見知ったジャージ

 姉さんがこれから仲良く暮らす仲という事もあり、軽くではあるが歓迎会っぽくお寿司とオードブルを頼んでくれた。

 それを食べながら話すのも束の間、気がつけば夜も更けている。

 姉さんは明日は仕事が休みという事で、お酒を飲み始めた。


 今このタイミングで飲み始めたって事は、食事中は山野さんときちんと話がしたかったんだろう。

 これから一緒に住むからには仲良くなりたい。お酒が入った状態は我を失いやすいし、テンションに差が出る。

 山野さんと話しやすいようにお酒を飲まないのが、本当に姉さんらしいな。


「山野さん。そろそろお風呂にでも入りますか?」


「あ、うん。入る」


「それじゃあ用意してきますね」

 お風呂場に行き浴槽を綺麗にする。

 トイレに行った時と同じく、ぼそりと呟いてしまう。


「可愛すぎるんだよなあ……」

 姉さんと一緒の部屋で緊張している姿が本当に可愛い。

 いつもより2割増しで背筋が良く、悪く思われないように言葉を選ぶ。

 そして、ちらちらと俺の方を見て来る。

 恐れや不安を感じて、まるで助け舟が欲しいかのようにこっちを見て来る。


 紛れもなく、初めて見た山野さんだった。


 出会って、それなりに時間が経つのに、まだまだ出て来る新しい顔。

 

「まだまだ好きになれる」

 好き好きでしょうがないというのに、まだ上限には届いていない。

 荒ぶる心と気持ち。

 だからこそ、さっきは悲しかった。


 俺が引っ越した後に引っ越してきた隣人から騒音被害を受けている事を話してくれなかった事が。


 俺に話したところで心配をかけるだけだっただろう。

 だけど、だけど、隠し事をされていたのが嫌だった。


「面倒だな。俺」

 どうも恋人になってから面倒なことばっかり考えてしまう。

 少し苦笑いしながら俺はお風呂場を掃除した。


 お風呂の掃除を終えた後、リビングに戻るとお酒を飲んでいる姉さんのおつまみをもぐもぐと齧る山野さんが居た。

 

「貰っちゃった。食べる?」

 食べていた裂きイカをちぎって俺に渡される。

 それを受け取り齧り始めると、姉さんが俺の方を見てにやにやして来た。


「本当に良い子を捕まえましたね。哲郎がまさかこんなに可愛い子を彼女にするとは思ってませんでしたよ」


「姉さん的には俺に彼女が出来ると思ってたのか?」


「ん~。なよなよしてるところがありますからね……。悪くも、私の育て方の影響を主に受けてしまって田舎っぽくない性格でしたし」


「育て方って……。いや、まあ、姉さんに育てられてると言えば、育てられてるな。姉さんが居なければなあ……ほんと、困ったと思う」

 16歳になるまで、姉さんの指図をかなり受けて生きて来た。

『田舎は言葉遣いが糞です。敬語っぽい口調を使えるようになりなさい』

『田舎はドロップアウト率高めです。私の友達はできちゃった婚しました』

『田舎と都会は学力の差が激しいです。という訳で、このドリルを解きなさい』

『田舎でもネットは使えます。情報は武器です』


 とまあ、色々と仕込まれてきた。

 姉さんのおかげでかなり助かったのは言うまでもない。


「うんうん。確かに間宮君って田舎から出て来た感じしなかったもん。私なんて、こっちに来た時は本当に世間知らずで大変だったし」

 山野さんのお墨付きをもらう。

 俺が世間知らずで色々とやらかさなかったのは姉さんのおかげ。 

 それは紛れもない事実だ。


「ふふっ。私は物凄く困りましたからね~。田舎から都会に出て、その苦労を哲郎に味合わせない! と頑張って色々と教え込みました」

 誇らしげに振る舞う姉さん。

 山野さんと話すのに慣れて来たのと、お酒が入ったせいか饒舌だ。


「ち、ちなみに、教え込む前の間宮君ってどうでした?」

 姉さんによって魔改造されていると言っても過言ではない俺。

 そうなる前の俺について聞く山野さん。

 すると、姉さんは知りたいですか? と言わんばかりにニヒルに笑った。


「良いでしょう。教えてあげましょう。これが、哲郎バージョン1です」

 携帯電話を取り出し、姉さんは山野さんにある画像を見せつけた。

 それは約8年前。8歳の時の俺だった。


「可愛い! なにこれ、何この可愛い間宮君!」


「ですよね。ですよね。今と違って、5割増し愛嬌がある可愛い子なんですよ。で、一般的な私達が暮らしている田舎高校生はこうです」


「あ、あははは……。そりゃ、間宮君を手塩に育てたくなるかも」

 苦笑いする山野さん。

 姉さんが見せた写真は俺と姉さんが暮らす地域に住んでいる一般的な男子高校生が写る写真だ。

 髪の毛を意味わからない位にワックスでベタベタに硬め眉は剃られている。

 どこからどう見ても、


「時代に逆らって、どこからどう見てもダサすぎるよなあ」


「哲郎の言う通りです。可愛い弟をこんなのにしたくないからこそ、私は頑張りました」

 こぶしを握り熱く語る姉さん。

 それに対して、山野さんは……そわそわとしていた。


「あ、あの~。間宮君が小さい時の写真って他には……」


「ありますよ? ふふっ。後で楓ちゃんの携帯に画像を送ってあげましょう」


「ちょ、何を勝手に」


「やったね」

 俺の昔の写真を貰えると分かった山野さんはご機嫌だ。

 こうなったら俺も山野さんの小さい時を見てやると思っていた時であった。


 お風呂が沸いたのを、知らせる音が鳴る。


「姉さんはお風呂はまだ入らないんだろ?」


「はい、明日は休みなのでお酒を飲んでゆっくりします。二人から先に入ちゃってください。あ、別々にですからね! 二人で一緒に入ったらだめですよ?」

 酔いも中々に回って来たのだろう。

 冗談で俺達を笑わせる。

 さすがに分かってると言わんばかりに笑った後、俺は山野さんに言った。


「お先にどうぞ」


「うん。お先に貰うね」


「っと、楓ちゃん。脱衣所の棚に試供品で貰った入浴剤があるので、使って良いですからね。今日は色々とあって疲れたでしょうし、ゆっくりとくつろいでくださいね。哲郎が覗きに行かないように見張っておくので」


「大丈夫です。間宮君は覗かない男って知ってるので」


「ふふっ。やっぱり、なよなよしてるのがちょっと傷ですね。こればっかりは、私の育て方が悪かったかもしれません」


「ううん。むしろ、間宮君のそういうとこ。私は大好きなので平気です」


「それなら良かったです」

 会話も区切りがつき、お泊りセットから着替えとして持ってきたジャージを取り出す山野さん

 俺も山野さんが使う用のタオルを用意し手渡す。

 着替えとタオルを持ち、いざお風呂へと向かおうとした時だった。

 姉さんが物凄くにやにやしていた。


「どうしたんだ?」


「いえ、楓ちゃんが可愛いなと」


「ん?」

 可愛いと言われてきょとんとする山野さん。

 小気味よく笑う姉さんは着替えとして手に持ったジャージを指さす。


「そのジャージ。たぶん、哲郎のですよね? まったく、楓ちゃんも可愛いことをしちゃって……。彼氏の服を貰っちゃうとは中々やりますね」


「ち、違うよ?」

 彼氏が好きで彼氏の服を貰っちゃう。

 そんなことを他人に知られるのはどこか恥ずかしかった山野さんは咄嗟に嘘を吐いた。


「まあまあ、見せて下さい」

 ジャージを奪い、タグを見る姉さん。

 そう、山野さんにプレゼントしたこのジャージには、俺の物だと分かる様に哲という字が書かれている。

 そもそも、この字を書いたのは……姉さんだ。


「やっぱりそうじゃないですか。彼氏の服を貰っちゃう彼女。良いじゃないですか、可愛いくて」


「あ、あ、あ、ぁ」

 姉さんに彼氏の服を貰っちゃうような可愛い奴と言われてしまう。

 サイズが合わないのに、彼氏が着てるものだからと服を貰っちゃう。

 ちょっとお茶目な所を指摘され恥かしくなってしまう山野さん。

 お風呂上りでもないというのに、真っ赤な顔。

 そして、恥ずかしさのあまり口をパクパクと動かし続ける姿が可愛い。


「ほんとですよ。困った彼女です」

 あまりの可愛さに追撃を仕掛ける。

 そしたら、山野さんはこの場から逃げるべく声を上げた。


「お、お風呂。入ってきますね! あたっ」

 恥ずかしくて逃げた。

 が、何もないのに躓いて転んでしまう山野さん。


 もちろん俺と姉さんは笑った。



 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る