第51話グイグイ来る山野さん

「くんくん」

 ベッドに寝転んだ山野さんは俺の枕の匂いを嗅いでいた。

 わざとらしい感じしかしない素振り。あからさまに嗅ぐ素振りを見せて何を嗅いでるんですか? とツッコミを狙っての行動だろうし、お望みどおりに突っ込みを入れる。


「山野さん。人の枕の匂いを嗅いで楽しいですか?」


「ううん。楽しくないよ。ただ、やってみただけ」


「でしょうね。取ってつけた適当感がありましたし」


「ベッドにダイブしてやったんだから、何かしないとって感覚に駆られたからね」

 確かにただベッドにダイブしてそれで終わりと言うのも味気ない。

 ノリや冗談で何かしらをしたくなったらしい。


「そう言えば、そろそろ文化祭ですね」

 間を持たせるための話題を振る。

 その話題と言うのは迫りくる文化祭についてだ。

 来週の金曜日と土曜日は文化祭であり、猶予はもうほとんど残されていない。


「生徒会もちょっぴり忙しくなるよね。違反してないかどうかを取り締まらないとだから」


「特に教室の装飾をしっかりと見ないとダメなんでしたっけ?」


「うん。画鋲を指定場所以外に指すのは無し。ガムテープを壁に張るのもなし、テープを壁に張る場合は養生テープじゃないと後が大変だからね。ま、養生テープも放置すれば、頑固にこびりつく場合もあるから気を付けないと」


「でまあ、そう言った教室の装飾が大丈夫かどうかを見回るのは分かるんですけど、なんで一回だけじゃ無くて複数回なんですか? 最後に見回ればそれで良いと思うんですけど」


「残念なことにね。その場では直したように見せて、私達の見回りの後に、戻しちゃうってところがあるんだよ。だから、何回か見に行くってわけ」

 確かに注意されても直さずにその場だけやり過ごすをしがちなお年頃。

 しかし、それを許せば大変な事故が起こってしまう可能性があるし放置するわけには行かないのだ。


「うちのクラスは……ちょっと危なさそうですね」

 俺が所属しているクラスでの出し物は駄菓子屋。

 販売系であり、販売するお菓子、ジュースはすでに手配済みであり、後することと言えば、内装をこだわるのみ。

 内装に手間をかけて、見栄えを良くしようとしたのならば、画鋲を指してはいけないところに画鋲を刺したり、くっ付く力が弱いからとか言って、養生テープ以外のテープを使ってしまいそうである。


「たしか、間宮君とこは駄菓子屋さんだったね。気が付けば、駄菓子なんて全然買ってないよ」


「駄菓子と言うか、お菓子という括りすら一人暮らしを始めてから買わなくなった気がしますね」


「だって、小腹が空いたら早めにご飯作っちゃうし」

 山野さんの言う通り、小腹が空いたとしたら、早めにご飯を作ってしまうので、おやつをあまり買わなくなった。 

 買うときは、大抵、山野さんと一緒にパソコンの画面で映画を見る時に少し用意するくらいだ。


「あと、一人暮らしだとついつい料理の量が多くなりがちで結構、たくさん食べちゃうせいか、あんまりお腹が空かないんですよね……」


「分かる。私も自炊を始めてからちょっと太っちゃったし」

 太ったとか言うので、目が自然と山野さんの方へ向く。

 相も変わらず、すっきりとした足、制服を着ているのではっきりと見えないが、お腹などは一切、浮き出ていない。

 そして、胸は程よく良い感じだ。


「間宮君。太ったとか言ったのは私だけどさ。堂々と体を見られると恥ずかしいんだけど」


「すみません」


「ちなみに間宮君の体重は?」


「体重計がないのでわかりません。服の着心地も変化なしなので、多分変わってないんじゃないですかね」


「出会った時と、見た目は全然変わってないし、別に誤差の範囲くらいな増減だろうね。にしても、お菓子とか言うから甘いものが食べたい気分になったんだけど、間宮君。この責任はどう取ってくれるのかな?」

 わざとらしく、お前のせいで甘いものが食べたくなったと言い張る山野さん。


「分かりました」

 一人暮らしをしていた時には、お菓子なんてなかったが、今は姉さんとの二人暮らし。

 疲れた姉さんは甘いものを口にすることが多いので、チョコレート等、甘いものが幾つか常備されているので、それを取りに行き山野さんに渡す。


「甘いものなんて出て来ないと腹を括って困らせたかっただけなのに。出されたら、出されたで、私が食い意地が張ってるような子みたいなんだけど」

 食い意地を張っているような子とか言いながらも、ベッドからきちんと降りてチョコレートの包みを剥がし、口に入れる。

 どうやら、久々にチョコを食べたらしいのかご満悦そうだ。

 そんな姿に釣られて、俺も山野さんに渡したチョコと同じものを口に入れる。


「美味しいですね。姉さんが居る手前、チョコとかお菓子類は置いておかないとなので、これからはちょっぴり贅沢ができてラッキーです」


「食べすぎちゃダメだよ? お姉さんのでしょ?」


「そのくらい分かってますって。さてと、ちょっと喉が渇わいたので飲み物を取ってきます。山野さんも飲みますか?」


「うん、お願い」

 再び部屋を離れてキッチンへ。

 冷蔵庫を開けて、お茶を取り出す。

 姉さんが昨日、帰りに買って来た2Lのペットボトル。その中身をコップに注いで自分の部屋へ戻ると山野さんがなんと言うか懲りずに何か面白いものを見つけなくてはと言った感じで探っていた。


「山野さん。本当に前の部屋となんも変わってませんから」

 お茶を渡しながらそう言うと、部屋に探りを入れるのを辞めて、お茶を受け取ってくれる。


「そうは言われても、気になるものは気になるじゃん? あ、お茶ありがとね。って、なんかいつもと味が違う」


「ペットボトルのお茶です。作り置きのお茶を作る前に姉さんが昨日買って来たので。もちろん、飲み終わったら節約のために作り置きにしようかなと。まあ、お茶を飲むのは俺だけじゃないので、姉さんの意見も交えつつ決めるんですけどね」

 この家でのヒエラルキーは姉さんが上であり、姉さんが決めたことに逆らうことなど出来るはずもないのだ。

 なにせ、高校に通えているのは姉さんのおかげでもあるのだから。


「本当に間宮君はお姉さんに頭が上がらないんだね。さては、私とかみたいにお姉さんでも基本的にです、ます口調なの?」


「姉さんにはです、ます口調は使ってないです」


「え? こんなに頭が上がらないとか言ってるのに?」


「姉さんにですます口調を使うと、家族なんだから他人行儀は辞めてくださいって言われます。それなのに姉さんは俺に固い口調を使うんです。まあ、これは色々と……。すみません、姉さんの口調についてを話しても詰まらないですし、話すのは辞めときます」

 別に弟にちょっと固いというか、風変わりな口調な理由。

 そんな話をされても詰まらないだろうし、あんまり姉さんの許可なしに姉さんの話をしてもあれなので口を慎む。


「何だかんだでこんだけ親しい仲なんだし私にそんなに堅苦しく話さなくても良いんだけど。まあ、慕ってくれる後輩キャラって感じで嫌じゃ無いから、普通に今のままでも良いけどね」


「こんな感じか?」

 堅苦しさをなくしてみようと思い、発言する。

 いつもなら、こんな感じですか? と言ったに違いない。

 

「うんうん。それはクラスのお友達と話しているみたいだね。じゃ、ただ一言って言うのも詰まらないね。んー、そうだね……。じゃあ、ちょっとした私についての印象をどうぞ」

 

「印象はおっちょこちょいだな」


「他には?」


「後は可愛いくて優しいですね」


「あ、もう戻った」

 一瞬にしてため口を利くことは終わりを迎えた。

 かれこれ、山野さん相手にはなんだかんだで、ガチガチではないにしろ、なるべく丁寧な言葉を選んでいたからな。慣れないのだから仕方がない。


「すみません。やっぱり、もう山野さん相手にはこんな感じの口調で話すって意識が出来てるので無理です」


「まあいいや。堅苦しさは感じるとはいえ、今の私への話し方も中々に好きだし。でもさ、名字で呼ばれるのはどうかなって思うんだよ。こんだけ親しいのに名字で呼び合うのはどうなの? という訳で、楓(かえで)って呼んでみてくれるかな?」

 

「か、楓さん」


「……えへへ、なんか間宮君に初めて下の名前で呼ばれて恥ずかしいんだけど。こ、今度はこっちの番だね」

 すぅっと軽く息を吸い、決心したような顔つきで名を呼ぶ。


「て、て、哲郎君?」

 慣れない言い方に戸惑いが見える。

 あからさまにもじもじとたどたどしい雰囲気だ。

 そんな彼女との間に妙な気まずさを覚えた俺はせっかくの呼び名を変えるチャンスであったというのにだ。


「やっぱり辞めませんか? なんか、違和感が凄いです」


「そ、そうだね。私もそう言おうと思ってた」

 

「にしても、なんか山野さん。今日は随分とぐいぐい来ますね」

 気まずさを打ち消すべく話を途切れさせない。

 新たな話題を振り続ける俺。


「そりゃあ、けい先輩の事をアイロン掛けを習うためとは言え、普通にお家に招いちゃって仲良さそうにしてるなんて言われたらね……。あ、別に今の発言にふ、深い意味なんて無いからね?」

 

「分かってますって。別に深い意味なんてない事くらい」

 と口で言うが内心ではめっちゃ落ち込んでいるのは言うまでもない。

 深い意味があって欲しかった。うん、本当に深い意味があって欲しかった。


「お茶をもう一杯飲もうと思うんですけど、山野さんもあ、お茶のおかわりいりますか?」

 山野さんのコップが空になっているのでおかわりがいるかどうか聞く。


「うん、貰う」

 ……そう言われて、自分の部屋を後にしようとドアを出てドアを閉めようとした時だ。


「なんであそこで日和っちゃうかな……」

 何やら小さな声が聞こえて来た。

 はっきりと聞こえなかったが、声の大きさからして独り言だろうし聞き返すのも野暮だろうと思いながら、お茶を取りに行くのであった。






 

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