第55話 君の記憶を僕だけ残して消したい
俺とアニスはチェーンさんとエルちゃんを連れ、賭場の裏口から脱出しようとしていた。
「こっから挟み撃ちだぁ!!!」
「報奨金はたけえし、相手はこの国の勇者パーティーだとよ! 倒せば俺たち有名人だぜ!」
すでに裏口は固められているようだ。行き勇むような声が裏口で響いていた。
「ここから出て行って鉢合わせになったら後ろから来てるやつらに挟み撃ちにされちまう」
「僕が裏口のやつらを吹き飛ばす」
「何人いるか分からねえんだ、俺たちだけならまだしもチェーンさんも居るし、万が一人質に取られたら面倒だ」
「では、一旦ここに隠れようじゃないか」
チェーンさんの提案で俺たちは仕方なく裏口の近くにあった従業員の事務所のような場所に飛び込み、少しの間隠れる事にした。
中は豪華な事務所で立派な革のソファやシャンデリアまであった。さすが賭場の事務所。そういえばここのオーナーはどうしたんだろうか。
「ここのオーナーって……」
「大方、買収されて一時的にあいつらに貸してるんだろうさ、で、自分は留守で知らなかったとしらばっくれるつもりなんだろう」
賭場のオーナー。なんて汚い奴なんだ。いや、賭場のオーナーは金に汚いものか。そんな事を考えていると廊下の方でドタドタと複数の足音が響いた。俺たちは部屋の中で声を潜めた。
「面倒だな、僕とアービスはおいとまして、君たちだけで彼らを連れて逃げるのは……」
「今更私たちを見捨てる気か!?」
「刺客がこんなに多いとは聞いていないぞ」
「私が敵の刺客の数を知るわけないだろ」
「あんまり大きな声を出さないでくれ二人とも!」
俺は喧嘩をしだそうとしている二人を止める。
くそ、とんだ任務だ。ただの観光案内で終わると思っていたのに。ここは、知れる情報は知っておいた方が良いな。
「チェーンさんを恨んでいる商会の人ってどんな人なんですか?」
「そうだな、聞いた方が良い、実際悪いのはこの商人だ、そっちの商人に寝返りも有りだ」
「それでも勇者かい!?」
まぁ、アニスが勇者とは思えない発言をするのは今更だ。元々アニス自身が勇者の自覚が無いのか、アニスにはアニスの勇者像があるのか。
「私たちを狙っているのは、ジルド商会、裏取引から自国の損になる事まで自身の財産になればなんでもやる男だ、私の商会とは商売敵だが、やつは争う素振りは見せなかったが急にこれだ、きっとその洞窟に何があるのか知っているんだろうな」
「大商豪とはいえ、今まで見つからなかったものをどうやって……」
「言ったろ? 裏取引があるんだ、そうだな、キングオーガはどこ寄り?」
「え、どこ寄り?」
「勢力さ」
勢力か、キングオーガの勢力はオーガだろうと思ったが、そういうことではないだろう。多分。
「魔王ですかね? 魔王軍が攻める時、普段は大人しいモンスターが一斉にやってきますからね」
「そう、そして、裏取引で魔王とジルド商会が繋がっていて、あの洞窟が実は偶然ではなく、キングオーガを置いて魔王の勢力が治めていたのだとしたらどうだい? 自分が是が非でも王国と交渉して、奪い取るか、共同管理になったとしても見られたくない物を処分するだけの隙はあるだろ? いや、そうか……」
話が信じられるか、信じられないかの線引きの上でゆらゆらと飛んでいるイメージだ。確かにその説明は有説だが、少し難癖というか強引というか、信じられない話でもある。チェーンさんは話の途中で黙ってしまうし。
「商人の妄想の線も充分ある、アービス、気をつけろ、僕以外の女は嘘つきと思え」
その説も強引で難癖だ。さっきの説よりも偏見で満ち満ちているぞ。ナチを見てみろ。嘘も冗談も分からない純粋無垢な女の子が居るじゃないか。そういえば、ナチと全然会えていないというか、紐は出来たのだろうか。あの小動物をいじり倒したくなってきた。
「他の娘の事を考えるのは止めろ」
「なんですぐ分かるんだよ」
「やっぱり僕の事以外考えていたのか……」
あ、つい墓穴を掘ってしまった。かまをかけるなんてアニスの方がよっぽど嘘つきみたいなものではないだろうか。
「君の記憶を消す魔法があれば良いなぁ」
「そんな怖い魔法要らないだろ……」
どんな魔法だ。それだけで世界征服出来るわ。
「まずいぞ、私たちはまんまとあのおっさんに騙されたようだ、あのおっさん、勇者パーティーと私を刺客に釘づけにしている間にあの洞窟から見られてはまずいものを持ち出す気だ!」
俺とアニスの緊迫状況の中、チェーンさんはそう静かに叫んだ。それは確かにまずいかもしれない。もしもそれがそのジルド商会と魔王軍を繋ぐ証拠なら……。
「もう遅いかもしれないが商売敵を倒すチャンスだ、私は洞窟に向かいたい」
アニスが居ればどこに行こうと敵なしだし、行動しないよりは良いのかもしれない。シャーロットさんたちの事は後から来るであろう騎士団に任せよう。
「アニス、どうする?」
「こんな面倒事に僕らを巻き込んだ張本人が居るならさっさと潰すに限るだろ、居なかったらそこの商人を洞窟で
「なんで私が磔に!?」
「僕の時間を奪った罰だ」
「まぁ、どうせ居るさ、あのおっさんの考えそうなことだ、私じゃなかったら後で泣いていたな」
不敵に笑うその笑みにこのチェーンという女性の底の怖さがうかがえた気がしたし、本当にこの人の予測通り、これも魔王軍が絡んでいるのではと俺はだんだん信じるようになっていった。
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