第49話遊びに行くから
引っ越した次の日。
普通に登校日。
少し早めに起きてお弁当を作れるほど、冷蔵庫に食材は無かった……。
仕方がないのでコンビニか購買でお昼を買うことにして家を出た時だ。
「やあやあ。哲君」
ちょうどみっちゃんと出会ってしまう。
お隣なのだから別に出会うのはおかしくない話だ。
「ああ、おはよう。今日は遅いんだな」
「まあね~。部活無いし。てか、お隣同士になるとはね……。どう? 引っ越したばかりの感想はさ?」
「生活感が無い。冷蔵庫に全然、食材も入ってなくてお弁当すら作れなかった」
「なるほどね。そんな哲君にこれを上げようではないか」
カバンをごそごそと漁り取り出したるはお弁当箱。
「お弁当?」
「そそ。いやー、実はさお姉ちゃんが毎日作るんだよ。んで、今日の私は購買のパンを食べたい。という訳で、差し上げようではないか」
「おい、けい先輩が作ってくれたものを邪険に扱うなよ」
「良いじゃん。別に。昨日だってお姉ちゃんが作った夕食を食べたんだし。それじゃあ、私は先に行く! 別に好きでもない相手と一緒に歩いて勘違いされるとか普通に嫌だかんね」
こうして、けい先輩作のお弁当を押し付けられてしまうのであった。
それからと言うものの、何事もなくお昼休みに。
返そうと思っていたお弁当なのだが、教室という周知の目がある場所でおいそれとみっちゃんに返せばいらぬ誤解を生みかねない。
仕方がないので、有難くお弁当を頂戴することにした。
「お、引っ越したというのにもうお弁当を作れる気力があんのか?」
クラスメイトであり仲の良い幸喜(こうき)と一緒に昼食を摂る際に聞かれる。
「まあな」
これはけい先輩が作ってくれたお弁当で本来はみっちゃんのであると言いたいところだがグッと堪える。
言えば本当に面倒くさいし。
「にしても、せっかくの一人暮らしともお別れだなんて後悔はねえのか?」
「あると言えばあるな。気軽に友達を呼べない。まあ、あんまり呼ぶことは多い方では無かったから別に気にはならないけど」
「彼女を連れ込めなくなったのはデカいだろ。って、お前は彼女居ないから関係ねえよな」
「まあな」
彼女ではないが山野さんという存在をおいそれと部屋に招き入れる事が難しくなったのは言うまでもない。
リーフレタスの様子を見に来るらしいが、本当に来てくれるのかさえ良く分からないのが現状だ。行けたら行くみたいな奴かもしれないし。
とはいえ、山野さんの事だ。何度かは姉さんが居ないタイミングで遊びには来てくれるだろうがな。
「てか、今日のお弁当はなんかお前らしくねえな。こう、おかずが細々? としている気がするぜ」
「そ、そうか?」
よく見ると、確かにけい先輩が作ったお弁当はおかずの品目が多く、華やかで彩も綺麗だ。
「と言うか、いつもよりご飯が少ないのも気になる」
「引っ越したばかりでな。食欲不振気味だ」
「……てか、お弁当箱もいつものじゃねえな」
「心機一転。新しいのだ」
苦しい言い訳を言い続けるも、さすがの幸喜も馬鹿ではない。
あ、わかったという表情をして俺に言う。
「それ、お前が作って無いだろ」
慌てるなよ、俺。
変に騒ぎ立てられなければ良い訳で、ここで慌てれば幸喜に色々と根掘り葉掘りとうるさくされる。
だからこそ、ここは落ち着いてこう言うべきだな。
「姉さんが作ったからな」
「あれ? お前の姉さんはそこまで料理ができるタイプじゃ無いから。引っ越したら、俺が基本的に家事をするって言ってなかったか?」
「……」
「という事はそのお弁当は……。ま、お前はあんまり騒ぎ立てられるのが好きそうじゃ無いし、辞めとくわ」
冷汗をかいたが幸喜は別に騒ぐことは無かった。
そのことに安堵していると、みっちゃんが購買でパンを買えてご満悦そうに教室に戻って来る。
お前のせいで冷汗をかいたとちょっとだけ睨みを利かせるも、別に何かが起こるわけでもないのであった。
それから、別に幸喜に弄られることは無く普通に放課後を迎えた。
食べた後のお弁当箱をそのまま返すわけにも行かず、普通に新居で洗ってから返すことに。
洗い終えたお弁当箱を手に持ち、俺は意を決してお隣さんのインターホンを鳴らす。
幾ら知り合いが住んで居ると言えど、初めて鳴らすインターホンに緊張を覚えてしまうのは俺だけじゃないはずだ。
『はい。って、哲郎君じゃない。今、出るわね』
インターホン越しに聞こえるけい先輩の声。
1分も経たないうちに玄関が開き、部屋からけい先輩が出てきた。
「どうも」
「どうしたのかしら?」
「昨日のタッパーとこれを返そうと思いまして」
昨夜のお裾分けが入っていた容器とみっちゃんから強引に渡されたお弁当箱を手渡した。
「このタッパーは昨日のよね? でも、こっちのお弁当箱はどういうことか、さっぱり分からないのだけれども……」
「そりゃ、そうでしょうね」
なぜ妹であるみっちゃんのお弁当箱をあなたが? と困惑気味。
そんなけい先輩にどうしてこうなったのかを説明した。
「まったく、酷い妹ね。違うものが食べたいからと、姉が作ったお弁当を他の人にあげてしまうなんて。わざわざ、みっちゃんに押し付けられたお弁当をご丁寧に処理させて申し訳ないわ」
「いえ、今日はお弁当を作ろうとしても冷蔵庫に何も無かったので作れなかったので普通に助かりました。こうして、住む場所のグレードは上がったとはいえ、別にお小遣いが増えたわけでもないですし。普通にありがたかったです。意外と、購買でパンとかを買うとすぐにお金が無くなって行くので」
「そう? それなら良かったわ。で、どうかしら、新しいお部屋は」
「まだ慣れないですね。後は姉さんとの二人暮らしですし、姉さんが楽になる様に色々としてあげようかなと。加えて、何だかんだでお金は浮くでしょうけど、やっぱり自由に使えるお金が大いに越した事はないので節約を継続しないとです」
「それは良いわね。働いているお姉さんは自由な時間が少ないでしょうし、家事とかを哲郎君がすることで楽させてあげると良いわ」
確かに俺と違って姉さんは自由な時間が少ない。
だからこそ、姉さんが色々と自由にできるための時間を俺が作るべきだ。
「お姉さんはワイシャツを着ているのかしら?」
「着ていますけど……」
「だったら、アイロンを代わりに掛けてあげなさい。そうすることで、お姉さんは自由に使える時間が増えるもの」
姉さんが持ち込んだ荷物にはアイロンもあった。
おそらく、きちんとアイロンがけを行っているのかもしれない。営業でいろんな人と会うため身なりはきちんとしないとダメなのが面倒だと姉さんは良く口にしているしな。
とはいえだ。
「アイロンのかけ方が良く分かりません」
「でしょうね。制服のワイシャツを見る限り、アイロンは使ったことが無いのは見え見えよ」
「制服のシャツもアイロンをかけた方が良いんですか?」
「別にしなくても良いんじゃない? 社会人でヨレヨレのワイシャツを着ていれば相手に舐められる。でも、高校生なら相手に舐められるという訳でもあるまいし。それに今のはシワができにくい加工がされているものが大半。目立ったシワは出来ないもの」
言われてみれば、確かにちょっとよれっとして着ている制服のワイシャツだが着ることができない程にシワがあるかと言えばそんなことはない。
「という訳で、アイロンのかけ方を教えてあげても良いのだけれども……場所がね……」
「姉さんもまだ帰って来てません。なら、俺の部屋で。姉さんには友達は呼んでも良いと言われているので」
「普通に言うわね。でも、その誘いに乗って哲郎君のお部屋に行ったとしましょう。そして、そのことがやまのんにバレでもしたらどうな……」
山野さんにけい先輩を部屋に入れたことがバレたらどうなるのだろうか? 途中で口を謹んでしまった。
こちらからどうなるのかを聞こうとした時だ。
「まあ、良いわ。せっかくだから、お邪魔して教えてあげるとしましょう」
「あの、さっきの言いかけた続きは?」
「さあ? 言うなれば焚きつけるという感じかしらね」
何が何やらである。焚きつけるってどういうことだ?
結局、どうなるのかは詳細に教えて貰えずにアイロンのかけ方を俺の部屋で教えて貰うのであった。
次の日。
いつもより、形がしっかりとしたシャツに袖を通した俺は学校へと通う。
あっという間に迎えた放課後。
文化祭まであと少しという事もあり、生徒会も仕事がある。
普通に色々と文化祭関係の仕事で備品の確認をしている際、季節的にはもう寒くなる一方だが、今日はたまたま暑い日。
制服のブレザーを脱ぎ、シャツで作業をしていると、こちらをジーッと見つめる視線に気が付く。
「間宮君。なんか、今日はびしっと決まってる気がする」
「そうですか?」
「んー、なんだろう。凄く違和感がある。何が違うんだろ?」
俺も一緒になって考える。
今日の俺のどこが決まっているのかを考えていくと、とある結論に行きついた。
「あ、そう言えばシャツにアイロンをかけました」
「言われてみれば、シャツがパリッとした感じだね。で、どうして急にアイロンがけをしたの?」
「姉さんのワイシャツを綺麗に保つためです。ほら、一緒に住み始めたので姉さんの負担を少しでも減らせればなと。そんな話をけい先輩としてたら、けい先輩が教えてくれたんです」
「そっか。今日、間宮君のお部屋に行くから。ほら、リーフレタスを見に行かないと。絶対に行く。引っ越す前に言ってたけどお姉さんがいないときは別に行っても良いんだよね?」
確かに姉さんが居ないのであれば来ても良いと伝えている。
という訳で、放課後。
山野さんが俺の新居へと遊びに来ることが決まるのであった。
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