第32話 君の腕の中が気に入ってしまったよ
アニスが放つ光雨は、アンデットを追尾するように地面を抉っていく。アンデットは背中から生やした
「あーおいおい」
目の前の光景に俺は口元に手をやってしまう。アンデットが水のある場所まで逃げたせいで河原の水を噴水のように打ち上げさせ蒸発させていく光雨。後で問題にならなければ良いが。一応、河ということはここらの村の生活水として使われているはずだ。
「おい、アニス、自然破壊で後々、汲んだ水を飲んだら身体が吹き飛びましたとか聞きたくないし、あんまり派手な魔法はやめとこうぜ」
「光魔法が水に混じった所で人体に影響を及ぼすわけないだろ、アンデットが飲んだら知らんがな」
少し楽しそうにアニスは答える。久々の戦闘だからか? もしくは憂さ晴らしか。最近、不機嫌になる回数増えてるし、ストレス発散をしているつもりなのかもしれない。
「まぁ、そろそろ終わりでも良いか」
どうやら満足したらしくアニスはまるで一休憩を入れる仕事人のような態度でそう言うと、光雨を消滅させた。俺はアニスの背後で頼むから、これ以上の自然破壊はと忠告したがアニスの耳に入っているのだろうか。
「大丈夫だ、アービス、試し斬りをするだけさ」
「それ使うのか?」
「ああ、せっかくだしね」
アニスは背中に背負っていた黄金に輝く剣を抜くと、アンデットに向けた。アンデットは空中に浮遊したまま冷や汗を掻いていた。
「そうだ、僕の方が強いのは分かっただろ? アンデット、名前を教えてくれ、そこで寝ているエア・バーニングに教えてやらないと」
「……漆黒の名はジャックだ」
なんか普通だった。ジャックか。偽名にしか思えないが、もしかしたら生前の名前かもしれない。アンデットは生前に悔いを残したものがなると言われている。多分、ジャックは流浪の民のようなさすらい剣士だったのかもしれない。
「そうか、ジャック、僕はアービス以外の事は覚えられる自信が無いので覚えていたら伝えておこう」
「そこは覚えとこうな?」
黄金の剣はだんだんと光を帯びていく。ジャックは長刀の柄を両手で持ち、アニスの攻撃に備える。その顔は半分マスクで隠れていたが何かを覚悟したような目だった。
「だめー! ジャックちゃん、確保ー!」
すると、幼い女の子の声が聞こえ、その場にいた俺を含む三人は動きを止めた。
ふわふわと揺れるスカートを押さえもせずにジャックの元へ駆け寄っていく少女。そして、彼女は口を大きく開けた。
「待て、アリシア! 漆黒はまだ戦え――――」
言い終わる前にジャックはアリシアと呼ばれる少女の口に吸い込まれてしまった。どこにジャックほどの男を収納出来るスペースがあったのかは分からないが、ジャックは跡形もなく消えてしまう。
「どんな魔法だ?」
あれが、もう一人の子か。まさか、酒場の客とマスターを消したのはあの子か?
「さっきのやつをどうしたんだ?」
「んー? ジャックちゃんをいじめるやつらに教えるもんかー!」
アリシアはべーっと舌を出して、頬を膨らませると俺とアニスが居る方向とは逆方向に走っていってしまった。
「アニス! 逃げられちまう!」
「そんな事しなくても、この剣に僕の魔力を溜めて放てば、この辺の森ごと奴らを伐採できるさ」
「それはやめろ! 勇者が森林伐採してどうすんだよ!!」
「別に勇者は森林愛護団体じゃない」
「それでも世間体を少しは気にしてくれ!」
俺はアニスのとんでも発言を戒めるが、アニスはわがままだなとそっぽを向いてしまった。こんな事してる場合じゃないんだけどなぁ……。
「ならアービス急がないと逃げられてしまうぞ」
「今のやりとりが無かったらすぐに追いかけてたんだよ!」
「楽しかっただろ」
どこの口が言ってんだ本当に。俺はアニスの言葉に同意も否定もする時間が惜しいと思い、アリシアが逃げた方を向いた。
そこは森の奥深くで確か奥に洞窟があるとかなんとか。もしも洞窟に入られたら……いや、アニスが居るし、俺だって戦ってやるさ。俺は覚悟を決め、アリシアを追って走り出そうとした。
が、俺の行くのを剣を背中に帯刀したアニスが目の前に立ち塞いだ。
「待て」
「急がねえとだろ!?」
「お姫様抱っこしろ」
「またかよ!?」
これ以上時間は無駄には出来ない。俺は文句を言わずにアニスをお姫様抱っこすると森の中を走り出した。進行中、これ、モンスターに急襲されたらどうすんだよ! とアニスに言ったら、頑張ってくれ、王子様と言われた。俺はいつから白馬の王子様になったのだろうか……。
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