第70話 アービス君はそんなところ行きませんよね!?


 クライシスさんとガリレスさんに置いていかれた俺は名前表を見て悩んでいた。というか今更だがどうして来てしまったのだろう。野郎同士だと色々テンションがおかしくなってしまう。


 「どうしますか? アービス様」


 「えっと……」


 正直、迷うというより帰りたくなってきた。だが、ガリレスさんはともかくクライシスさんを置いて帰るのもなぁ。でも……。


 「悩まれているのならこちらでおすすめの子を紹介しますが」


 「えっと、やっぱり俺にはまだ早かったので帰っていいですか……?」


 「え、あ、はい」


 店員さんにそう伝えると俺は店を出た。俺はこれで良かったのだと納得した。そして、裏路地通りを抜けてナチとクライシスさんの妹のクロエと出会ってしまった。

 なぜこの二人がここに。


 「あれ? アービスくん? どうして裏路地通りから?」


 「え、いや、まぁ、ちょっと用があって」


 「こんな昼間からえっちぃですね」


 「ぶっ!」


 この後輩、ナチの前でとんでもない事を言いのけやがった! 未遂だ! だが、ナチが涙目でこちらを見ていた。


 「ア、アービスくんはそんな場所行ってませんよね!?」


 「行ってない!」


 「本当ですか~? 汗すごいですよ?」


 「気のせいだろ」


 俺が苦笑いでそう言えばますます楽しそうに笑みを浮かべるクロエ。

 クソっ! この女! マジでどうかしてやがるのか!? 楽しんでやがる!


 「あ、そうだ、ナチ、刀の袋は?」


 「ああ! ごめんなさい! 今日は会うと思っていなかったので持ってきてないです……」


 思い出したかのように頭を下げ、許しを乞うナチ。良し良しこれで話を変えれたな。


 「いや、気にすんなよ、出来てるっちゃあ出来てるって事か?」


 「はい! この二週間くらいアービスくんと会えなくて……その……」


 「悪かったな、最近、勇者様がご機嫌斜めでな」


 「アニスちゃんが?」


 「だからこの前、繁華街の通りで犬のマネしてたんですか?」


 「そうそう……ってあれはお前のせいだろうが!」


 何をしらばっくれてんだこいつ! 


 「えー? 何の話か分かりません」


 「犬のマネってこうですか?」


 ナチは不意にわんわんと言いながら、両手を丸めて舌を出した。可愛いがそれでは犬と猫のミックスだ。


 「違いますよ、先輩、この人、繁華街で四つん這いで勇者様の犬をやってたんですよ」


 「ええ!? な、なんで!?」


 「アニスと出かけてるときに、クロエが余計なことしたからアニスが怒ったんだよ」


 「あの、気安くクロエって呼ぶのやめてくれませんか?」


 「うるさい、クロエ」


 「あなたって本当に性格悪いですね、場違いさん」


 「お前に言われるのだけはマジで嫌だ」


 いや、冗談じゃなくて。この目の前の金と黒の髪の悪魔にだけは言われたくない。デレを装って俺を公開処刑した罪。正直、気にせずに終わりにしてやろうかと思ったが仕方ない。名前呼びという嫌がらせでお返しだ。


 「そういえば、アービスくん、クロエちゃんと知り合いなの?」


 「知らない方が良かった人ナンバーワンよ、お兄ちゃんが関わってなかったら縁を切りたいレベル」


 「俺のセリフばっか取って楽しいか?」


 ていうか、お兄ちゃんが居るって言っていいのか? それともお兄ちゃんが居るって事だけ伝えてるのか? 


 「あ! エア・バーニングじゃなくてクライシスさんとアービスくん、今、一緒に活動してるもんね!」


 「クロエ、クライシスさんとの事良いのか?」


 「はぁ? なんでお兄ちゃんとの事隠さなきゃいけないのよ、あんなに立派なお兄ちゃん」


 「そ、そうか」


 前はそうじゃなかったくせに。と言おうとしたがクロエの笑顔が眩しかったので嫌味は止めておいた。俺って優しい。


 「そうだ、場違いさんに聞いても仕方ないかもだけど、お兄ちゃん今どこに居るか知ってる? 退院したのにジョギングしに行ったきり帰ってこないのよ」


 「え、あ、し、知らない」


 「……知ってる?」


 「知らない!」


 まずい。ここでお兄ちゃんは女の人といやらしい事をしてますとは言えない。それでは先ほどの笑顔が一転して絶望に染まってしまう。


 「そう、なら良いわ」


 どうやら俺の知らないふりは完璧だったらしい。クロエは引いていった。


 「あ、私とクロエちゃん、今から勉強しに行くんだけど、アービスくんもどう?」


 ああ、なるほど、一緒に居ると思ったらクロエがナチに勉強を教わってるのか。ナチはあのアニスに勉強を教えられるくらい頭が良いからな。道徳教育もしてほしかったくらいだ。


 「いやぁ、邪魔しちゃうし、やめとくわ」


 「え、邪魔じゃないよ、ね? クロエちゃん」


 「正直、邪魔ですけど、ナチ先輩が来てほしそうなので来てください、先輩」


 「お、場違いさんじゃなくなった」


 ちょっとキュンとしたぞ。先輩呼びは選ばれた先輩しか呼ばれない。しかもこんな可愛い子に。性格は悪魔だが。


 「どうせ、場違いさんって言ったらそんな呼び方するやつと一緒に居れるほどメンタルは強くないとか言いそうだったので」


 「すごい、クロエちゃん、アービス君の事良く分かってるね! そうなの! アービス君、すぐに言い訳するから」


 「おい、それじゃあまるで俺が言い逃ればかりしてるみたいじゃないか」

 

 正直、自覚はあるが、この言い逃れスキルはアニスのせいで鍛えられた物だ。文句はアニスに言って欲しい。


 「違うんですか~?」


 「ああ、違うさ」


 「じゃあ、裏路地通りで何をしていたんですか?」


 「……野暮用」


 そ、それだけはダメ。必然的にクライシスさんの居所もバレてしまう可能性がある。


 「言い逃れてるじゃないですか……」


 「男には言えない事の一つや二つあるんだ……」


 「え、えっととりあえず、図書館に行きませんか? 二人とも」


 ナチがこの会話をぶった切ってくれて助かった。俺はそうだそうだと頷き、図書館に向かった。図書館……? 図書館といえばあの人だが見つからないことを祈ろう。アニスに二人の女の子と勉強していたなんて噂が入ればやはり、アニスの嫉妬による俺の死だ。

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