる。


 「ホーク……」


 「ああ、すいません、エア・バーニング様の前で大きな声を出してしまいました」


 「いや、そのことではないのだが……後、私はもうエア・バーニングではなくクライシスの名に戻したんだ、これからはクライシスで頼むよ」


 「はっ!」


 「ヤグくんだっけ? 私がどうかしたかい?」


 睨んだ理由をやんわりと聞くとヤグくんは無言で首を横に振った。これ以上、ホークに怒られたくないのだろう。

 

 「おい、ヤグ、答えろ」


 「な、なんでもありません!」


 「そうか、なら良い」


 ホークが居てはこの子とは話が出来ないと思い、私はすんなり身を引いた。すると下の階だろうか。地面に何かを落としたような音が響いてきた。ホークはその音に眉をひそめる。何かあったのだろうか。


 「ん?? ヤグ、俺は下を見てくる、ここで見張りをしていろ、クライシス様の邪魔だけはするなよ」


 「わ、わかりました!」


 「では、クライシス様、私は下の様子を見てきます、楽しんで帰ってください」


 「すまない、もしもなにか私にできる事があれば言ってくれ」


 「いえいえ、店の事は店の者で解決します、ここは私たちに任せ、ゆっくり楽しんでください、では」


 ホークは丁寧にそう私にお辞儀をするとその巨体を動かし、下の階に降りていった。私はヤグ君の方を見るとヤグ君は私の顔を見つめていた。


 「なぁ、クライシス様、あんた、セイラ様を抱くんだよな?」


 「抱く?」


 「抱いてるんだろ? 高い金払って、英雄を辞めたらなんでもしていいのか?」


 「悪いが何の話だい? 私はただセイラと話をするだけだよ?」


 「ふん、なにかっこつけてるんだか……さっさと入れば良いだろ」


 ぶっきらぼうにそう言われ、私は少し傷ついたが、彼を怒らせるような事をしたのだろうかという考えが頭を巡る。だが。


 「君が何を怒っているのか、知らないが、そうだね、セイラを待たせてるだろうし」


 私はヤグ君の事も気になったがセイラさんとの楽しみを優先させ、その豪華な扉に入った。


 「いらっしゃい、エア・バーニング……じゃなくてクライシス・ドーペン様?」


 中はまるでお金持ちの部屋だった。広い個室に黄金のベッド。中には湯が張ってある場所もあった。窓もあり、そこからは王城が見え、下は裏通りが見える。

 そんな部屋の真ん中のソファに彼女は座っていた。綺麗な赤のドレスに身を包み、後ろ髪を豪勢な飾り物で縛った長い緋色の髪。綺麗な肌に顔。年は私よりも下だが、その雰囲気は大人びた物があった。


 「クライシスで良いよ、ドーペンだとこの王都にもう一人居るからね、それに君は元からクライシスだったろ?」


 「そうよ、残念ね、あなたをそう呼ぶ人が増えるのは、それに私が居るのに他の女の話はダメよ」


 妖艶な雰囲気でソファから立ち、私の元へ歩み寄るセイラ。私の頭一つ分背が低い彼女は私をそう拗ねながら上目遣いで見上げた。


 「妹だよ」

 

 「関係ないわよ、女は女」


 とんだ暴論だと思うが、この部屋の中では私は彼女の言う事を聞くようにしている。私は静かに頷いた。


 「そうか、なら慎もう」


 「ええ、相変わらず素直ね、クライシスは」


 彼女は笑いながらドレスを脱ぐと、その下は黒の下着だった。私はまたその格好でやるのかいと苦言するが、彼女は楽しそうに作戦の内だ、許せと笑った。ならばと私も革のジャケットを脱ぎ捨て上半身を黒のタンクトップ一枚になり、私は彼女の座っていたソファの反対方向に正座をした。

 そして、彼女はそう来るかと楽しそうに笑い、先ほど座っていたソファに座り、私と彼女の間に挟んである木材の広いテーブルをお互いに見た。

 そこには白黒ボードがあり、そのボードの上に木に漆を塗って削ったであろう置物が三十二個置いてあった。その置物は十六個、ボードの端の方に二列で私と彼女の側に置かれている。


 「では始めようか、クライシス、勝った時の事覚えているな?」


 「ああ、勝負だ!」


 先攻は私。私はそのボードの上にある二列目の置物を手に取り、動かし始めた。さて、久しぶりに私と彼女の楽しみが始まった。

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