第75話 頼れるのはいつも運


 冷たい拷問部屋。俺の吊られている下には熱湯があり、紐で上半身を縛られ、宙づりになる上半身裸の俺にその熱湯を思い切り被せた奴が居た。頭を木の棒で殴りつけた奴が居た。運が無い。運が無い。俺にはここを脱する運が無い。そう思いながら俺は目の前でニタニタと笑う大男を睨んだ。受付の不毛地帯の次は猫背のゴリラ。この店に入って女より男の方が目にするってどういうことよ。


 「おい! 黙っていても良い事ねえぞ!」


 「喋っても良い事ねえだろうが、ホークよ」


 「黙れ! 裏切り者が! お前は勇者の仲間たちと来ただろ、そして、てめえは喉潰しの魔法を消しやがった!」


 裏切り者。そう、俺はこいつらを知っていた。だが、顔見知り程度だがな、こいつらはケルベロス騒動の時に勇者パーティーを襲った奴らだ。俺は依頼を受けた振りをして金だけもらって、勇者側に付いた。だから裏切り者。

 こいつらの大半は騎士団に捕まったが、何人か逃がしたらしい。だが、これで納得だ。あんなに大勢知らないやつらが王都に入れた理由。元から居たんだ。

 こいつらは仕事柄、表には出てこない。ここで隠れてやがったんだ。騎士団の連中はここでお世話になっている貴族連中が探すのを止めたのだろう。クライシスが知らなかったのはあいつは賭場に居なかったから。


 「言わねえと状況整理出来ねえのか? だから脳筋ゴリラなんだぞ、シャロちゃんだってもう少し考え――がぁ!?」


 木の棒で殴られた。いてえ。まったく論破されたくないならさっさと要件言えや。脳筋ゴリラ。その木の棒でバナナの木でも叩いてろや。


 「エア・バーニングはいつも通りうちの奴隷と遊んでるが、もう一人は何もせずに帰った、てめえらの行動は三人バラバラで何かあるようにしか思えねえんだよ!」


 「おいおい、アービスの旦那何もせずに帰ったのかよ、あのな、そいつはビビって帰っただ―――ぐふう!」


 「嘘を付くな! 言え! 何の目的で来やがった! 大方、ジルドのアホが死んでここが浮かび上がったんだろうがな!」


 「ジルド……? そ、そうだ、ここの店が浮かんできたんだ、で? ここでは奴隷を扱ってるんだよな? だが、王国ではこういう店は少数どころか奴隷制なんかない、さてどこから連れてきた? あの名簿を見た限り、落ちぶれ貴族に売られた女の数じゃ賄いきれないよな?」


 「クソ! そこまで気づかれてたとはな!」


 全部お前の発言で作り上げた出まかせだ。馬鹿が。ていうか、本当に運が無かった。あの勇者パーティーに関わるとろくな事が無いぞ。


 「まぁ、良い、あれはな、鉱石で作られた魔獣の女だ」


 なんだそりゃ、意味不明だ。俺には理解できない。鉱石? 魔獣? は?


 「頭が沸いているとしか思えねえな」


 「信じないのも無理はないな、鉱石を無理矢理食わせた魔獣が女になったなんてよ」


 「見たことあんのかよ」


 「あるわけねえだろ、俺らはジルドが降ろしてくる魔獣の女を格安で受け取って、そいつの喉を魔法で潰して客の相手させてるだけなんだからよ、で、完全に服従したら声を戻してやるだけさ、服従したやつらは余計な事を言わない、言ったらまた喉を潰されるからだ、今は喉を潰されてるのはお前が助け出そうとした女一人だけだったがな」


 だから他に魔力反応が無かったのか、にしてもあんな可愛い子が魔獣。まぁ、この脳筋の話を全部鵜呑みにするのも馬鹿らしいがな。にしてもペラペラペラペラ。ありがとうございますって感じだ。そんな御大層に犯罪自慢とは恐れ多いわ、本当。


 「だけどよ、魔獣なんて人間の相手できるのかよ」


 「知性がある魔獣だって居るんだろうさ、そういうやつらは覚えが早いからな」


 「はぁ、で? 俺が助けた女は?」


 「ひっひっひっ、まぁ、お仕置程度だ」


 本当かよ、どんだけ汚い笑いしてんだお前。それじゃあ女にモテねえぞ。


 「さて、俺はエア・バーニングの様子を見てくる、お前はそこで吊られてろ」


 さっさと消えな。脳筋ゴリラ。俺はそう心の中で罵声を浴びせればホークはどこかへ消えていった。

 やっと消えやがった。運が無かったぜ。運が復活したがな。ズボンも脱がせないとダメだぜ。俺は縛らて上半身とくっついている右腕の指を全力で動かし、ズボンを上げ、ポケットにあるナイフを取り出し縄を切ろうとするが上手く扱えない。


 「クソっ! ナイフの使い方なら二番目には上手い俺が!」


 一番目は上級魔術士の双刀使いのマーシャルだ。あの不愛想な女。今頃、どこで人の首を平気な顔で狩ってるやら。


 「ちょっ! あっ!」


 なんてことを考えていると俺はつい、ナイフを熱湯の中に落としてしまった。はい。運の尽き。さようなら人生。


 「だが、アービスの旦那がすでに帰ってるならチャンスはある、さすがに夜になっても戻ってこなかったら心配になるだろ」


 俺はそんな安易な期待を込めて、宙づられていた。


 ――――


 「アービス先輩! ここはこうです!」


 クロエは俺の置いた本を棚に差し込むと自身の持っている本を棚の表紙が見える場所に置いた。


 「図書館だから静かにしよう、ね?」


 「すいません、ナチ先輩、でもこの頭凝り固まった人が言う事を聞かなくて」


 「なんだと! ここの方が良いに決まってんだろ!」


 俺はその配置が気に食わずに、先ほどクロエが差し込んだ本を表紙が見える場所に置き、その本を代わりにさきほど差された場所に差し込んだ。

 俺たちはアモンさんの手伝いで本棚の整理をしていたのだ。


 「それじゃあ、この本が目立ちません!」


 クロエは頬を膨らませてその本を取り出し、俺に怒ってきた。だが、俺は退かない。こういう本の配置だけでも男のロマンがあるのだ。


 「良いだろうが! そういう詩集とかはな、本棚にひっそりあって知る人ぞ知るみたいな雰囲気が良いんだろうが、放課後訪れた図書館で不意に見つけた詩集に心ときめかせるのが良いんだろうが!」


 「はぁ!? 意味不明です! 良いものはみんなに読まれるべきです!」


 「その詩集はあの最上級魔術士でもあり、詩や物語を作る天才、ペロパリ・ディーバが作ったんだから誰でも知ってるじゃねえか!」


 魔術の教科書にも載るほどの作品だぞ! 俺でも読んだわ! 感動したわ! と付け加えればクロエはまたも反論をし返す。


 「だからこそです! 大体、魔獣図鑑とかわざわざ表紙が見える場所に置いてみんなを怖がらせるだけなんですよ!」


 「それは違うだろ! みんな、もっとモンスターに危機感を持った方が良いんだ! 最近は変に強化された奴まで出て来てるんだから!」


 「あの! 静かにしましょう! ね? クロエちゃん? アービスくん?」


 だが、ナチの制止もむなしく俺とクロエはその論争を繰り返した。ガリレスの事は一切頭になかった。

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