第65話もう逃げることはできない二人

 今日は文化祭二日目。

 一般の方も入場可能な日である。

 山野さん曰く、昨日は遊ぶ日、今日は成果を出す日だそうだ。


 無論、昨日に引き続き、今日も生徒たちは盛大に文化祭を楽しめるのだろう。

 しかし、生徒会ともなれば少し話は違う。一般の方を招くことによって雑多な仕事が発生するのだ。

 文化祭実行委員に混じり、一般の方へのパンフレット配り。

 校内の実情を少しでも良く見せるためのゴミ拾い。

 熱中症対策で設置してあるお茶が切れていないか、紙コップが無くなっていないかの確認。

 校内に不審者が居ないかどうかの見回り。

 他にも上げればきりがない程、色々と雑務をさせられる。


 今年の文化祭実行委員が不甲斐なく、生徒会で色々と引き受けていただけだというのに、それを良いことにたくさん仕事を回されたわけだ。

 

 現に今、俺と山野さんは校門前で訪れて来る一般の方へパンフレットを配る係をしているしな。

 

「ふぅー」

 暑さは和らげど、まだまだ暑い日は普通に多い。

 そんな中、校内案内図が書かれたパンフレットを一般の方に配るのをちょっとだけ休み、水分補給中の山野さんが声を漏らす。


「大丈夫ですか?」


「うん……。ちょっとバテちゃったみたい」


「今日は暑いですもんね」


「……ま、昨日、寝れなかったのが一番の理由だけどさ」

 どうして、寝れなかったのか気になるが、給水のひと時はもう終わり。

 二人して、学校に訪れる一般の方へ校内の案内図が書かれたパンフレットを配る作業に戻った。

 しかし、山野さんはやっぱり体調が悪そう。

 顔色が優れない様子の山野さんをちらちらと心配していると、ふらっとその場で立ち眩む様子を見てしまう。

 

「すみません。山野さんが具合悪そうなので保健室に連れて行きますね」

 始まったばかりの文化祭二日目。

 午前の早い時間という事もあり、絶え間なく訪れる人たちにパンフレットを配るので手一杯。

 猫の手も借りたい状況だが、俺は山野さんの腕をつかむ。


「保健室に行きましょうか」


「え、大丈夫だよ?」


「……」

 無言でジーッと見つめる。

 本当に大丈夫なのか? という思いを込めたねっとりとした視線を送り続ける事数十秒。

 

「ふー、分かった。ちょっとだけ保健室で休むね。そんな、怖い顔をしないでよ」

 と言った感じで折れた山野さん。

 付き添う必要はないのだが、一応保健室まで着いていく。



 昨日、山野さんが膝を擦りむきお世話になった保健室に入る。

 一応と言われ、熱があるか調べたが熱はない。

 山野さんは、具合が悪ければ早退も可能らしいが、ベッドも空いているし様子見をすることになった。


 で、ベッドに横になった山野さんと会話を交わす。


「ありがと。心配してくれて」


「いえいえ、もし寝ても具合が良くならなかったら帰るんですよ?」


「あはは、分かってる。大丈夫、多分寝不足でバテちゃっただけだから……。っと、まだまだ忙しいんだから私なんかに構わないの!」

 過保護にしていたら怒られたので、そろそろ持ち場に戻るか……。 

 具合の悪そうな山野さんをベッドで横にさせ、一安心した俺は持ち場へと戻るのであった。





 そして、あっという間にお昼休み。

 校外から人を招くという事の大変さを嫌というほど味わった俺は生徒会室で山口先生がお疲れ様と買って来てくれた焼きそばやらを口にする。


「ふー。疲れたな」

 ため息を吐きながら、焼きそばを頬張る。

 他の役員たちはまだ別の場所で色々している事もあり、一人だ。

 そんな時だった。

 携帯に山野さんからメッセージが届く。


『元気になったよ! 心配してくれてありがとね!』

 ちょっとした睡眠から目覚めた山野さんからのメッセージ。

 体調を持ち直したようで何よりだ。


「とはいえ、心配は必要だな」

 携帯を置いて、焼きそばをすすろうとした時だった。


 

 ガラガラという音を響かせ、生徒会室のドアが開く。

 やって来たのは生徒会役員ではなく、


「失礼するわね」

 けい先輩だ。

 今現在、俺の住んで居る家の隣の家に住んで居る先輩だ。

 そして、元生徒会長である。


「どうしたんですか?」


「さてと、実はあなたに言いたい事があるの」


「は、はい」


「いい加減。やまのんに告白しちゃいなさい!」

 めっちゃキレ気味。

 いや、どう見ても怒っているけい先輩。


「その……すみません。あいつがうるさいんですよね?」


「みっちゃんが死ぬほどうざいわ!」

 何かと俺とけい先輩をくっつけようとして来るみっちゃん。

 もう、うざくて仕方がないのだろう。


「ほんとすみません……」


「ええ、そうね。という訳で、ちょっと借りるわ」

 食事中だが、携帯を机の上に置き弄っていた俺。

 ロックが解かれたままの携帯電話をけい先輩が奪っていく。

 そして、目にも留まらぬ速さで何かをして、再び机に置いた。


「さて、じゃあ、失礼するわね!」

 バン!

 思いっきりドアを荒げた感じで閉めて去っていくけい先輩。

 本当にすみませんとしか言いようがない。


 てか、俺の携帯を弄って何をしてたんだ?


「……」


『山野さん。明日、一緒にお買い物しませんか?』

 なんか、勝手にデートに誘っていた。

 あ、あわてるな。まだ焦るときじゃない。

 そう思っていたら、


『うん。良いよ。あんまり遠いとこじゃ無ければ』

 普通に返事が帰って来てしまった。


「ま、まあ。もともと、頑張るって決めてたしな」

 山野さんとの関係で思い悩んでいた。

 それを打破しようと色々としようって決めていたのだから。








 気が付けば日も暮れ始めた。

 週明けに片付け日が設けられていることもあり、まだまだ校内は文化祭で染まり切っている。

 ぞろぞろと生徒たちが帰り始めた頃。

 俺はと言うと、熊のぬいぐるみという落とし物を拾ってしまったので、職員室に届けに行く。

 そんな最中、出会ったのは山野さんだった。


「その熊のぬいぐるみは間宮君の? だとしたら、随分と可愛いね」


「落とし物です。山野さんこそ、こんなとこでどうしたんですか?」


「私も落とし物を職員室に届けに来たんだよ。ほら」

 誰かが落としたであろう財布を掲げる山野さん。

 そんな山野さんと一緒に職員室に入って、落とし物を渡そうとドアを開けた。

 山口先生がちょうど良い所に居たので落とし物を届けると、


「私は落とし物を金庫に仕舞って来ちゃうから、この紙に拾った場所と時間を書いててください」

 一枚の紙に拾った場所と時間を書いてとお願いされる。

 すらすらと二人して紙に記入をしている時だった。



 3年の学年主任の先生と2年の学年主任の先生の話声が耳に入る。



「さてと、体育祭も文化祭も終わった事ですし、ここから上手い具合に3年生は受験モードに入ってくれると嬉しいんですけどね……」


「いやー、ほんとそうですね」


「今年はまあまあな年になりそうですが、来年は期待できそうですか?」

 学年全体の進学状況がどうなりそうか問う3年の学年主任。

 それに答えるのはもちろん2年の学年主任。


「山野さんは自力で頑張れそうな子ですし、難関大学の進学実績は良い感じになると思いますよ」


「あれ? 山野さんは指定校推薦を狙ってるんじゃなかったか?」


「ずっと成績を維持してますし、別の子に推薦をあげて、自力で頑張って貰おうという声が学年での会議で話題に出てるんですよ。現に今年だって、筑波さんに下駄を履かせたって聞きましたけど?」


「まあな。でも、山野さんは……一人暮らしだろ? 予備校に通うのは厳しいんじゃなかったか? センター試験も変わり、問題の出題傾向が読みづらくなってますし、正直、難関大学は予備校の力無しだと厳しい気が……」


「そうなんですよ。まあ、もう少し様子見ってとこですかね」

 先生たちの言っている事は別に間違っていない。

 それでも、自分の立場を理解した上で、より良い大学に行こうと頑張っていた山野さんを思うと沸々と湧き上がる何かがある。

 成績が良くて、誰にだって目に見えて優秀。

 けど、進学実績を良くするために、推薦を敢えて、山野さんよりも劣る子に。

 たまたま、落とし物を届けに来ただけで、ちょっとした裏話を聞いてしまった。

 無関係な生徒であれば、別に何とも思わなかったに違いない。

 何よりも不味いのは……


 当の本人も聞いてしまっている事だ。


 どのように山野さんに声を掛けようか悩んでいる中、落とし物を金庫に仕舞いに行って戻って来た山口先生が戻って来た。


「ありがとうございます。気を付けて帰ってくださいね」

 その言葉に従い職員室を出る。

 そして、俺は色々と聞いてしまった山野さんの顔を恐る恐る見た。


「ん? どうしたの?」


「いえ、その……あれです」


「あ~、さっきの事? 別に仕方ない事だって。担任の先生からもすでに言われてる。指定校推薦は成績だけじゃ無くて人柄も見るから、必ずしも成績が良くても貰えるわけじゃないぞ? ってね。念を押す感じが強かったし、まあ、こういうことなんだろうって分かってたから」


「あんなことを聞いて、落ち込むかと思ってたんですけど、元気そうで安心しました」


「なになに? 私より、心配しちゃって間宮君ってば、可愛い奴め。じゃ、学校に用はないし私は帰る! バイバイ!」

 廊下を小走りで駆けて行く山野さん。

 たくましいな。俺だったら、絶対に泣いてたぞ?

 それから俺も自分の家に足を向けて歩みを進め始めた。




 いや、待て。





「違う。山野さんは元気そうだっただけど……」

 俺と山野さん。

 放課後に出会えば、一緒に帰る仲。だというのに、今日はそうじゃなかった。

 それはきっと……そう言う事なのだろう。


 気が付いた俺は小走りで去って行った山野さんを追いかける。

 山野さんに俺が追い付いたのはアパートの前。

 そこで息を荒げながら叫ぶ。


「山野さん! はあ、はあ……」


「え、あ、な、なに?」

 目の端が涙で一杯。

 声もうわずっていて、いつもとは全然違くて……


「山野さん。本当に大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫だよ? ま、間宮君こそ、声を荒げてどうしちゃったの?」

 

「無理しないでください」


「わ、分かってたんだよ。でもさ、でもさ、やっぱりああいう風にはっきりと聞いちゃったら辛くて、辛くて……」

 一気にあふれ出す涙。

 必死に目の端に留めていた涙が溢れて止まらなくなってしまう山野さん。

 堪えていた涙を流す彼女を見ていた俺は咄嗟に体が動いた。


「山野さんは何も悪くないです。だから、好きなだけ泣いてください」

 顔をぐしゃぐしゃにしながら泣く山野さんを抱きしめた。


「うっうっ、はぁ……ありがと、間宮君。ちょっとだけ、胸借りるね……」

 






 それから、少しが経った。

 ここじゃあれだし、部屋にあがって? と言われたので、部屋に上がる。

 玄関を潜り、俺のためにお茶を用意してくれている最中、恥ずかしそうに笑って俺に言う。


「あーあ。年甲斐もなく泣いちゃったなー」


「俺だってあんなの泣きます。絶対に山野さんより泣く自信がある位です」


「あはは、そっか。うん、間宮君のおかげでだいぶ元気が出た」


「なら良かったです」


「あ、あのさ……」


「な、なんですか?」


「う、ううん。何でもない」


「あ、はい」

 たどたどしい会話を繰り広げる俺達。

 泣いている山野さんを引き留めて、胸を貸し好きなだけ泣かせてあげるという行為のせいだ。

 あの行為は、俺が山野さんを友達以上の何かに見ている事がはっきりと伝えるようなもの。

 そして俺も、俺の胸で遠慮なく泣く山野さんを見て、俺もはっきりと知った。

 山野さんは俺を友達以上の存在として見ていてくれている事を。


 後は確認するだけで、どっちが先に口にするかだ。

 

「山野さん。明日、お買い物に行きますよね」


「うん。そう言えば、そんな約束したっけ」




 息を吸って、気持ちを落ち着けてから言う。




「その時、伝えたい事があります」




 たぶん、明日は忘れられない日になる。

 言葉を口にした瞬間、俺はそう思った。







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