第33話 君の事ならなんでも知っている


 「うおおおおおおおおおおおお!!!!」


 「がんばれ、アービス」


 「他人事みたいに言いやがって!! 降ろすぞ!」


 「降ろしたら僕は動かない」


 「マジ勘弁してくれええええ!!」


 アニスをお姫様抱っこしたままの行進は大変だった。走っている最中に草むら出てくるゴブリンに襲われ、蹴り倒し、襲われ、蹴り倒し、危なくなったらアニスが目くらましの魔法でゴブリンを遠ざけてを繰り返していた。だが、蹴り倒しているだけで倒せているわけじゃない。背後から蹴り倒された状態から立ち上がったり、目くらましが解けたゴブリンたちが背後で集まって俺たちを追いかけてきている。だから俺は全力疾走中。


 「洞窟だ! 入るぞ!」


 暗い洞窟が見え、俺は精一杯の力で滑り込むように洞窟の中に入る。硬い石に覆われた薄暗い場所だ。だが、ここでゴールなわけじゃない。俺は洞窟の出入り口の方に向き直る。だが、追いかけてきていたはずのゴブリンたちは洞窟の前で静止していた。


 「ゴブリンたちはこの中に入ってこないみたいだね」


 「それやばいな」


 「ああ、考えるにこの中にゴブリン以上のモンスターが居るな。よし、アービス、君のかっこよさを永遠に感じていたかったが仕方ない、降ろしていいぞ」


 「かっこよかったか? 俺」


 「もちろん」


 アニスは俺の腕から降りると、にっこり笑って頷いた。まぁ、アニスが満足ならそれで良いか。俺は解放された腕を伸ばし、軽くストレッチをしながら洞窟の奥を見た。薄暗くてよく分からない。だが、微かに音が聞こえてくる。


 ――――それは斬撃の音と血しぶきの音だった。


 「ん? 中で誰か戦っているのか?」


 「さてな。とりあえず、剣に炎を付けて松明代わりにしよう」


 「え!? そんな使い方して良いのか?」


 「構わんだろ」


 軽くそう言ったアニスは剣を背中の鞘から剣を取り出すと、剣の刀身に火の魔法を付与した。めらめらと燃える金の剣。エンチャント魔法はシャーロットさんが得意としているがアニスにも出来る。ただ、得意分野ではないため、失敗の可能性があり、失敗すると武器が壊れる。


 「成功したぞ、アービス、褒めるが良い」


 「すごいなアニス」


 ドヤ顔で褒めろと言ってくるアニスの頭を撫でるとアニスはどんどん胸を張っていく。胸など無いがな。


 「……アービス、今、胸が無いくせに胸を張るなと思わなかったか? 君はこんな無い胸を張られても一切興味ないと思ってないか?」


 「思ってない」


 「なんなら脱いでやろうか? 僕の胸に興味が無いなら構わんだろ?」


 顔を不機嫌と真っ赤を同居させながら早口で言い切ったアニスはゴスロリの上の方を持ち上げようとしだした。俺は急いで腕をつかんで阻止する。


 「いや、勘弁してくれ! あるあるありますよ!」


 「ふふん! そうだろう、アービスは僕と密着して寝ている時はいつもカチカチだからな!」


 「え!? ど、どこが!?」


 な、なにが!?


 「いつも緊張して身体が硬くなっているのに気づいてなかったのか?」


 そっちか、良かった。いや、良くはねえけど。


 「お前抱いて寝ると気持ちいいんだけど女の子なんだって思うと緊張しちゃうんだよ」


 「ななな! こ、これが終わったら今日も一緒に寝よう」


 「いや、家に帰れ――――」


 「嫌なのか? 僕と寝たくないのか? それとも他の子と寝るのか?」


 拒むとすぐこれだ。俺の顔に顔を近づけて威圧してくるアニス。その顔は同居していた赤面を追い出していた。


 「ちげーよ! 自分の家があるんだからそっちで寝ろよ」


 「僕の家はアービスの居る家だ!」


 「意味が分からない……」


 俺はこめかみに手を当て、アニスの発言を考えるがやはり分からない。それでは、あの勇者の家は宝の持ち腐れである。


 「勇者の家にアービスが来ても良――――」


 「グアァアアア!!」


 「うおお!? びっくりした」

 

 アニスが言い終わる直前、不意に洞窟の奥から見覚えのあるアンデットが俺の足元近くまで吹き飛ばされてきた。様相はボロボロだった。


 「ジャック、大丈夫か?」


 「貴様ら……」


 なんとなしに手を出したが、ジャックは俺たちの顔を見るなり、睨みつけるとすぐさま自身で立ち上がった。まぁ、敵だしな。当然か。行き場を無くした手を握り、ジャックを見る。背でかいな。エア・バーニングさんと同じくらいか。俺の身長では彼の顎下までしかない。


 「さっきの女の子はどうしたんだ?」


 「奥の矮小な俗物どもに捕らえられてしまった」


 なぜ変な言い方をするのか。つまりはモンスターに捕まったって事か。


 「漆黒の剣士というわりにやられるのが早かったな君」


 「数の暴力は時として剣士一人を上回る」


 アニスの失礼な物言いに冷静に返すジャック。彼の仲間のオーガは粗暴そうだったが元は人間だったこいつはなかなか礼儀が正しいようだな。それよりも数の暴力ということは数が居るモンスターか。


 「数が多いって事か」

 

 「ドレイクと同類。だが、知性は無く、図体ばかりの王が居る」


 同類……オーガか。しかも王が率いるオーガ軍団か。なんか、ちゃんと聞けば分かるなこいつの話。


 「奥に王が居るのか」


 「よく分かるな、アービス、変な言いまわしのせいで頭に入らん」


 「アニスは普通に聞いてても興味ある話以外あんまり入れてないだろ」


 「失礼だな、僕は君との会話は全て覚えているよ、君が何を食べて、何を言って、何を着て、何をして、何をやって、何をして僕をいらつかせたか、何を――――」


 「分かった! 分かったから!」


 途中で雲行きが怪しくなってきたから止めた。実際は本当に言えるかどうかは分からないが聞かない。本当に答えられてしまったら、これからアニスの視線を居なくても感じる事になるだろう。


 「俗物どもめ」


 恨めしそうに呟くジャックの言葉を聞き、洞窟の奥を見るが何も見えない。それはアニスも同様だったらしくアニスは燃えている剣を勢いよく振るった。剣に付着していた炎が洞窟にまき散らされる。

 おい、急に放つな。驚くだろ。だが、バラまかれた炎は洞窟の至る所に飛び散り、照明のような効果をもたらした。

 そして、その光に照らされ出てきたのはオーガの群れだった。

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