第66話山野さんと歩く

 山野さんに伝えたい事がありますと伝え、逃げ帰る様に今住んで居る家へ。

 手洗い、うがいはもってのほかで、着替えすらせず勢いよくベッドに倒れこんでぼやく。


「……さすがにもう逃げられない」

 逃げられない。

 指定校推薦の件で、嫌な思いをした山野さん。

 胸を貸して盛大に泣かせてあげた。

 そんなことをしておきながら、山野さんに俺が好意を抱いていないだなんて思われるわけがない。

 そして、俺の胸で大きく声を上げて泣いた山野さん。

 友達以上に思って貰えていなければ、あんな姿を俺に晒すわけがない。




 もう本当に逃げられない。




 互いに互いがどう思っているのか、絶対に気取られた。

 なし崩し的に互いの好意を確かめるかのように、口にしたくなかったからこそ俺は仕切り直しを求めた。


『明日、伝えたい事があります』

 この言葉を山野さんは受け止めてくれた。



 だからこそ、俺がすべきことは一つ。


「明日のお買い物……。いいや、デートをなんとしてでも成功させる」

 お出掛けだの、遊びに行くだの言い回しを変えて逸らしてきた言葉。

 『デート』という単語に意識を向ける。

 お買い物と言えど、デートと言えるような雰囲気を醸し出せ。

 そして、最後には……



「思いを伝える」



 こうして、明確な目標を持った俺は前へ進み始めた。









 次の日の朝。

 外は秋晴れで良い天気。

 そんな中、俺はたまたま日曜日が休みな姉さんに挨拶をして家を出る。


「行ってきます」


「……デートですね」


「っく」

 俺の格好を見ただけで確信を突く姉さん。

 そりゃまあ、今日の服装は誰がどう見ても気合が入っている。

 清潔感が溢れる服装で、どう見ても友達と遊びに行くだけには見えない。


「まったく、しょうがないですね。ちょっとだけ、待っててください」

 ごそごそとカバンから財布を取り出した姉さん。

 そして、財布からお札を取り出して、俺に渡してきた。


「姉さん?」


「お小遣いです」


「ありがとう」

 貰ったお金を自身の財布に仕舞う。

 そして、住んで居るマンションの敷地から出た時だ。


「えへへ。待ちきれないから来ちゃった」

 明らかに気合の入った服装で待ちぼうけしている山野さんが居た。

 咄嗟の出来事に目を丸くしたものの、平静を装い俺は言う。


「可愛いですね」


「でしょ? 今日は気合を入れたんだよ。間宮君とのお出かけだしさ。そっちこそ気合十分な感じだけど?」


「まあ、山野さんとのお出かけですからね」


「ふふっ。そっか」


「はい、そうですよ」

 何度もこんなやり取りを山野さんと繰り広げて来た。

 でも、昨日の出来事のせいで、いつもと全然違う。

 高鳴る鼓動。

 高ぶる感情。

 抑えきれそうにない気持ちを押さえつけて、おしゃれな山野さんに呼びかける。


「山野さん。行きましょっか」


「行こっか。間宮君」

 本当の待ち合わせ場所は山野さんが住んで居るアパートの前。

 待ち合わしていた時間は今よりも20分も後。

 さっそく、予定が崩れ去った中、俺と山野さんは……ゆっくりと目的地に足を向けて歩き始めた。


「で、今日はどこでお買い物するの?」


「あ~、今日はぶらぶらと歩きたい気分なので、ショッピングモールじゃなくて、駅前です」

 

「そもそも、今日、お買い物に行こうって誘ってくれたのはどうして?」

 けい先輩が勝手にやった事で、本当は今日は誘うつもりどころか、お買い物に行くつもりすらなかった。

 いつもなら、ありのままを答えていたに違いないのだが……。


「山野さんと遊びたかった。それじゃ、ダメですか?」


「っっ。う、ううん。だめじゃない。全然、良い」

 露骨に顔を逸らされた。

 嫌がっている感じはしないし、嫌だったら、この場でおさらばされる。

 けど、されないので、俺は調子に乗る。


「本当にただ単に遊びたかっただけです」


「ふーん」

 山野さんはさっきと打って変わって、無関心を貫こうとする。

 でも、眉と口尻がひくひくと動いていた。


「山野さんはどうして俺の誘いをOKしてくれたんですか?」


「誘ってくれたんだから、基本的に無理な理由がなければ遊びに行くのは当然でしょ?」


「なるほど。でも、異性ですけど……」


「そりゃあ、間宮君だもん」

 それから二人して目的地の駅まで色々と話しながら向かった。






 山野さんと行動を共にし始めて1時間後。

 目的地の駅前に辿り着く。

 人々が所狭しと歩き、行き交う光景は田舎に住んで居た俺にとって衝撃的な出来事だったのは、今にも記憶に新しい。

 

「相変わらず混んでるね」

 取り敢えず、人だかりから抜け出そうと歩く山野さんが話しかけて来る。

 ここまで混んでいる場所に山野さんと来るのは初めて……じゃないな。

 夏祭りの時も、これと同じくらい多くの人が行き交っていた。


「っと」


「っぷ。大丈夫?」

 山野さんに混んでいると言われたそばから、人混みに飲まれかけた俺。

 笑われるのは当然だ。

 情けない姿を晒してしまい、苦笑いしか出ない。

 かなり格好付けて、山野さんとのデートに向かっている癖にな。


「大丈夫です」


「気を付けなよ? で、ぶらぶらって言ってたけど、どこから行くのかな?」


「内緒で」

 そう言って、先頭を切って歩き始めた。

 けど、今日は日曜日。

 周囲はいつも以上にざわめいて人通りも多いのは当たり前だ。

 そのため山野さんとは歩幅が合わなくなり歩みが遅い。

 しかも、目的地を知っているのは俺だけで、山野さんは俺に付き従う形で歩いているのが、これまた歩くのを遅くさせる。

 牛歩なこの状態。

 さすがにいかがなものかと思う俺は汗をかく。


「あの……」


「どうしたの? 間宮君」


「い、いえ」

 しどろもどろになってしまう。

 せっかくのデートで情けない姿を晒すのは御免だ。

 ……だから。



 やや俺の後ろを歩いていた山野さんの手を握った。



「へ?」


「何度も人混みに飲まれそうになって歩きづらそうだったので」

 

「そ、そうなんだ」


「ダメですか?」


「ううん。びっくりしただけだよ」


「なら良かったです」

 咄嗟の俺の行動に驚いた山野さん。

 そんな彼女の手をしっかりと握りなおす。

 手を繋いで、先ほどまでやや俺の後ろを歩いていた山野さんが横を歩き始める。

 横を歩く彼女は俺の顔を見据えて微笑む。





「手、握っちゃったね?」







 

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