第67話山野さんと水族館
手を繋ぎ歩き始めたのは少し前。
思った以上に思う所があるせいで、心臓が強く跳ね続けている。
「……」
「……」
手を繋いだあと、無言の時間が続いていた。
互いに顔色を伺っては、言葉を口にしたくてもなぜか出来ない。
妙な気恥ずかしさが立ち込める中、目的地付近に近づいたこともあり、俺は意を決して山野さんに話しかける。
「凄いですよね。こんな大都市に水族館があるって言うのも」
やや前方に見える水族館の看板を見ながら山野さんに言う。
「だね~」
「ほんと、凄いですよね」
「わかる。本当に良くこんな所にあるな~って感じだよ」
「いや、その……」
「ん?」
言い出したいことが言い出せない。
歩いている中、自然と言うつもりだったのにな。
でも、それでも、俺は諦めずに声を絞り出した。
「一緒に入りませんか?」
「しょうがないなあ」
まるで山野さんは、俺が水族館に誘うのを待ちわびていたかのようだ。
いや、絶対に俺が誘うのを待っていたに違いない。
そんな彼女と水族館に入るための、チケットを購入するために、日曜の少し混んでいる受付に並ぶ。
クレジットカードがあれば、電子のチケットが買えたのだが、残念なことにクレジットカードなど持っていないのだから仕方がない。
「ねえねえ、何から見る?」
「アシカですね」
「へー。ちなみになんでなの?」
「この水族館だと真下からアシカを見れるそうなので」
「やけに詳しいじゃん」
「っく」
事前に調べただろ。
そうは言われていないが、そう言われているようなものだ。
山野さんは俺にカマかけてわざと露見させて来る。
案の定、ドツボに嵌ってしまった事が恥ずかしくて仕方がない。
「で、ほかには何があるのかな~なんてね?」
「さ、さあ、初めて来るので全然わかりませんけど?」
「ごめんごめん。間宮君が可愛いから、つい意地悪しちゃったよ」
やっぱり、いつもと雰囲気が違っても変わらないものは変わらない。
そう確信させるやり取りだ。
山野さんの可愛さに胸打たれながら、受付に並ぶこと数分。
とうとう、俺達の番がやって来た。
「大人2名様ですね。4400円でございます」
さっと財布からお金を取り出し、山野さんにはお金を出させない。
取り敢えず、チケットを購入して受付から抜け出た俺に山野さんは言う。
「お金はきちんと払うよ」
「いえ、ここは出させてくださ……いえ、そうですね。あとで貰います」
俺と山野さんの関係は対等だ。
変に漢気を見せても、相手に気を使わせるだけ。
奢る奢られるは、もっと大人になってからで良いはずだ。
「うん。じゃあ、後で払う。それじゃあ、行こっか。……えいっ!」
山野さんにお金を払う際に離してしまった手を再び握られる。
きょとんとした丸い目で、咄嗟に口にしてしまう。
「もうここなら、手を繋いでなくてもはぐれないんじゃ……」
「さっき、受付に並んでた時も、ずっと握ってたじゃん。間宮君は……私と手を握るのいや?」
「……」
「え、本当に嫌なの?」
「なんと言うか嬉しくて黙っちゃっただけです」
「このこの~。心配させるような態度見せて、そう言う事を言うとか、ほんとずるい子だ」
無邪気に笑う山野さん。
それを見ながら、俺は思った。
今日、積極的なのは俺だけじゃない。
山野さんも積極的なんだ。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん、行こっか!」
そして、グイッと握られた手を山野さんに引っ張られて水族館の中へと入った。
見渡すは水槽。
悠々と水槽の中を泳ぐ魚達。
よく見ると、魚によって泳ぎ方が異なっているのが分かる。
その中でもひときわ目立つ、小魚達の魚群。
それを見た山野さんは目を光らせて手を繋いでいる俺に話しかけて来た。
「給食に出て来た煮干しを思い出しちゃった」
「っぷ」
「あ~、笑うなんて酷い! だって、あの小さい魚だよ? 思い出さない?」
「思い出しますけど、なんか物凄く目を輝かせてたのに、出て来た言葉が煮干しっていうのがおかしくて……」
「んじゃ、次は間宮君の番で」
このままのノリで何か面白い事を言えとバトンを渡されてしまう。
そのバトンをなんとか受け取れるように面白い事を考える。
「近くに水辺があればお魚が取り放題で節約になりますよね」
「……っく」
「どうしました?」
「分かっててやってる癖に」
「さあ?」
いつぞやの話だ。
俺が実家に帰った際、家族で川にバーベキュー行った。
その時の出来事であった川で釣った魚が美味しかった話を山野さんにしたところ、『近くに川があればおかずが取り放題?』と言われた。
それをそのまま、今回は使わせて貰ったのだ。
「あーあ。拗ねちゃうな~」
「すみませんって許してください」
「もう、あんまりからかうと本当に拗ねちゃうから気を付けるんだよ?」
「ちなみに拗ねたらどうなるんですか?」
「ん~、手を握ってあげない」
「そこは俺を置いて帰る! とかじゃ……」
「それが良いならそうしてあげても良いんだけど?」
「すみませんでした。それだけは勘弁してください」
「分かれば良し。にしても、こうして二人で水族館に来るとは思って無かったよ」
山野さんと一緒に水族館に来るなんて思いもして無かった。
今、こうして一緒に来られてはいるものの、誰がこうなると想像できたものか。
「はい。俺もです」
「さてさて、やけにこの水族館に詳しい間宮君は、次のエリアに何が展示されてるか分かる?」
「あははは……」
苦笑いしかできない。
下調べしている事をしっかりと知られてしまっており、それを弄られる。
妙に恥ずかしいったら、仕方がない。
やられたらやり返す。
とはいえ、からかうという形で山野さんにやり返したら、拗ねて手を握るのを辞めてしまうらしい。
なら、やり返す前に……すべきことは一つ。
握った手を振りほどかれないように、より絡めてしまえ。
「緩いんじゃない?」
俺がそっと絡めて行った指をギュッと締め付ける山野さん。
思った以上の反撃のせいで、一気に手に汗をかいてしまう。
「あの、その……。俺の手汗は大丈夫ですか?」
「ううん。平気。私の方こそ、酷いと思う」
「な、なんでですか?」
「だって、ドキドキしちゃってるから」
「っっ! 本当に今日の山野さんずるいです……」
「それはこっちのセリフだよ?」
こうして俺達は水族館を楽しみ始めた。
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