第66話 いつまでこの首輪を付けてろと!


 白い部屋に白いベッド。白いベッドの奥の方にある小さな棚や床にお見舞い品が所狭しと置いてあった。

 白いベッドの隣に俺はモンスターの文献をめくりながら座っていた。白いベッドにはエア・バーニングもといクライシスさん、英雄を辞めた英雄。どうしてそうしたのかは分からないが、彼が決めた事だ。俺がとやかく言うつもりはない。


 「ん、アービスくん?」


 「おはようございます、クライシスさん」


 俺が笑いかけながらそう言うと、白い病院着を着こんだクライシスさんも上半身だけを上げ爽やかな笑顔を向ける。


 「私が英雄を辞めたのは……」


 「聞きましたよ、シャーロットさんから、シャーロットさんはわけわかんねえ! って言ってましたけど」


 ちなみにアニスは英雄を辞めたからなんだ、どうでもいいだろ、アービスが勇者パーティーを辞めたなら僕は死ぬまでアービスが戻る様に説得するけどと塩対応だった。説得は物理なのかちゃんと言葉によってなのか……


 「そうか、ケルベロスは?」


 「アモンさんが連れ帰りましたよ、しかも三頭も、頭が三つと頭が一つが二匹ずつ、多分、アモンさんの勇者パーティーの借り家に行けば会えますよ」


 あれには正直驚いた。というより、国民が怯え切っていたし、なによりケルベロスが懐いていた。特に一つ頭二頭はシャーロットさんに。何かしようとしてもシャーロットさんが前に立つと首が一つだけの二匹はビビり散らしていた。三つ首は大人しくアモンさんに乗られていたな。


 「アモンさんも倒れただろう? 大丈夫だろうか」


 「はい、アモンさんはケルベロスと遊ぶんです~!! と入院拒否しましたよ」


 「そうか! 良かった!」


 「ちなみにこの事件の首謀者だったジルド商会のジルドは隣国の商人なので隣国任せになりました」


 「ジルド?」


 「ああ、そういえば、そこからですね」


 俺はそれから今回の顛末までを長々と話した。クライシスさんは黙って頷きながら俺の話に耳を傾けた。


 「アービス君、大変だったね、お疲れさま」


 「いや、ケルベロスとか任せちゃいましたし、俺は特に何も」


 「君は常に勇者パーティーの役に立っているよ」


 「クライシスさんは持ち上げ上手ですよね」


 「持ち上げているわけじゃないさ、ただの本音だよ」


 クライシスさんの俺の評価はなぜか高い。そこまでの事はしていないが、なぜだろう。


 「なんだ、起きてるじゃないか、帰るぞ、アービス」


 クライシスさんと談笑しているとまるで王様気分でやってきて勝手な命令を出してきたアニス。


 「おいおい、少しはクライシスさんにも挨拶しろよ?」


 「ああ、クライシス、君が英雄を辞めたことなどどうでも良いが、勇者パーティーの仕事までサボったら辞めてもらうからな」


 「心配無用だ、勇者様、私は君たちを守ろう」


 「そうか、なら良い、ほら、アービス、帰るぞ」


 アニスが俺の首輪に付いている地面に落ちていたリードを力任せに引っ張ってきた。俺はそれに煽られ、立ち上がる。


 「じゃ、じゃあ、クライシスさん、また来ますので」


 「そんな暇はないぞ、僕とのデートの途中だろ」


 「そんな強くリードを引っ張るな!」


 「またね、アービスくん、勇者様」


 「はい! また! ちょっ! 強い! 強いって!」


 「ほら、早く早く! アービス!」


 アニスは無慈悲。俺を犬のように引っ張りながら病院を出て行ってしまった。


 ――――


 ふふん、今日は楽しかったなぁ、商売人だとこういう特典が付くのが良いよね。


 「ねえ! エルちゃん! でも今回は出番無かったね? 残念!」


 「……」


 私はじいやが運転する馬車に揺られながらエルちゃんの頭を撫でていた。隣国への帰りだ。馬車には四人入っていた。一人はジルドだ。もう一人はロックス。


 「学園への侵入は無理ですね」


 「そうかい、まぁ、それは副産物程度にしか考えていなかったし、いーよー、ロックス」


 「はっ、どうやらあの学園、番犬を飼っているようで」


 「まぁ、そうだろうねえ、あの学園の持続的に転移魔法を掛けられるほどの魔力、あれを知りたかったけど、ロックスが無理なら無理だね、ちなみに犬種は?」


 「隻腕の剣士です、武器や服装はどこぞの島国から輸入しているようで……」


 「良いねえ! かっこいい!」


 「かっこいいとかじゃないですよ、ケルベロスで国中が慌てている間にガリレスの案内を受け、忍び込んだんですが、あの剣士の殺気にやられました」


 「気づかれたのか?」


 「気配だけを」


 「そうか、なら良い」


 ロックスにそんなミスは似合わない。まぁ、ここは寛大に許してやろう。だが、あの学園、秘密が多そうだ。さて、どう暴いてやろうかな。


 「ね? ジルド?」


 「んんんんん!!!」


 「大丈夫さ、本国で首つりの準備は私がしてあげるよ」


 「んんんんんんんん!!!!」


 さよならおじさん。私は好敵手に別れを告げ、エルちゃんを撫でながらつい笑みが零れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る