第60話 愛の力だっ!


 「まぁ、ガリレスの事は良い、私の刺客も倒されてしまったようだし、私の負けと言う事か」


 ジルドは達観したような表情でつぶやくと、両手を上げた。


 「みんな、作業をやめろ、私たちの負けだ、もう私の近くに傭兵は居ない」


 「へー、そうなんだ、私兵を五十人くらい用意しているもんだと思ってたよ」


 「どうせ私は捨て駒だからな」


 「なに?」


 ジルドの発言に眉をしかめるチェーンさん。だが、ジルドは自嘲の笑みを浮かべるばかりで何かを話そうとはしなかった。それに苛立ったのかアニスが近づいていく。


 「おい、バカ商人、僕は商人どものわがままのせいで貴重なデートが潰されたんだ、覚悟してもらうぞ」


 「それはそれは、すまなかったね、勇者」


 詫びのつもりなのか、そう言いながら右手を差し出すジルド。

 恫喝さえ軽く流してしまうとは一体、こいつは何を隠しているんだ。だが、この態度、口を割らせるのは大変そう――――。


 「あだあだだだあ!!!」


 「すまなかったねですんだら勇者は要らないんだよ」


 「ああだだああ!!! 言う言う!! 言います!」


 アニス流交渉術が炸裂した。差し出された右手の人差し指をあらぬ方向に曲げようとしたのだ。ジルドはすぐに口を割った。

 すごいや! やり口がその筋の人みたい! はぁ。


 「あの! あのですね! 実はここの洞窟の事は前から知って居まして! オーガの赤ちゃんを放りこんで繁殖させてたんですよ!」


 すごい敬語だ。アニスが本気で指を折る勢いだったせいだろうか。ジルドの額には大量の汗が流れていた。


 「で? この鉱石を守るためにか?」


 「いえ! あのですね、ここの鉱石に包まれたモンスターはですね、すごい勢いで進化を遂げるんですよ! ただのオーガの赤ちゃんが一週間ほどでキングオーガにまでなりまして! 繁殖も勝手に始めたんですよ!」


 ここの鉱石はモンスターの成長促進を促す効果があるのか。ん? 待てよ。


 「おい、その鉱石単品だとどれくらいの効果があるんだ?」


 「さ、さぁ? でも確かモンスターに特別な能力が付与されたなんて言ってたような……?」


 「誰がだ」


 「ロータスという女だ」


 「魔王軍のか……」


 「な、なぜそれを!?」


 ジルドは驚きの表情を浮かべるが、俺はあの三人組を思い出す。あれがこの鉱石の力で生まれた上位個体の連中である可能性が高い。

 ただのオーガの赤ちゃんがキングオーガになるほどだ。オーガよりも知恵が高く強いモンスターに鉱石を与えたらどうなってしまうのか。この理屈で行くと例えば、ただのスケルトンに鉱石を与えたらスケルトン・ロードというスケルトンの最上位個体である死者の王になってしまうという方程式になる。そんなのがポンポン生まれてみろ。さすがの王国でもかなりの痛手を被ってしまう。


 「この鉱石は外に出したら危ないな……」


 「それで? ロータスという女と何を企んでいた? おっさん」


 「ロータスの企みなど知らん! 私はただ洞窟を維持して守ってくれれば維持費として金を払うと言われただけだ! まさか、キングオーガにまでなって王国まで穴を開けるとは思っていなかった!」


 「ふふん、だが、もうおっさんは終わりだな、自国の大商豪が一つ減るのは悲しいよ」


 「ふん! 甘いわ! 言っただろ! 私は捨て駒だ! お見通しだったのだ! こちらに気づくのはな、貴様らは裏の裏をかかれたのだ!」


 慌ててそう言い捨てるジルド。アニスが指を折る動作を再開させれば、ジルドは小さい悲鳴を上げてわかったわかった! と言いながら慌てふためく。


 「それで? どういう意味だ?」


 「私はおとりのおとりだったのだ! ロータスは貴様ら勇者パーティーが居なくなったのを見計らい王都にあれを放った!」


 「あれ?」


 「ケルベロス三頭! 魔の猟犬だ! 王都など秒で焼き払――――」


 「それだけか?」


 「え、え?」


 反応からしてそれだけらしい。悪いが王都はそんなに甘くない。ロータスという女がどんなやつか知らないが、王都に進軍したことがない女なのは分かった。


 「悪いがお前と同盟にある魔王軍の女は間抜けだ、王都はそれくらいで沈まないし、まず、勇者パーティーは半分以上、王都に居るぞ」


 「な、なに……」


 「ケルベロスにご執心な図書女も居るしな」


 俺とアニスは特定の女性を浮かべたのだろう。少しげんなりとした表情を浮かべる。なんだろう。攻めてきたケルベロスを懐かせようと頑張りそうだ。


 「お前らは戦略でも騙し合いでも武力でも王国には勝てないし、僕とアービスの愛の力には勝てない!」


 「あ、愛っ!?」


 「そうだ! 愛だ!」


 ジルドはなぜそこで驚いた。そこは一番この件に関して一切関係ない要素だぞ。アニスと俺の愛が爆発して敵を倒したわけでは無い。逆に俺の出番を根こそぎ奪っていくアニスが恨めしいくらいだぞ。


 「な! アービス!」


 「お、おう!」


 アニスの同意をしろという威圧を受けながら俺はただただ元気よく答えるのみだ。王都は心配要らないだろう。帰るころに終わっていると確信できるほどにだ。

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