第56話 君たちの痴話喧嘩を聞いているのは面白いよ


 「では、洞窟に行くならここから出ないとだな」


 「アニス?」


 「任せろ」


 アニスは静かにそう言うと、立ち上がり、事務所の扉に右の手のひらを向けた。


 「水塊ウォーター・ブロック!」


 上級水魔法だ。手のひらに野球ボールくらいの水の塊が現れる。この魔法は体内の水分を使っているため、乱射は出来ないが攻撃力の威力は高い。

 アニスはその水球を木製の扉に向かって投げた。水球は扉を歪な形に変形させ、扉の中央をぶち抜いた。ぶち抜いた先で水球が爆発する音が響く。


 「ぎゃあ?!」


 「うおぉお!?」


 廊下で見張りを立てていたのだろう。断末魔が聞こえ、扉の穴から多少の水が入ってきた。


 「俺が先行する」


 俺は自分から先に行く事を伝え、慌てて扉を開き、びしょぬれになった廊下に出た。気絶している男が二名。爆発による水圧を受けたせいだろう。


 「殺すのかと思ったよ」


 「勇者が人を殺すわけないだろ、まぁ、アービスが傷つけられたりしたら、そいつは親指から頭の先までの人間の皮を剥がれる事になるがな」


 「それをしたら勇者じゃないからな、ほとんど悪魔の所業だからな」


 「君のためなら悪魔にだってなろうじゃないか」


 その言葉でドキドキしなかった。びくびくした。怖すぎだろ。アニスが勇者じゃなくて魔王にでもなったら俺は白旗を持って全裸で王都を駆け巡っててでも許しを乞うぞ。


 「ほらほら、君たち、早く行かないとおっさんが逃げてしまう」


 「は、はい」


 チェーンさんに急かされ、裏口に出たが幸い誰も居らず、俺たちは洞窟に行くため、王都を出ようとした。


 ――――


 繫華街を抜けると人並みがいつも通りに戻ったのだが、王都民たちは騒ぎがどうのと噂をしていたし、白い鎧を着た人物たちも目立っていた。彼らは騎士団だ。


 「勇者様、向こうの方で騒ぎがあったようですが、あなた関連ですか?」


 アニスに近寄ってきたのは、俺と同じくらいの背格好のフルフェイスの兜を着た人物で、声からしてまだ若いが厳格そうな印象だった。彼女は俺とアニスに一例をし、顔を上げた。騎士団とはあまり交流は無いが、この人は確か――――。

 

 「ツキュウか、僕はそこの商人を王命で守っている、刺客に襲われたのでこの商人を避難させてきた、今は僕の仲間と一人が刺客と応戦中、といったところだな」


 そうだ、騎士団第二部隊のツキュウ・ホラルさんだ。

 ツキュウさんは女騎士で、シャーロットさんとどっこいどっこいくらいのとても強い人という噂だ。そして、最上級魔術士の一人でもある。騎士団には確か最上級魔術士が三人居るはずで、その一人がツキュウさん。どんな力が特化しているのは不明だが。

 ツキュウさんはチェーンさんの方を向くと頭を下げた。チェーンさんはニコニコしながら腕を振った。それを見て頭を上げたツキュウさんはアニスを見下ろした。


 「では、今からあなたの仲間を救いに行きます」


 「今日は随分早い対応だな」


 「王城の近くですので」


 アニスの嫌味を聞いて、彼女もそれを自覚しているのか素直にそう答えた。というより、騎士団に対して行動が遅いと思うのは誰しもが思っていた。王都ならまだ早い方だが、王都の外なら、終わるころにやってくる事がほとんどだ。なんでも貴族連中が保身にうるさいので、あまり遠くへの遠征許可がなかなか降りないらしい。


 「では、商人の方を王城までお願いします、勇者様……そういえば、エア・バーニング様も応戦側に?」


 「エア・バーニングなら今回の任務から降りてる」


 「では、珍しいですね、彼がこういう事件に真っ先に来ないのは」


 「自分から外れてのこのこ来れないんじゃないか?」


 「そういう方でしょうか……」


 ツキュウさんはアニスの言動に信じられないと言った声音を出すが、それを聞いたアニスはため息を吐いた。


 「知らん、僕はアービス以外に興味はない」


 「そうですか……」


 俺の方をチラ見しているかのような兜の動きだ。俺を見ないでくれ。アニスが俺以外に興味がない理由なんて知らんぞ。


 「では、私はこれで」


 ツキュウさんはそう言って、再度頭を下げると配下を連れて繫華街に向かって行った。これでシャーロットさんたちは無事だな。にしてもツキュウさんの事も一目でわかったのかアニスは。


 「アニスって案外、誰でも知ってるよな、ガリレスさんの事も知ってるぽかったし」


 「君がナチと浮気をしている間に僕は最上級魔術士の授業を受けていたからな、最上級魔術士なら把握している」


 「浮気ってお前……」


 まず、付き合っていないのに浮気がどうのと言われたくない。まぁ、仲間外れにしていた感はあるが、不可抗力だ。


 「今度、三人で出かけよう? な?」


 「君と二人なら! 行っても良い」


 「いや、ナチは……」


 「知らない」


 「はぁ……」


 最近、ナチと仲が悪くなったのだろうか。アニスのナチへの嫌悪感が昔に戻っているような気がする。


 「ふぅ、洞窟まで結構距離があるし、もう行くぞアービス」


 「そうだな、さっさと終わらせよう、いけますか? チェーンさん」


 「逆に君たちの会話を楽しめるくらいには心の余裕があるよ」


 変に口出してこないなと思ったら楽しんでいたのか。この人は。こっちはひえひえの戦々恐々だったというのに。


 「そう、恨めしそうな顔で見るなよ犬君、逆に口を挟んだら……怖いだろ?」


 「そ、そうですね」


 俺にひそひそとそう呟いたチェーンさん。確かにそれでまた喧嘩をしていてはタイムロスもいいとこだ。そして、俺はアニスになんの話をしていたんだと詰問を受けながら洞窟へと向かって行った。

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