第71話 俺が客で幸運だったな


 俺、ガリレスの初めての風俗。俺はここに足を踏み入れるのを10代の頃から憧れていた。入らなかった理由は多々あるが一番の理由は金だ。十代の頃は金が無かった。最上位魔術士に認められたのは二十代になってからだ。そこから金が入るようになったが、金が無かった反動のせいか貯金癖と博打依存にハマり、金を増やすか貯めるかして来なかった。だが、今日は違う。浪費だけするのだ。

 ちなみに、俺が一番安い値段の子を頼んだのは守銭奴だからじゃない。安いのは案外誰も選ばないものだ。つまり手垢が少ないと考えた。まあ、あくまで予想だが。


 「ここか?」


 受付から地下に降りる階段を降りた場所に居るというその娘。俺は地下に降りると薄暗い中を壁に掛けてある松明を頼りに鋼鉄の扉を見つけ、軽くノックし、名前を呼ぶ。


 「ツイルって子はここですか?」


 ――――ガダンッ!


 「……ん?」


 なぜだろう、名前を呼んだら内側から何かを扉にぶつけられたんだが……。あ、あれか?入って良いよという合図か?完全に来るなとしか捉えられないが、金を払ってるんだぞこっちは。入ってやろう。


 「お邪魔しま――」


 ――ダダンッ!!


 扉を開けようとした瞬間、やはり何かが内側から扉を叩いている。なんなんだ……。上の不毛地帯に文句でも言ってやろうかと思ったが、そしたらこの娘がクビになってしまう。こういう場所で働く娘はなんらかの事情を抱えていてその日暮らすのに命を懸けている。俺が余計なことを言って辞めさせられて死なれでもしてみろ。目覚めが悪いわ。それにあの不毛地帯の下卑た笑い、どっかで見たことあるんだよなあ……。


 「でえい!」


 俺は覚悟を決めて、鉄の扉を開く。鉄の扉の傍に壊れた椅子が散乱していた。これを投げていたのか。そして、俺は中の人物を見て目を見開いた。そこに居たのは綺麗なブルーサファイアのような髪。こちらを睨む赤い瞳。そして、生地が薄いネグリジェ。ていうか何歳なんだ? あの勇者様くらいだろ、この年は。だが、俺はつい生唾を飲んでしまった。それほど魅力的だったのだ。


 「あー、どうも?」


 「あ、あ、あ、あ」


 まるで何かがつっかえたような声を出すツイル。俺は首をかしげる。


 「ん?声が出せないのか?」


 「あ、あ、あ、あ、あ」


 俺がそう聞くとツイルは喉を押さえ悔しそうな顔をしだした。喉に変な紋が付いている。というか魔術だな。


 「おいおい、この店やばくね?」


 強制的に声帯を奪ってるのか、ここの客層は知らねえが欲情をぶつけるだけのおっさんはその紋をいやらしい意味に捉えるか、声が出ない可哀想な子、いや、哀れな子だと思うだけだろう。

 だが、最上級魔術士の俺は無駄な知識が炸裂し、その魔術紋の意味が分かってしまう。


 「あ、ああああ」


 「悪い、俺、解呪魔法は使えねえんだ、得意な魔術は探索、発見系でな」


 「あ、あ、あ」


 俺の説明を聞いたからか、彼女は俺の背後を何度も指さした。外にそれを解くための鍵のようなものがあるのか、それともこれを施した奴がこの店の中に居るのか。というか助けてくれって事か?


 「助けてほしいのか?」


 「あ、あ」


 頷いた。確かにこの子は可愛いから平時なら救っていたかもしれないが、今、俺はそんな事をするために来たわけじゃ……。悩んでいる俺を察したのか、彼女は顔を落ち込ませてしまう。クソ、なんで俺が……。


 「分かったよ、それを解くには魔術士を倒せば良いのか?」


 ツイルは首を振る。なら鍵系か、多分、これを消すには連動している元の魔術紋を消すしかねえ。


 「待ってな」


 俺がそう言うと、ツイルはニコニコを笑みを浮かべる。俺はその笑顔にほだされ、鉄の扉を閉めると鉄の扉に背を預け、黒いコートのポケットから白紙の紙を出した。そして、人差し指を噛んで少量の血を出すと、先ほど見た紋を描く。


 「詳細探索ディテール・サーチ


 俺が最上級魔術を唱えると描かれた魔術紋は光り輝きだした。この魔術はただの上級魔法の探知の上位互換で、魔力反応を調べるだけの探知に、詳細な魔術の紋や魔力を紙に練りこむことで邪魔な魔力は遮断し、指定した魔力だけを見つけられる。今、光っているのはツイルさんのものに反応しているのだろう。ここからその元の魔術紋を探しに行かねばならない。なんて面倒なんだ。


 「さてと、どこにあるのかね……」


 俺は指先の血を口に入れ消毒代わりに舐めながら考える。厄介なのが受付を通る事だが、そんな物を人目に付きそうな場所に置くはずが無い。俺なら置かねえ。それにそんな広範囲で縛れる魔術士がこんな店に居る可能性は低い。ならこの辺りにあるか?


 俺は地下通路を一通り歩き出す。すると光っていた魔術紋の光は消えた。この辺には無いって事だな。

 さらに進むとツイルさんの部屋の他にも何個も鉄の扉があったが反応はなし。まだ誰も入っていないのだろう。


 「あの扉で最後か」


 最奥にある鉄の扉に紙を差し出すと紋は光り輝きだす。ビンゴだ。運が良いねえ。いや、この場合は彼女か。並の奴なら何個もあるあの扉を開けて調べなきゃならない。ここは時間の勝負だ。

 俺はコートの内側からナイフを逆手に持って、鉄の扉を思いきり開け放つ。


 「あったあった」


 あの紋を何倍にも大きくしたような光り輝く魔術紋が石畳の地面に描かれていた。

 俺はその魔術紋の近くでしゃがんだ。こういうのを消すのに魔術は要らねえ。止まりかけていた指先の傷だが、まだぷっくらと傷口から血が浮かんでいた。二度も切らずに済みそうだな。俺はラッキーと思いながら魔術紋に傷がある指先を押し当て、適当に線を引いた。魔術紋に俺の血が横一線に引かれた。

 すると魔術紋の輝きは消えていった。俺はそれを見て鼻で笑った。魔術紋を打ち消すのは難しくない。上から別の魔力を注ぎ込んで高度に練り上げられた魔術紋の仕組みを壊せば良いだけだ。


 「さて、戻る――――がぁ!?」


 ツイルの元へ戻ろうと鉄の扉の方を振り返った瞬間、俺の身体がその部屋の奥の壁まで吹き飛ばされた。完全な不意打ちだったせいで手からナイフを落としてしまい、さらには壁に吹き飛ばされた際、背中から圧迫され、尋常じゃない痛みに壁を背に地面に座り込むしかなかった。

 俺が目をしっかりと開いて見ると、そこには上の不毛地帯に似た男が拳の関節を鳴らしながらこちらを見ていた。

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