第43話風邪を引いた山野さん
「ふぅ……」
姉さんが来たかと思えば、本当に近くに来たから様子を見に来ただけらしく普通にすぐ帰って行った。
部屋が静けさを取り戻し始めた中、俺は山野さんに電話を掛ける。
『あ、間宮君。お姉さんにはバレなかった?』
開口一番に心配してくれる。
実際問題、姉さんは色恋に理解がある方だし普通に山野さんと出会ってしまっても問題は起きなかっただろう。
だが、大抵は一人暮らしで羽目を外すという行為は普通に親や家族からしてみれば心配事であり、女の子を部屋に連れ込むのは一人暮らしの根幹すら揺るがす可能性だって普通にあり得るのだ。
『バレてませんから安心してください』
『それなら良かったよ。間宮君が女の子を連れ込むのなんてふしだら。という訳で監視する。一人暮らしはダメ!って、なる危機に陥らなくて』
『ま、まあそうですね』
俺の場合、別段そう言う危機に陥るわけでは無い。
ただ単に山野さんと一緒に過ごしていると言うのが姉にバレるのが、何となく恥ずかしかっただけである。
『間宮君。後で、またシャワーを借りに行って良い? 髪の毛をもうちょっと丁寧に洗いたいからね。やっぱり、私の部屋の給湯器は壊れちゃったみたい』
『もちろんです。というよりも、さっきはほとんど体や髪の毛を拭いていない状態で帰らせて本当にすみませんでした。寒気とかは大丈夫ですか?』
『今んとこは大丈夫だよ。まあ、あれだね。もし、風邪引いたら看病をよろしく。じゃ、今から行くね』
お風呂を借りに今から俺の部屋に来るとの事。
電話を切ってから数分も経たないうちに山野さんがやって来た。
「じゃあ、シャワーを借りるね~」
再び、山野さんが俺の部屋に備え付けられているお風呂場を使い始めて、あっという間に綺麗さっぱりになって俺の前に姿を現す。
「何度もごめんね。間宮君」
「いえいえ、それよりも本当に寒気とかは大丈夫ですか?」
「今のところは全然平気だよ」
とは言うものの、心配は心配。
何かしてあげられることを探す。
「あ、そう言えば山野さん。何か薬が必要になったら言ってくれれば用意できると思います」
「え、お薬って高いし良いよ。そこまでしてくれなくても」
申し出に困惑気味に答えた山野さん。
確かに薬は高いし、他人に買って貰うのは気が引ける。
でも、何だかんだで俺の部屋には過剰なまでに一通りの薬が揃っているのだ。
「姉さんが製薬会社に勤めてるんです。ちょっと待っててください」
棚から救急箱を取り出す。
それを開けて山野さんに見せた。
「うわ、包帯まである」
「こんな感じで姉さんが一通りくれたので」
「んー、それでも申し訳ないかな。だって、間宮君のためにお姉さんが買ってくれてるのにそれを使うのはちょっとね。私が間宮君用に買ったお薬を使うと、結局はお姉さんがまた買う訳で、やっぱり間接的に間宮家に負担が掛かるわけじゃん?」
やんわりと断られてしまう。
お詫びをしようという考えのあまり過ぎた事を言い過ぎたようだ。
「でも、困ったら言ってください。安めに売るので」
「どうしてもお薬がすぐに欲しい時にはお金を払って買わせて貰うね」
さてと、お詫びのつもりで色々と申し出て見たものの、いまいちお詫びとして機能しているとは言い難い。
何かいい方法は無いのだろうか? と考えていると、姉さんがしてくれた他愛のない話を思い出す。
セルフメディケーションという話をされた。
内容は簡単なことで、常日頃を健康に過ごすために生活習慣を見直したり、薬の知識を身に着けたりすることらしい。
効果も簡単で、病院に行き長い時間を掛けて診察を受けずに済み、医療費を節約できるという訳だ。
「風邪を引かないためにも今日は温まる料理をご馳走しますね」
体が冷えれば風邪を引きやすい。
なので、風邪を引かないためにも体の温まる食事をご馳走しようという訳だ。
まあ……、これをセルフメディケーションと言えるべきかは謎だがな。
「そこまでしなくて良いよ? だって、何だかんだでシャワーとかを貸して貰ってるのに。むしろ、私の方が間宮君に何かをしてあげるべきだね」
「そうですけど、ほら、その……」
「ん? どうしたの、なんか含みがある感じだけど」
言いかけた内容は簡単である
『ブラが透けてるのを見せて貰い、目の保養になったので』だ。
まあ、口に出したとしても多少怒られる程度で済むくらいは分かっているが、セクハラになるからな。
「別に何もありませんって。それよりも、結局、お礼とかお詫びとか、そう言うのはどうしますか?」
「じゃあ、お鍋しよ。最近、冷えて来てるからね……。美味しそうな鍋つゆの元って大抵3,4人前でしょ? 買ったはいいんだけど、1人で使うのか~と思うと中々手が出せなくてね」
お礼だ、お詫びだ、といつまでたっても言い争うよりもそこらで手打ちしてしまうのが一番。
ゆえに俺もお鍋をしようという提案を受け入れるのであった。
で、色々と鍋の準備を進めながら他愛のない話を繰り広げる。
「間宮君のお姉さんってどんな感じ? 優しいの?」
「凄く優しいですね。経済的にも助けて貰ってるので、本当に頭が上がりません。山野さんは姉弟はいないんですか?」
「妹が2人いるよ」
本当にてきとーな感じで時間だけが過ぎて行くのであった。
次の日の朝。
たまたま、山野さんと出くわすとズズッと鼻をすすっていた。
「大丈夫ですか?」
「ちょっとダメ……。でも、学校に行けるくらいの元気はまだあるけどね。明日は休みだし今日は何とか乗り切ってみせる……」
やや弱気な感じで話す山野さん。現に乗り切ってみせると言ってはいるものの、覇気は無い。
お鍋を食べていた時には全然と言って良い程、体調不良を匂わせてはいなかったのにだ。
「ほんとすみませんでした。濡れたまま、帰らせたせいですよね?」
「気にしないで良いからね。それに濡れてたのなんてほんの5分程度だし、このくらいで風邪を引くって事はもともと具合が悪くなりかけてたんだろうし。ま、このくらいならすぐ治るでしょ」
取り敢えず、寝込む程ではない風邪に安心ではある。
別に何かができるかと言えば、何もできずに山野さんとは学校に着くや否やそれぞれの教室へ行くために別れた。
そして、放課後。
今日は生徒会の仕事は無く、普通に部屋へと帰宅しようとした時だった。
俺の携帯に同じ生徒会メンバーである2年会計の三鷹早希先輩からメッセージが届く。
『なんか、やまのんの具合が良くないから送ってあげて! 間宮くんの家って高校のご近所なんでしょ? という訳で、教室で待ってるから!』
頼まれてしまったものは仕方がない。山野さんが所属しているクラスに向かう。
すると、突っ伏してうなだれている山野さんが居た。
「お、間宮くん。来てくれたんだ。こんな感じでぐでーっとしちゃってるから連れて帰ってあげて? ま、1人でも歩けるだろうけどね。私はこれから部活だから送ってってあげられないんだ~」
三鷹先輩はどうやら今日は部活動があるので、送ってあげられないので高校の近所に住んで居て部活に入っていない俺に声を掛けたという訳だな。
「分かりました。送ってきます」
「たのんだ。じゃ、私は部活に行く!」
そそくさとこの場から去って行く早希先輩。
それを見た後、俺は突っ伏す山野さんを少しゆすった。
「大丈夫ですか?」
「突っ伏してた方が楽だから突っ伏してるだけで、別に一人でも帰れるはずなんだけどね。早希が誰かに送って貰えってうるさくて」
声を聞いた感じはまだ平気そうと思いきや、顔を上げたら真っ赤で辛そうだ。
確かにこの赤みを帯びた感じの人を一人で歩かせるのは少し危ないな。
「さてと、帰りましょっか。ここで、突っ伏してるよりも家で安静にしてた方が良いに決まってますし」
「だね……」
ちょっとおぼつかない足取りで立ち上がる山野さんと一緒にアパートへ向け歩き出す。
はあ……、濡れたまま帰らせた俺を殴ってやりたい。
山野さんが居るのがバレたとしても姉さんは『ふしだらですね。一人暮らしはやっぱり駄目です』だなんて言わずに『きちんと、節度を守るんですよ』と言って済ませてくれたに決まっているのだから。
申し訳なさを感じながら歩くこと数分。
ふらふらとした足つきで少し危なっかしい。
そんな足取りながらも無事に俺達は住んで居るアパートへと帰ってきた。
「間宮君。ありがとね。送ってくれて」
「いえいえ。薬とかはありますか?」
「ない……。買いに行くのが面倒だから間宮君が持ってるお薬を買っても大丈夫?」
「もちろんです。先に部屋に入っててください。持ってきますから」
お金は要らないと言いたいところだったが、何だかんだで薬にだってお金は掛かる。そして、薬を買ってくれているのは姉さんだ。そう考えると、確かにただで上げるのは何か違うからだ。
「うん、部屋の鍵は開けとくね……」
それから俺は自分の部屋の薬箱から風邪薬を取り出し、山野さんの部屋へと向かう。
いつもはチャイムを鳴らして呼び出してから部屋に入るのだが、具合の悪い人にわざわざそんな手間を掛けさせるのはダメだ。
鍵は開けとくと言われているので、チャイムを鳴らさずに部屋へと入る。
「お待たせしました。どうぞ、使ってください」
「薬をありがとね。お金は後で払う」
「後、熱が辛かったらこれもどうぞ」
おでこに張るひんやりと感じさせるシートもあったので渡す。
そして、台所に行き俺は薬を飲むための水を用意した。
「本当に間宮君って気が利く……お水まで用意してくれるなんてさ。さてと、移らないうちに帰ってね」
弱々しくなりながらも相手を気遣う姿はさすが山野さんとしか言いようがない。
俺が居座る事で風邪を移してしまうと心配をかけるのも良くないので、部屋を出て行く前に俺はこう言い残す。
「心配なのでまた見に来ますね」
一人暮らしでの風邪は本当に寂しいというか、気が滅入るのを知っている。
看病がしてくれる人が居ない寂しさは凄まじいもの。
何度かは様子を見に行くべきなのは当たり前だ。
「わかった。さっきみたく鍵は開けておくね……と言いたいとこだけど、寝込みを襲われるかもしれないから鍵を渡すから勝手に入って来て良いよ。ほら、インターホンを鳴らされてもうなされてて出れないかもだし。あそこの棚に合鍵が入ってるから持ってってね」
「確かに、なんだかんだで鍵は閉めておかないと不味いですしね。その方が良いかも知れません。今のご時世、何があるかわかりませんし」
という訳で、数時間後。
様子を見に山野さんの部屋へ受け取っておいた鍵を使いこれでもかと静かに部屋へと入る。
寝て居た時に起こしてしまうのは申し訳ないので、起こさないようにとなるべく足音を立てずに様子を伺おうと廊下のドアをゆっくりと開けて、ドアの先にあるベッドの方に目を向ける。
すると、ベッドの上でタオルで体を拭く山野さんが居た。急いで視界に入らないように背を向けた際、結構な物音が立ち、こちらに気づかれてしまう。
「見えた?」
やや震えた声で聞かれる。
今回のは割と今までのラッキーとは話が違うからだ。
上半身に何も纏わないまま体を拭いていたのだ。要するにブラすら付けていなかったのだから。
「背中だけで、前は見えてないので安心してください」
「ふーん。まあ、真偽はどっちでもいいや。でも、間宮君。お詫びしたい気持ちがあるなら、けい先輩から貰ったリンゴの皮を剥いてってね? あ、あともう着たからこっち向いても良いから」
「その怒らないんですか?」
見えてないと俺は言ったが、相手からしてみれば証拠がない。
今までとは違い、より踏み込まなければ見えない場所を見られれば怒りを向けられてもおかしくは無い。
恐る恐ると山野さんに怒らないのか聞くと、
「しょうがないじゃん。間宮君はチャイムを鳴らすと起こしちゃうかも……って考えて鳴らさず、足音も立てないようにと部屋に入ってきたんでしょ?」
「は、はい」
「だったら、怒れないに決まってるじゃん」
仕方ないなあという感じを含んだ笑み。
熱も無いのにかあっと熱くなってきた気がした俺に山野さんはトドメと言わんばかりに告げて来る。
「あ、もちろん。間宮君だって言うのも理由の一つだよ?」
さらに体が熱くなる。
異性として好きだから別に見られても良い。はたまた、仲が良くて距離感が近しいから見られたとしても仕方がない。
一体どちらか分からなくとも言える事が一つある。
「そう言う風に理由がきちんとあれば許してくれる山野さんの事、俺は好きですよ?」
山野さんと同じく、異性に向ける言葉とも、はたまた、仲が良い親しい人に向けた言葉ともとれる発言をした。
はっきりと異性として好きだと言えないのはどうしようもなく臆病な証拠。
でもさ、さすがに風邪を引いて弱っている人にこのタイミングで色々と告げてしまうのはダメに決まっているだろ?
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