第42話突然の来訪者
「髪が砂まみれ……」
グラウンド端にある砂が舞い込みやすい体育倉庫で動いた結果。
砂埃を被り、髪を撫でればじゃりっと気持ち悪い。
「帰ったらすぐにお風呂に入ったほうが良さそうですね」
「だね~。さてと、帰ろっか」
備品の確認を終えた俺と山野さんは体育倉庫から出ようとした時だ。
山野さんがこう言った。
「体育倉庫の扉が閉められてる! どうしよう。出れないよ?」
「嘘を言わないでください」
「だって、よく漫画とかじゃ閉じ込められた! っていう展開が多いでしょ?」
そう、別に体育倉庫の扉は閉められてなどいない。
要するに山野さんのおふざけだ。
確かに閉じ込められてるって言いたいようなシチュエーションだな。
俺だって、ノリで出ようとした時に開かない!?ってしたくなるし。
「でも、さすがに扉が開いてるのに、『閉じ込められた!』は無いですよ」
「まあね。ちなみに間宮君的には体育倉庫に閉じ込められるシチュエーションはどう思う?」
「無理があると思います」
「だよね~。というか、あのシチュエーションって誰が最初に考えついたんだろね」
そう言いながら、体育倉庫の扉を閉めた山野さん。
で、また同じ流れを繰り返す。
「間宮君。と、閉じ込められた!」
「そ、そんなわけ……って、寸劇した方が良いですか?」
「ううん。しなくて良いよ。なんか、演じてるのが恥ずかしくなってきたし」
「じゃ、今度こそ帰りましょっか」
山野さんが閉めた扉を普通に開けて体育倉庫から出た。
……現実で体育倉庫に閉じ込められるなどよほどの阿呆でも無ければ起きないのだ。
とか思いながら、生徒会室に向けて歩みを進めていると、横を歩く山野さんにこう言われる。
「ちなみに、間宮君的には誰かと閉じ込められるシチュエーションだったら、誰と閉じ込められたい?」
「出来れば閉じ込められたくないです。でも、強いて言うなら一緒に居て気まずくない人が良いですね。だって、二人きりで閉じ込められたら何を話せば……ってなるので」
「はあ……そこはノリでも良いから山野さんとならいくらでも閉じ込められたいです! とか言うべきなんじゃない?」
大真面目に答え過ぎたらしい。
確かに俺の言った事は何の捻りもなくて、ただただ真面目な答え。
呆れられるのも仕方がない。
「そう言う、山野さんは?」
「私? 一緒に閉じ込められるのなら、間宮君とだね」
冗談だと分かっていてもドキリとしてしまう。
一緒に閉じ込められるのなら俺とだなんて嘘だろうがドキドキだ。
「俺も山野さんとならいくらでも閉じ込られても平気です」
「ほほう。そりゃ、良かったよ。んじゃ、閉じ込められちゃう?」
そんなことを話そうとも別に俺達が一緒に閉じ込められることなど無いのは言うまでもない。
というか、よくよく考えれば、夏休みにあれほど互いの部屋で過ごしているので、閉じ込められた所で何も起こりやしないのにな。
そして、生徒会室に戻った後、活動をまとめて簡単な報告書を作りあげ山口先生に手渡して活動を終えた。
住んで居るアパートへと帰る俺と山野さん。
「じゃあね。間宮君」
玄関前で別れて部屋へと入る。
で、真っ先に制服を脱いで俺はシャワーを浴びることにした。
何せ、体育倉庫で動き回ったせいか、砂埃が舞ったせいで髪の毛が砂まみれなのだから。
「一緒に閉じ込められる……」
この何とも言えない山野さんとの距離感を縮めるためには大きな転換点が必要だと感じた。
このままじゃダメであり、少しばかりがっついて行かねばならない。
そんなことを考えながらシャワーを浴びていると来客を知らせるチャイムが鳴った。
山野さんかな? と思い急いで体を拭いて玄関に行くと案の定、制服から白いTシャツというラフな装いになった山野さんだ。
「間宮君。シャワーを貸して? お湯が出ない……」
「給湯器が壊れたんですか?」
「うん、そうみたい。いつまで待ってもシャワーの水がお湯にならなくてさ。さすがに水で浴びるのはちょっと風邪ひいちゃいそうだし。間宮君ならシャワーを貸してくれるかなって。で、貸してくれる?」
「良いですよ。上がってください」
シャワーを貸してあげることにしたので、上がって貰う。
ちなみにすでにタオルを手に持ってきている。
まあ、これだけの仲良しなのに俺が貸すことを断ることなんて普通は毛頭も思わないからな。
「じゃあ、借りちゃうね」
「はい。どうぞ。シャンプーとかご自由に。あ、お湯も張るなら張って良いですからね」
「お湯はさすがにいいや。あと、覗いても良いけど、その時は責任を取って貰うからね?」
不敵な笑みを浮かべる山野さんに俺は問う。
「ちなみにその責任の内容とは?」
「内緒だよ。覗いてからのお楽しみ。それじゃあ、お風呂を借りるね」
覗いちゃダメでもこんな風に言われるなんてずる過ぎるだろ。
怒るとか、殴るとか、絶交だとか、そう言う風に断定しないで何が起きるのか内緒とか物凄くずるい。
「っく。分からん。山野さんが俺に抱く好感度が良く分からん……」
悩みに悩む。
そもそも、殴るとか、絶交だとか、言われない時点で覗いても良いのでは? と思う俺と、冗談でからかわれているだけだ通ってしまう俺も居る。
山野さんとの距離の詰め方を悩みに悩んだ結果。
少しだけ、攻めることにした。
「山野さん。そう言えば、シャンプーが無かったかもしれません」
覗きはしない。
が、覗かれてもおかしくない距離にまでじりじりと詰め寄ることにした。
『あ、確かになくなりそうかも。と言うか、間宮君。覗いて無いよね?』
お風呂に繋がる扉越しなため響かない声。
ちなみにお風呂場につながる扉はきちんと曇りガラスで覗こうにも覗けるわけが無いのは言うまでもない。
「……すみません。嫌でしたか?」
『ううん。どうせ、そっちからは見えてないだろうし。あ、でも、私がこっちから見えないのを良い事にパンツとか持ってかないでよ? と言うか、一応、服の下に隠したけどパンツの柄とか見ちゃダメだからね?』
「持ってきませんし、見ませんって」
『それなら良し。あ、でも、間宮君がどうしてもって言うなら別に良いけど。ただ、その時は責任取ってね?』
殴る、怒る、蹴る、絶交する、と言わないで、責任を取ってと言うのって本当にずるくない?
本当にずる過ぎるんだが?
山野さんからしてみれば、俺を誑かすつもりは無いのだろうけれども、それでも責任という言葉を使うのってずるい。
「……じゃあ、これで」
『うん、気遣い。ありがとね~』
自分で攻めて山野さんとの距離を縮めようとしたが、一方的に俺が嬲られただけな気でお風呂場の前を後にした。
「はあ……。ほんと、どうすれば良いんだか」
ちょうどその時だ。
再び、玄関に備え付けられているインターホンが押された。
山野さんは俺の部屋にいるし、大方セールスマンだろう。
玄関の覗き穴を見てセールスマンかどうかを確認すると、玄関先に居たのはまさかの姉さんであった。
「なんだ。姉さんか。って、あれ? ヤバくない?」
そう、俺の部屋では山野さんが居る。
厳密に言えば、俺の部屋のお風呂場に山野さんが居る。
この状況を姉さんに見られても、一応俺に恋のアドバイス等をしてくれている手前、怒られたり、叱られたりはしないだろう。
しかし、恥ずかしいし、初心で後ろめたさを覚えた俺は姉さんに山野さんの事をバレないようにと行動に移す。
姉さんは俺の部屋の合鍵を所持しているので、時間はそこまで残されていない。
俺が居ないと分かれば、合鍵で鍵を開けて部屋に入って来るに決まっている。
なので、急いで、山野さんの靴を手にしてお風呂場へ。
「山野さん。姉さんが俺の部屋にやって来たみたいです。だから、そのえーっと、誤解されないためにもうまくやり過ごしたいんですけど」
『そ、そうなの? た、確かに部屋に女の子を連れ込んでるなんて知られたら大変だよね。わ、分かった。私はどうすれば良い?』
「取り敢えず、靴を持ってきたので、タイミングを見計らって、ささっと出て行って下さい」
『分かった』
それと同時だ。
玄関が開いたので、俺はお風呂場につながる脱衣所から出た。
「なんですか。要るなら玄関を開けて……っと、その様子お風呂に入っていたんですね。それなら、呼び鈴に応じれないのは仕方ありません。さてと、哲郎。お久しぶりです」
「姉さんこそ、今日はどうして俺の部屋に?」
「ちょっと、近くで用事がありまして。なので、様子を見に来たという感じです」
「そ、そうなんだ。お茶でも飲む?」
「はい、お願いします」
……姉さんは普段俺が過ごしている部屋へ。
俺は山野さんが逃げ出せるように手引するため、脱衣所の前で待つ。お茶を用意するといった手前、ここで少し待機しようが怪しまれることは無いだろう。
待つことほんの数秒。そろりと脱衣所から髪の毛の拭きが甘くてかなり濡れ気味な山野さんが顔を出して、スマホの画面を突き出してきた。
『今、行ける?』
スマホにはそう映っていた。
小さな声で俺はそれに返事をする。
「はい。今のうちに出て行って下さい」
コクリと頷く山野さん。
そして、そろりと脱衣所から抜け出して玄関へと向かう。
その後ろ姿は何と言うか、凄まじい。
焦って十分に体を拭かなかったのだろう。Tシャツが透けてその下につけている水色のブラがうっすらと見えている。
はっきりと見えないのが返ってエロさを引き立てている気がしてならない。
持っていた靴をそろりと履いて、俺に軽く手を振って山野さんはドアを開けた。
ガタン。
さすがに玄関を開ければ物音が出るに決まっている。
しかし、一瞬だけ、玄関を開けた後ささっと山野さんは俺の部屋から出て行くのであった。
「ふぅ……」
「哲郎? どうしたんですか?」
部屋の方から姉さんが話しかけてくる。
「いや、ちょっと玄関の鍵を閉めたっけか? と確認しただけだ。姉さんは良く言うだろ? 一人暮らしと言えど、きちんと施錠はしておけって」
「なるほど、それはそうですね」
こうして、別に隠す必要があったかと言えば、無かっただろうが山野さんの事を姉さんに知られる事はないのであった。
さて、姉さんのためにお茶を用意するか。
というか、濡れたまま山野さんを帰してしまったけど、風邪を引かないと良いんだがな。
はあ……。後で、お詫びをしないとな。
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