第44話逃げ癖のある二人
「シャクシャク」
歯切れのいい音を響かせながらリンゴを食べている山野さん。
リンゴを丸のまま剥くのは難しく、依然として包丁の扱いが下手、なので最初に切り分けてから皮を剥いている。
このやり方だとそれなりに綺麗に皮が剥きやすいし、皮を全部剥くのと違い、食べる分だけを剥けば、他は皮を残したままにして置けるので断面以外の変色を防ぐことが可能だ。
「けい先輩から貰ったリンゴを食べるのは良いんですけど、他に何か食べられますか?」
「少しだけなら食べれるけど、たくさんは無理だろうね」
「分かりました。せっかく、この前雑炊を作って貰ったので今度はこっちが作ります。おかゆと雑炊、どっちが良いですか?」
「雑炊で良いよ。おかゆだと時間が掛かっちゃうだろうし。ご飯は冷凍庫に冷凍したのがあるから使っちゃって。後、長居させるのも悪いからもう作ってくれるなら作って良いから」
時間は少し早い気もするが雑炊を作ることに。
別段、難しい料理という訳でもなくあっという間に雑炊を完成させた。
「お待たせしました」
「ありがと……」
ちょっとけだるそうに寝て居たベッドから体を起こし抜け出す。
ベッドの上で食べるのはこぼした時のリスクが高すぎるからな。
「結構、多めに作ったので食べきれなかったら残してくださいね」
少しだけなら食べられると言っていたが、冷凍ご飯の塊が割と大きかったこともあり、少量残すのもあれなので全部使いきったのでそれなりに量が多くなったという訳だ。
「ふーふー」
スプーンで雑炊を掬ってやけどしない程度に冷ましながら食べているのを見ているだけで、何となくほっこりとした気分。
いつもと違って、やや弱っていそうな感じがたまらなく意外で可愛い。
……とまあ、そんな感じで山野さんを凝視していたからだろう。
「間宮君。見過ぎだよ?」
「すみません。風邪を引いていても美味しそうに食べるんだなと思いまして」
「自分で作ったのだったら、雑炊にこんなにも感激を受けることはないだろうね。間宮君が作ってくれたし。弱っている時に人に優しくされるとさ、いつもより嬉しく感じたり、安心したりしない?」
「確かにしますね。さてと、これ以上、ここに居ると山野さんと色々とお話しちゃいそうなので帰りますね」
山野さんは具合が悪いというのにしっかりとした答えを用意してくれる。
このまま居座ったら、体調の回復に邪魔でしかないのでさっさとこの場を去ることにした。
「あはは、うん……。ありがと。実はさ、引っ越してから体調崩すのって初めてだったんだよね。こう言う風に心配してくれる人が居てくれるおかげで、ぐっすりと安心して眠れそう。ありがとね、間宮君」
「俺だって、お腹の調子が悪かった時に雑炊や心配をしてくれたじゃないですか。じゃあ、これで……」
そそくさと山野さんの部屋を去った。
そんなことがあった次の日。
今日は学校が休みである。そんな休みの日で最初にすることは決まっていた。
「様子を見に行くか」
山野さんの様子を見に行くことだ。
体を拭いている際に出くわしてしまうハプニングが起きないようにも今回はしっかりとインターホンを使う。
寝ているのに起こしてしまうと悪い、一応隣りからそれなりに物音が聞こえてきたのをしっかりと確認済みだ。
「ふふ、心配で見に来たのね」
元気を取り戻した山野さんが対応してくれると思いきや、出てきたのはけい先輩であった。
なるほど、それなりに大きな物音がしたのはけい先輩がやって来て多少、ドタバタとしていたからだな。
「はい、そんなとこです。けい先輩こそ、お見舞いですか?」
「やまのんが具合を悪くしたと早希からね。それで、もしあれだったら見舞いに行ってあげてと頼まれたの。あの子、一人暮らしで体調を今まで一度も崩したことが無いから心細いだろうしと言われてね」
昨日も俺に送って行ってと言っていたが、まさかけい先輩にまでも山野さんのフォローを頼んだわけか。
「じゃあ、俺のお見舞いは必要なさそうですね」
「十分にあると思うわよ? ちゃんと、来たのなら顔だけは見せてあげなさい」
けい先輩も俺が山野さんに好意を抱いていることを理解している。
なので、色々と後押しをしてくれるのだろう。
「分かりました。少しだけ失礼します」
「少しでも顔は見せてあげなさいと言っても、だいぶ良くなったみたいなのだけれどもね」
ちょっぴり苦笑いを浮かべて俺を山野さんの部屋の中へと入れてくれるけい先輩であった。
「あ、間宮君。だいぶ良くなったよ~」
本当に良くなっている。
顔色も昨日に比べれば良いし、声の張りが全然違う。何よりも、けい先輩が作って持ってきたであろうタッパーに詰まったおかゆがかなり減っていた。
けい先輩が苦笑いを浮かべるのも頷ける。
「良かったです」
そう言いながら、少しばかり山野さんとの距離を詰めようとした時であった。
「すとっぷ!」
待ったが掛かった。
一体、何がどうしてなのか分からず呆気にとられるとけい先輩がくすくすと笑いながら訳を説明し始める。
「今さら気にすることなのかしら? まったく、たかが1日お風呂に入っていないだけでそこまで匂う訳が無いじゃないの。それに、夏休みの間、頻繁にお部屋に行き来していたのでしょう? あの時の方がきっと汗臭かったんじゃない?」
「なる程、確かにお風呂に入っていないと匂いが気になりますもんね。じゃあ、この位置からで」
やや少し離れた場所に立ち止まり俺達は会話を続ける。
「なんか、そう言われると匂いを過剰に気にしてる私がおかしいみたいで逆に恥ずかしいんだけど……。っと、取り敢えず、間宮君。心配かけてごめんね? かなり良くなってもう元気、元気」
虚勢ではなく本当に元気そうで何よりだ。
「それは良かったです。後、匂いが気になるなら後でお風呂を使いに来てどうぞ」
依然として給湯器が壊れてしまっている山野さんの部屋。
「遠慮なく使わせて貰うね。あ、けい先輩。ただ単に私のお部屋の給湯器が壊れてるだけだからね?」
「あなた達の会話からして何となく分かったから別に補足は要らないわ。それにしても、本当に二人は仲良しなのね。そう言う風にお隣と良い感じな関係を築けるのなら一人暮らしも悪くないかも知れないわ」
「ん? けい先輩。一人暮らししたいの?」
「大学までの通学時間が遠くて大体2時間なの。往復で4時間。4時間を20日。計、80時間を使うことになるわ。その80時間を時給1000円で計算すると大体8万円。定期代も掛かることでしょうし、色々と考えた場合、割と一人暮らしもありなのかもと悩んでいるところよ。ただ、稼ぎすぎると国民健康保険に加入しなければいけなくなるし、住民税、今は厚生年金も払うことになるでしょうね。後は食費も光熱費も自己負担だから割とトントンって感じで微妙なのよ」
推薦で大学が決まっており、すでに色々と次に向けて動き出しているけい先輩は色々と考えているらしい。
「確かに2時間はきついですね」
「うんうん。2時間はちょっとあれだね~」
今の俺と山野さんの通学時間は徒歩15分。
それと比較すれば、2時間は掛かりすぎとしか言いようがない。
「そう言う二人はどうして一人暮らしをしているの? やっぱり、通学時間がネックだったのかしら?」
「私は家が山奥にあるからね。高校は通える場所には無かったからだよ」
「俺も大体そんな感じです」
と言うか、待てよ?
山野さんはもともと一人暮らしであり、大学が決まればこの場所を去り、当然近い場所に引っ越すに決まっている。
いつまでも、お隣同士でいられたらと思ってはいるものの、後1年半で実質のお別れが迫っているのではなかろうか?
「間宮君。どうしたの?」
「いえ、山野さんも後1年半後には引っ越すのかなと。ほら、けい先輩と違って引っ越さない方がデメリットが大きいと思うので」
「そう言われてみればそうかも。そう考えるとちょっと寂しいね」
俺と山野さん。
二人の間で変な空気が流れる。
それもそのはず、今となっては割と助け合いの精神で色々としあう仲だしな。
お隣同士でなくなるという事は、得も言われぬ気持ちになる。
「はあ……。この二人は本当に大丈夫なのかしら?」
いきなりため息を吐いたけい先輩。
そのことを山野さんが問うと。
「敢えて言わないでおくわ。言えば変に悪化しそうだもの」
「言っても良いんだよ。けい先輩」
「そうですよ。言って下さいけい先輩」
気になった俺達に問いただされたけい先輩は仕方がなく口を開く。
「あなた達、そこまで仲良しで居たいのなら付き合えば良いじゃない」
そんな言葉に条件反射的に答えてしまう。
「そんな軽い感じで付き合うのはダメだと思うんですけど」
あくまでお隣同士だというスタンスである今、関係を飛躍させるような良い機会であったというのに逃げてしまう。
「うんうん。間宮君の言う通り、そんな軽くで付き合えるわけが無いんだよ。けい先輩。あくまで、間宮君とはお隣同士なだけで……」
俺に追従する山野さんの発言を聞いて、逃げて置いて正解だった安堵する。
けい先輩の言葉でそう簡単に自体が進む訳が無いのだ。
「はあ……。だから言いたくなかったのよ。今の発言を変に受け取って、また変な方向に転んでいくもの……。まったく、逃げ癖が付きすぎてなにかと理由を付けて逃げてるとしか聞こえないわよ?」
この発言を認めるという事はそれすなわち普通に山野さんに好意があると伝えるようなもの。
だからこそ、乗れるわけが無い。
乗ってしまえば、好意に気づかれ今までの関係が壊れて行くかも知れないのだから。
「逃げてないですって」
「間宮君の言う通りだよ。逃げてなんかないと思うんだけど?」
「面倒くさい後輩達ね……」
やれやれとけい先輩はやや困り顔でそう呟いた。
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