3章
第48話新しいお部屋で。すでに暗躍している奴がいる!
「ただいま。それにしても、色々と広くなったな」
姉さんと一緒に住む事になったマンションは広い。
部屋に関してはリビングもあり、俺と姉さんに一部屋。さらにはもう一部屋空きがあると言った状況だ。
これでも前の俺と姉さんが住んで居た部屋の合計家賃を下回る。
「でしょうね。二人暮らしには有り余る広さですが、駐車場の問題や色々と考慮した結果このお部屋になりました。ところで、哲郎。そのプランターは?」
「知り合いが引っ越すと言ったらくれた」
コンビニ帰りに山野さんの部屋に寄り、受け取ったリーフレタスを植えたプランターだが、女性関係の話をするのはこそばゆいので嘘を吐く。
「そうでしたか。では、ベランダに置いておきましょう」
ベランダにプランターを置く。
その後、依然として片付けが終わっていないので片付けをすることにした。
「この段ボールに姉さんが使ってた食器とかが入ってたんだよな?」
「はい」
食器を取り出し棚に仕舞う作業に取り掛かる。
姉さんが住んで居た部屋の食器をまとめて入れて置いた段ボールを開けると、なんと言うか凄かった。
「これだけなのか?」
「あんまり自炊はしませんので」
そう、食器は本当に必要最低限。
マグカップとガラスのコップ。
平皿が大小1枚ずつ、どんぶりが1つ、お椀が1つだけだ。
「しかも、まだシールが付いているという事は全然使ってないだろ。これ」
加えて、食器にはどのような素材で出来ているのかを記したシールがぴっちりとついているのだ。
「……ま、コップ以外は使った記憶は無いですね」
自分でも色々と思うところがあったのだろう。
苦々しい顔をしている姉さん。
「やっぱり、出来合いの物ばかり?」
「はい。スーパーは開いていないので帰りはいつもコンビニです」
姉さんの勤務先……。
普通にブラックなのではないだろうか?
「あ、帰りが遅いのに伴って出勤も遅めです。別に朝早くに出勤して夜遅くに帰宅してるわけじゃ無いので安心してください」
「それなら良いんだけど。まあ、あれだ。これからは二人暮らしなわけだし、料理とか洗濯とかは俺がやるから」
「それは頼もしいです」
当たり前の事だ。
俺が一人暮らしを出来ているのは親からの援助+姉さんからの援助。
あぐらをかいて何もしないのはダメである。
「さてと、食器も良い感じに片付いたな。後、優先的に片付けをしたい場所はどこかある?」
「いえ、特には無いですよ。後は、追々にしましょう」
何事もなく新居での生活は始まる。
新しい部屋に中々落ち着かない中、時間は過ぎて夜を迎えた。
夜になり冷え始めた頃、部屋のインターホンが鳴る。
マンションには玄関が二つある。
共用玄関と各部屋へ繋がる玄関だ。
共用玄関での呼び出しを無くして訪れて来たと言う事は危ない勧誘の可能性は大有り。
しっかりと、インターホン越しに誰が来たのかを確認する。
「久しぶりに会った気がする」
やって来た者の正体。
それはみっちゃんこと恵美の母親であった。みっちゃんは俺の幼馴染であり、その母とは何度か顔を合わせた事があるのは言うまでもない。
「姉さん。どうやら、みっちゃん……じゃなくて、恵美のお母さまが挨拶に来てくれたみたいだ」
「分かりました。挨拶をしましょう」
と言った具合で挨拶をすべく玄関へ。
顔見知り、とはいえ別に親同士が仲が良かったとかそう言うのではないが、それでも知り合いだ。
俺もきちんと挨拶すべく姉さんともに出向く。
「ほんと、二人とも大きくなったわね~」
俺達の事をしっかりと覚えているみっちゃんの母。
それから、玄関で他愛のない世間話をして挨拶を済ませる。
その挨拶の際だ。
「お裾分けを頂いてしまいましたね」
引っ越したばかりで食事を用意するのも手間だろうという事で、もしよかったらとけい先輩が作ったであろう夕食をお裾分けしてくれた。
顔見知りならではのご厚意である。
「片方のお隣さんがお知り合いで少しは気楽です」
ちなみにもう片方のお隣さんは見ず知らずな相手。
両隣が知り合いだなんて奇跡はそう起こらないのは当たり前だ。
「にしても、相変わらずけい先輩の料理は美味しいな」
「なる程、これはご挨拶した時に出てきた哲郎の先輩が作ってくれた料理でしたか。言われてみれば、恵美ちゃんのお母さまはさっき帰宅したばかりで作れるはずがありませんね」
「さてと、夕食が終わったらお風呂を沸かしておいた方が良い?」
昨日は仕事。
明日も仕事。
休みと言えど、引っ越しで色々と気も張っていたに違いない。
そんな疲れを癒すべく、お風呂に湯船を張ってゆっくりとするかどうかを聞く。
「では、そうしましょうかね……。頼めますか?」
「分かった。やっとく」
そして、夕食後。
お風呂場へ向かうと久しぶりに感動を覚える。
「アパートに住んで居た時よりも湯船はデカいし、追い炊きも付いてる」
お風呂の設備と言うのは割と一人暮らし向けだとしょぼいのだ。
対して、一人暮らし向けでない物件のお風呂は中々に機能も性能も良い。
一度、清掃業者が入っているため大した汚れもないので、軽く湯船を洗い流した後、お湯張りのボタンを押した。
「さてと、後はシャンプーとかも用意しとかないとな」
あらかじめ買っておいたシャンプーをお風呂場に設置。
これでいつでもお風呂に入れるはずだ。
「姉さん。準備は終わったから、後は沸いたら入れるからな」
「はい。ありがとうございますね。ふぅ、一人暮らしでは手間でしたがこれからは哲郎がいるおかげで色々と楽が出来そうです」
やんわりとした笑みで楽ができると伸び伸びとした顔つきに。
一人暮らしが長いと言えど、家族と一緒に過ごすと言うのは落ち着くのだろう。
現に俺だって、姉さんとはかなり長い間、一緒に暮らしてはいなかったのにも関わらず安心感は凄まじい。
それから、15分後。
お風呂が沸いたので姉さんはお風呂場へ。
「さてと、今のうちに洗い物をしとこう」
お裾分けが入っていたタッパーを洗う。
アパートの手狭な台所と違って、かなり使い勝手のいい台所。
「……使い勝手は良くても山野さんは居ない」
並んで料理をすることも多々あった。
引っ越した今、それはもうあり得なくなったのに寂しさを感じる。
「お隣というアドバンテージを失ったのは痛いな……」
山野さんと過ごした時間。
これからも続くと思っていた時間が続かなかった悲しみに打ちひしがれながら洗い物を済ませるのであった。
そして、洗い物が終わり少し経った頃。
姉さんがお風呂から戻って来る。
「ふぅ……。良いお湯でした。哲郎もどうぞ」
その言葉に従いお風呂へ。
脱衣所に設置したかごへ脱いだ服を入れて裸になり、お風呂場へと移動。
一人暮らしでは節約のためシャワーだけであったので、久しぶりの湯船を堪能し、脱衣所に戻り着替えてリビングに。
「姉さんは明日は仕事だろ。何時に家を出るんだ?」
「明日は遅めなので9時起きです。なので、哲郎は私の事を気にせず学校へと行ってくださいね」
「分かった。んじゃ、俺は部屋に行く。お休み」
「お休みなさいです」
自分の部屋へ入る。
今だに、ここが自分の部屋という実感はなく落ち着かないなとそわそわしていると、山野さんから電話が掛かって来る。
『もしもし、間宮君。そっちはどんな感じかな?』
「別になんでもないと言いたいとこですけど、あれです。けい先輩が作ったであろう夕食のお裾分けを貰いましたね」
『そ、そうなんだ。けい先輩め、間宮君の胃袋を掴みに来て……』
「別にそんなんじゃないですからね。ほら、俺とみっちゃんが幼馴染ですよね。だから、みっちゃんの母親とも顔見知りなんですよ。で、引っ越したばかりで手間でしょうという事で、みっちゃんのお母さんがけい先輩が作ったのを親切心で分けてくれただけです。別にけい先輩が胃袋を掴みにとかそう言うのじゃありません」
勘違いされがちなこの頃。
しっかりとフォローを入れて否定することが大事だ。
『そっか。んでんで、どう? 新しいお家は』
「まだ落ち着かないですね。こう、なんと言うか静かなので」
『それはあれかな? お隣であった私がうるさかったと良いたいのかな?』
怒ったような口調、まるで捲し立てられるように言われてしまう。
もちろん冗談な事くらい分かっているので、こちらも冗談で返す。
「そうですね……。もう、眠れない位にうるさくて……」
『そう言う間宮君こそ。夜にゴソゴソとしてたけど、何してたのかな?』
夜にでもならないと出来ないような事はなんだと煽られる。
いやらしい事でもしてたでしょ! と言わんばかりな感じで言われてしまう。
あたふたとして可愛らしい反応をお望みなのだろうが、俺も負けじと色々と想起させるような発言で応じる。
「そりゃもう。人には言えないようなあれです」
『……セクハラだよ?』
「何がですか? そういう、山野さんこそ何を想像して……」
『間宮君のエッチ、変態! もう知らない! って言いたいけど、私からからかったから怒れないじゃん』
理不尽に他人へ怒らない山野さん。
そんな彼女との会話は新しい部屋で過ごす事への不安でざわつく心を落ち着かせてくれるのであった。
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