第61話 自分のなりたい英雄
私はアービス君と分かれた後、クロエに謝るために歓楽街、中央街を抜け、住宅地へとやってきていた。木造の家が立ち並ぶ場所の真ん中に大きな野原があり、クロエはそこで遊ぶのが昔から好きだった。
「クロエ」
案の定、野原の木で出来た公共の長椅子にクロエは下を向いて座っていた。私が声を掛けるとクロエはこちらを見て目を泳がせた。
「なに?」
「考えたのだが、私は何か間違っていたのだろうか」
「え? なに、急に」
私の質問にクロエは困惑していた。それでも私は許可を取らずにクロエの隣に座った。
「今までやってきた事があっているのか、それともただお前を悲しませるだけで、良い行いじゃなかったのか」
「……私はともかく、国民の人は兄さんが無償でなんでも解決してくれて喜んでるから良い行いだと思うよ」
「クロエは? クロエは私が人助けをやり始めた頃からその、溝が開いたようなそんな気がしていた」
「私は兄さんが人を助けるのが誇らしいけど、嫌」
「ええっと、それはどういう意味だい?」
「だから、人助けをする兄さんは好きだけど、過剰に何でもかんでも引き受けて自分を消耗品みたいに扱う兄さんは嫌いって事」
消耗品。そんな事を思ったことが無かった。私はこれまでどんな依頼も頼みも全て引き受けた。その証拠に貰った名前がエア・バーニング。私はその名前で呼ばれるのが嬉しくてどんな依頼も受けてきた。
「最初の頃は兄さん、傷だらけだったり、帰って気絶したりして、見てて不安だった」
「すまない」
最初の頃は辛かった。強力な魔法を手に入れたとしても攻撃力のみが上がったに過ぎない。だが、私は賢者というわけじゃない。荒事を中心に引き受け、毎日のように泥水をすすりながらゴブリンやオーガと戦った。自分の力を制御できずに自爆したこともあった。
「……兄さん、変わったね」
「そうかな?」
「うん、昔はこういう話、苦手だったじゃん、私も苦手だけどさ、不満があっても何も言わないし、私が出て行くときも何も言わずに素直に私をおばあちゃんの家に行かせるし」
「そうだな……そうだったかもしれないな」
「だったじゃなくて、そーだよ、でも今回はこうして追いかけて話に来てくれて嬉しかった」
少し微笑んだクロエ。笑うクロエを見るのは久々だ。表情が柔らかくなったところを見ただけで満足した私だったのに微笑まれると私まで嬉しくなる。それに兄妹だから出来る会話というのも初めてしたかもしれない。今日は初めてだらけだ。元気を貰っているからかもしれない。
「兄さん勇者パーティー楽しい?」
「楽しいのかもしれない、私は誰かと共に行動するのはほとんど無かったからな、警備巡回の時間は減ってしまったが」
私はいつの間にか、一人で飛ぶ時間よりも彼らと過ごす時間が増えた。
シャーロットさんと会えば酒場に付き合い、アモンさんと会えば私の知らない話をしてくれて、見つからなかったが、異臭騒ぎの犯人を捕まえるために三人で走り回った。
そして、アービスくんと勇者様と会えば、料理勝負だったり、楽しい会話に巻き込まれたり、敵のはずのモンスターと仲良く話したり。いつもと違う経験ばかりを味わっている。
「一人で街回って警備するよりよっぽど有意義だと私は思うよ」
「国民の常なる平和を保つ事は良いのだろうか……」
「あのね、少しくらい自分でさせた方が良いんだよ、なんでもかんでもお兄ちゃん頼りじゃ、お兄ちゃんがもしも居なくなったらどうすんのよ」
「それもそうだが……」
私はいずれ、魔王討伐で居なくなる。そしたらここは誰が守るのか。私は彼らから自衛本能を奪っていたのかもしれない。
「だからお金も受け取って、特に依頼人が提示しているやつは受け取るの、それで自分が使わないなら誰かに何かを買ってあげたりすれば良いじゃない、自分のために英雄になるの、自分がなりたい英雄になって」
「私のなりたい英雄……」
「そう、お兄ちゃんがなりたい英雄」
「仲間を民を守り、笑顔を守る英雄に私はならなければならないと思っていた、だが、私は……」
一呼吸おいて、私は呟いた。
「私は英雄になりたかったわけじゃない、ただ――――」
――――許されたかった。生き残った責任から、両親の死から、仲間の死から、知り合いの死から。全てから。あの戦いの全てから。
「許すよ、お兄ちゃん、私が許してあげる」
そう言って私に抱き着くクロエ。私は昔とは違い、クロエを抱きしめた。頭を撫でた。
「もう警備とかしなくていいからたまには私の買い物に付き合ってよお兄ちゃん」
「ああ」
クロエに甘えられたのも久々だった。私は決めた。決意した。
――――私は英雄をやめた。
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