第46話小さなガッツポーズ
三鷹先輩が俺とけい先輩が付き合っていると誤解してしまった。
その誤解が解けないまま、俺達は体育祭の午後一に行われる競技、団体別リレーに備えてバトンの受け渡しの練習を行う。
お昼休みのわずかばかりの時間と言えど、侮ることなかれだ。
少しばかり、バトンの受け渡しを練習をしたことで、団体別リレーにおける生徒会の順位はそれなりに好成績を収めた。
団体別リレーが終わり、午後の競技もつつがなく行われていく。
少しばかり暇をしていると、応援をしていた生徒が熱中症で立ち眩みを起こし、保健室へと運ばれて行った。
まあここまでは良いのだが、運んで行った奴が問題。
そう、これから行われる借り物競争でお題を確認し正解かどうか判別する人であったのだ。
……周囲に嫌と言うほど、立ち眩みを起こした生徒に付き添ってくれそうな人が居るというのになぜ付き添って行ったのだろうか?
「という訳で、生徒会の人で借り物競争のお題を確認して正解かどうか判別して貰えないでしょうか?」
体育祭実行委員からそう言われる。
いやいや、別にたかが一人抜けたくらいなわけで、他の体育祭実行委員が代わりをすれば良いはずだ。
まあ、別に今の時間帯はそこまで生徒会が総動員して忙しく動き回っているわけでもないので引き受けることに。
「あ、私やる~」
三鷹先輩が快く引き受けて問題はクリア。
なんで、体育祭実行委員が借り物競争のお題を確認するジャッジを務める人が居ないのかを理解した。
「借り物競走が好きすぎだろ」
「あはは、なんで生徒会にお題のジャッジを頼んで来たか良く分かったよ」
たまたま横に居た山野さんも笑う。
なにせ借り物競走の待機列に体育祭実行委員がこれまでかというほど並んでいるのだ。
だからこそ、体育祭実行委員がお題のジャッジする人をわざわざ生徒会に頼んだわけなのだろう。
「借り物競走って学年は1、2、3年、全学年の人が参加でしたっけ?」
「そうだよ。1、2、3年の全学年で、クラスから男女1人ずつだったはず。あ、あそこに、けい先輩と玲菜(れいな)ちゃんも居るね」
山野さんの視線の先には、けい先輩と1年会計神楽 玲菜さんも居た。
その二人に注目しながら、借り物競争の行く末を見守る。
見守ること数分、知り合いという事で注目しているけい先輩の順番が回って来た。
借り物競争のお題の紙を設置された箱から取り出し、紙の内容を確認。
で、どこからか紙に書かれたものを借りるべく動き始めた。
と思いきや、こっちに走って来た。
「ちょうど良いとこに居たわね。哲郎君。ちょっと、お付き合い願えるかしら?」
「俺ですか?」
「ええ。借り物競走のお題に……後輩の男の子って書かれていたの。という訳で、来てくれると嬉しいわ。嫌なら、他の人を探すから来なくても良いわよ?」
別段、付いて行くことを断る理由は無い。
借り物競争のお題を確認する三鷹先輩の元へと着いて行く。
「あ、けい先輩だ。お題を確認するから紙頂戴?」
「これよ」
1枚の紙を三鷹先輩に渡した結果。何か勘繰った顔つきで言葉を発し始める
「おやおや、後輩の男の子というお題でわざわざ間宮くんを連れて来る当たり、お熱いですな~。はい、お題はOK。ゴールに向かってね」
先輩ながらもうぜえと思いながら、けい先輩とゴールへ。
それから何事もなくゴールし俺は普通に観客席へと戻った。
「早希になんか言われたの?」
「ちょっと、茶化されただけです」
「へー」
まじまじと俺の目を見つめて来る山野さん。
これは色々とけい先輩と俺の間にあると勘ぐっている顔では?
「まあ、山野さんが思っているような事はないです。けい先輩とは別に特別な関係という訳じゃありませんって」
誤解されがちなこの現状。
山野さんにまで誤解されるのは御免である。
「けい先輩と間宮君がただならぬ関係じゃないのは分かるけどさあ……」
誤解はされていないが、腑に落ちず。
山野さんはうじうじとしている。
「俺とけい先輩がただならぬ関係だと山野さんは困るんですか?」
「……え、あ、えーっと。ほ、ほら、今まで見たいに頻繁にお部屋に遊びに行けなくなっちゃうでしょ?」
苦し紛れな気がした発言。
もしかしたら、ただの良い訳で本当は俺に好意があってけい先輩と付き合われたくないという気持ちが混じっていそうな気がする。
「まあ、今のままじゃ確実に彼女が出来たとしたら不誠実なこと間違いないクズ野郎になり下がるんですけどね」
「それは私もだよ」
……。
何とも言えない間。
互いに次に何を喋ろうかと探り合いをしているのだけは分かる。
「そう言えば、借り物競争で思い出したんですけど、山野さんの部屋の合鍵を返すのを忘れてました」
「そう言えば渡したね」
山野さんが体調を崩した時だ。
様子を見に行きますと言ったはいいものの、さすがに鍵を開けておくわけには行かない。
ましてや、風邪で弱っているのだから暴漢が来た時になす術がないので猶更だ。
ゆえに戸締りはしっかりと。でも、わざわざチャイムを鳴らして熱にうなされる山野さんをベッドから引きずり出し鍵を開けさせるのは申し訳ない。
このような経緯で合鍵を借り受けて様子を見に行かせて貰ったという訳だ。
そう言えば、鍵を渡されてチャイムを鳴らさずに寝て居るのを起こさないようにと忍び足で山野さんの部屋にお邪魔したせいで、汗を拭いている際に出くわすというハプニングもあったな。
「後で返します」
「ん~。別に返さなくても良いよ。ほら、私、一度鍵無くしてるし。だから、間宮君が持ってれば鍵を無くしても安心でしょ? ま、悪さしないのならだけどね」
手をくねくねとさせている山野さん。
本当に鍵を預ける気なのだろうか? と思うも答えは何となく分かっている。
「まあ、冗談ですよね」
「そ、そうだね。冗談、冗談。さすがに合鍵はまだ渡せないよ?」
一瞬、謎の淀みを感じた気がする。
も、もしかして、本当に預けてくれるつもりだったのか?
いやいや、常識的に考えろ。別に恋人でも何でもないのに合鍵を渡す訳が……。
「あ、ちょうど良いところに居ました。山野さんと間宮君。少しばかり、お手伝いをお願いしても良いですか?」
生徒会顧問である山口先生が話しかけてきた。
どうやら、手伝って欲しい事があるらしい。
「はい。なんですか?」
「テント内に設置してあるウォータージャグの水を補充しておいてもらえますか? 今から私が行う予定だったのですが、ちょっと怪我した子を車で病院まで連れて行くことになりまして……」
申し訳なさそうに頼んでくる山口先生。
ウォータージャグとはよくある捻ると水が出てくる大きな水筒みたいな奴の通称である。熱中症対策の一環として、水筒の中身が無くなった人のために用意した代物だ。
確かにこの盛り上がる体育祭の中、水の補充とは蚊帳の外な感じを覚える。
午後に入ってより一層と熱が入り始めたのだから、なおさらの事だ。
「分かりました。良いですよ。山野さんは?」
「私も大丈夫です」
「ありがとうございます。それじゃあ、怪我した子を病院に連れて行くので失礼しますね。お水は保健室から汲んできてください。保健室にはちゃんと浄水器が設置されているので」
言い切ると急いで山口先生は走って行った。
「さてと、水の補充に行かないとね」
「ですね」
山野さんと一緒に水の補充を行う。
保健室にウォータージャグを持っていき、浄水器付きの蛇口から水を補充する。
「山口先生の代わりにごめんなさいね。私が代わりにやっても良いのだけれども、このありさまでね」
暑さのせいで具合の悪くなった生徒たちが寝て居るであろうベッドの方へ目を向けながら保健室の先生が謝って来た。
「気にしないでください。先生たちも忙しいんですし」
「ええ、そうね……。意外と体育祭だからと言って先生たちも暇じゃないのよ。来賓への挨拶。苦情への対応。盗難事件。本当に色々と大変なのよ……」
体育祭の時は先生たちはまったりとしていると思いきや意外と忙しいのだ。
特に騒音を立てるなという苦情が最近は多くて多くて気が滅入ると結構、色んな先生が口を揃えて言っていたのが記憶に新しい。
ウォータージャグの補充を行い、観客席に戻ると、借りもの競争でお題のジャッジを行っていた三鷹先輩がげんなりした顔をしている。
「どうしたんですか?」
「あはは……。お題の内容に『好きな異性』とか書いた紙を入れた奴が居たらしくてね。それを内気な子が引いちゃってさ。もう、内気な子は凄く泣いちゃって大変。その子を宥めて、どうして泣いたのかを様子を見に来た先生たちに説明。んでんで、本当は『好きな異性』なんてお題は事前にダメって事で入れないようにってしたから、誰が入れたんだ? って実行委員同士で責任の擦りつけ合いになって……それを仲裁してた」
物凄く面倒くさそうに語る三鷹先輩。
聞いた感じ、確かに面倒くさい。
「ご愁傷様だね。早希」
「は~。ちなみに、やまのんだったら、借り物競争で『好きな異性』ってお題を出されたら誰にする?」
「そりゃ、もちろん。ま、……っと言えないよ」
流れで言いそうになったが、思いとどまる山野さん。
「ちょいちょい。耳を貸したまえ。間宮くん」
三鷹先輩に耳を貸せと言われたので耳を向ける。
すると、三鷹先輩は俺の耳元で小さく呟く。
『やまのん。間宮くんに気があるんじゃない? けい先輩って言う彼女が居るんだから、ちゃんと線引きはしとくんだね。あれはどう見ても間宮くんに……』
「間宮君と早希は二人でこそこそと何を話してるのかな?」
こそこそと話しているのも束の間、途中で山野さんが割り込んで来た。
「やまのんには言えないかな~。という訳で、誠実にしたまえよ。間宮くん! 私は水分補給に行ってくる」
手をひらひらとさせてどこかへと消えて行った三鷹先輩。
山野さんが俺に気があるって言われた。
周りからそう見えるという事はそう言う事なのかもしれない。
「間宮君。なんで、拳を握ってるの? さっきの話と何か関係が?」
「何でもないですよ」
気が付けば拳を握り小さくガッツポーズをしていた。
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