第40話雑炊と要らぬお世話
「はあ……」
「おいおい、今日は元気が無さそうだな」
友達である幸喜が心配してくれる。
それもそのはず、依然として顔色は悪いし、ため息を吐けばな……。
「体力的にも精神的にもちょっとな……」
「お、おう。辛かったら言えよ?」
「ありがとな。ただ、体調が悪いだけだ」
体調が悪いのは言っても良い。
ただ、みっちゃんが俺が失恋したと思い、義理の姉であるけい先輩とくっつけようと企んでいるだなんて言えるわけが無い。
「いや、精神的にもちょっとって言ってただろうが。まあ、触れられたくない事なら触れないで置くがな」
「そう言うことだ」
それから俺はお腹を壊したせいで、食欲もなくただ飲み物を少し飲むだけで昼休みを終えるのであった。
少しだがお腹の痛みが和らいで来て、病院に行く必要が無さそうで一安心し始めた放課後。
今日は生徒会活動は無い。
ただ、明日からは体育祭が近いので段取りを確認するためのリハーサルに生徒会役員も駆り出される。最も、生徒会はあくまで見守るだけで、主導は体育祭実行委員会だ。
「幸喜じゃあな」
友達に別れを告げ、教室を出ようとした時だ。
みっちゃんが俺の元へやって来て、待ったをかけた。
「お姉ちゃんが失恋した哲君の事を励ましてくれるってさ」
「また勝手にしでかしたのか?」
「だって、お昼休みに幸喜君に体調的にもの後に精神的にも……って嘆いてたじゃん。そりゃあ、そんな人を慰めてあげないでどうするって感じだし。んで、お姉ちゃんに『哲君が落ち込んでるから、慰めてあげて』と頼んだわけ」
心の底から俺への親切さを感じられる。
別に邪魔をしようとかそう言った悪だくみなど一切を感じさせない。
「何度でも言うが、恋路は終わってないからな。ま、信じて貰えないだろうけど」
トイレで自分の顔を見たが、だいぶ酷い顔をしていた。
俺でさえ目の前に今の俺のような顔をしている人が居れば、そりゃまあ心配して助けたくなるに決まっている。
「んじゃ、お姉ちゃんが失恋を慰めてくれるらしいから私はそろそろ部活に行ってくるね」
みっちゃんは言うことを言って、部活をしに行った。
さてと、無視するわけにも行かない。取り敢えず、けい先輩と出会わなければ話は始まらない。と思っていた矢先の事だ。
「みっちゃんから話は聞いたわ。話し相手になってあげる」
目の前に現れたけい先輩。
暇なクラスメイトが他愛のない雑談をし教室に残って居るというのに二人で色々と話し合う姿は誤解を招きそうなので、そそくさと違う場所へと向かうことにした。
「けい先輩。取り敢えず、場所を移しませんか?」
「ええ、良いわよ」
とはいえ、先輩相手である。どこに連れて行けば良いのだろうか?
生憎とお財布には今月の生活費をまだ下ろしていないせいか、お金があまり入っていない。とはいえ、某チェーン店のコーヒーくらいは普通に買えるが……恐らく今の俺のお腹の調子では飲めそうにない。何も買わずして、席を占拠するのはマナーとしてはなってないので却下。飲まないで買うだけ買って席に座るのも、お金を無駄にしているようで嫌である。
わざわざ、励ましに来てくれた相手なわけで、場所くらいは気を使った場所にしたかったのだが仕方がない。
「すみません。本当はカフェにでも言って話すべきなんでしょうけど、この教室以外で人がいないとこでお願いします」
「人がいない教室で話すのは盗難事件があった時に疑われるかもしれないから、あんまり良くないわね。ほら、この前あったじゃない? 裏庭にしましょ?」
つい最近に校内で盗難事件があった。そのため、放課後の人が居ない教室で居残りすれば疑いの目を向けられる。
そこで、校舎の裏庭で話そうと提案される。
昼休みはベンチや机や椅子がある事もあって、昼食を食べている人が多いが、放課後は意外と人が少なく話しやすい場所だ。
場所を裏庭に移す。
今日は珍しく誰も居なく静かで声がとても響く。
そんな中、けい先輩はバッサリと本題を切り出した。
「聞いたわよ。失恋したのよね……」
「いえ、別に失恋して無いですよ。この顔色はただ単にお腹の調子が悪いだけで、みっちゃんが勘違いしてるだけです」
「……そうなの?」
目を背けたいのね……と憐れんだ目を向けられる。
つくづく今日は人に信じて貰えない日だな。だが、ここで折れて否定をしないという訳には行かない。
だって、本当に失恋したとかそう言うのではないし。
「本当ですよ? 山野さんとは今でも仲良しなので」
「告白したら、友達のままで居ましょう……って言われたのね」
「違います。告白してません」
「ふふ、冗談よ。哲郎君の様子からして、別に恋路が終わったというわけでは無さそうなのは分かるわ。まったく、みっちゃんが勘違いして迷惑を掛けたわね」
信じて貰えただと?
ずっと、誤解されたままで終わるかもな~と腹を括っていたので嬉しい誤算だ。
「はい。その通りです。みっちゃんがこの顔色の悪さを見て勘違いしただけで別に普通に山野さんとは……進展してなんて……ないです」
自分で進展して無いと言うのに虚しさを覚えてしまう。
いや、うん。だって、そりゃあ二人きりで出掛けて何も無しで終わったとかさ、さすがの俺でもダメダメな事くらいわかる。
「進展はして無いのね……。まあ、終わっていないのなら良いじゃない。ゆっくりと頑張ればね? それで、その顔色の悪さはどうしたのかしら?」
「えっと、お腹の調子が悪いんです。その、消費期限切れの食品を食べて昨日から具合が悪くて……」
「大丈夫なの? 病院とかは行かなくて平気?」
「あ、はい。そこら辺は大丈夫だと思います。今朝に比べて、だいぶ良くはなって来ているので」
現に朝は何も食べたくないという感じであったが、今なら軽いものなら食べられそうなくらいには治り始めている。
「それなら良かったわ。でも、消費期限切れの食品を食べちゃダメよ」
「今回ので身に沁みました」
「それにしても、哲郎君は消費期限切れの食品を食べなければやって行けない程、切羽詰まった状態なの?」
「いえ、ただ単に勿体ないなと思ってです。節約はしてますけど、別に食べていけない訳じゃありませんから」
そう、別に節約しているからと言って食べるに困っているわけでは無い。
友達である幸喜にも節約をしてると言うと、金の心配をされるが俺の場合は別に切羽詰まっているから節約をしているのではなく、もっと自由に使えるお金が欲しいから節約をしているだけだ。
「遊びたいお年頃だものね。お金を浮かしたいのは当然。それは一人暮らしなら猶更の事。同じく一人暮らしのやまのんもよく言っているもの」
やまのんこと山野さんも俺と同じくそこまでお金に困っているわけでは無くて、使えるお金を増やしたいだけだ。
「本当に今日はすみませんでした。別に慰める必要も無いのにお手数をお掛けしました。苦情はみっちゃんにお願いします」
「帰ったら言っておくわ。思い込みも程々にして相手の話をちゃんと聞きなさいってね。さてと、帰りましょうか」
別に何事もなく終わったけい先輩との会話。
みっちゃんのせいで、無駄な時間を消費させられただけである。
そんなことを考えながら、けい先輩と道を歩く。同じ道を歩く理由は単純でけい先輩も高校の近くに住んで居るだけだ。
「そう言えば、どこら辺に住んで居るの?」
なんだかんだで、山野さんとお隣だとバレるのは互いに噂される可能性もあるので周りには伏せている。
どう誤魔化したものか。まあ、けい先輩はみっちゃんと違って茶化すような性格ではないし言っても良い気がするけどな。
「あー、その」
「言いたくないのなら良いのよ。悪かったわね。でも、気になるじゃない?」
「確かに家が近所だと、その人がどこに住んで居るのかは気になりますよね。ただ、すみません。場所を言うのだけは勘弁してください。後、胃に優しい食べ物ってどういう感じですか?」
けい先輩は家庭的で料理を良くするらしい。卵料理がなんだかんだでお得だとか色々と教えて貰った事がある。
なので、お腹を壊した今、胃に負担を掛けないような料理でもと思い聞く。
「そうね……。オーソドックスにおかゆとか雑炊はどう?」
「おかゆと雑炊ってどう違うんですか?」
「おかゆはお米を炊いていない状態から水を多めにして煮るの。雑炊は炊いたお米を出汁や具と一緒に煮て作る。大体、そんな感じね。個人的には雑炊の方が簡単だからおすすめよ。とはいえ、おかゆも炊いたお米を水で煮ればできなくもないわ」
パッと答えられる当たり、本当に自炊をしているのが分かる。
いいや、自炊していても、普通はおかゆと雑炊の違いなんてしっかりと答えられる人の方が少ない。
「なる程、じゃあ雑炊にします。おかゆのドロッとした感じよりもサラッとした方が好きなので」
「雑炊はシンプルなのだと鶏がら出汁を入れてご飯を煮込む。最後に卵を溶き入れて、お好みでねぎを散らしても良いわ」
簡単な雑炊のレシピまで教えてくれたけい先輩。
生徒会の応援演説を頼んだ時もそうだが、やはり頼りになる先輩である。
「本当に頼りになります」
「おだてても何も出ないわよ? まあ、強いて言うなら、ちょうど祖母の家からリンゴが届いたからそれを上げるくらいしかね? ちょっと待ってて貰える? あそこのマンションが私の家だから」
話の流れからしてリンゴをくれる見たいだ。
色々とお世話になりすぎて申し訳ない気分。何かしら、お礼をしなくてはという気に駆られるも出来そうな事は見つからない。
悩みながらも少しの間、待ちぼうけしていると手にトートバッグを持ったけい先輩が戻ってきた。
「お待たせしたわ」
トートバッグから取り出した袋を俺に渡す。
袋の中には2個のリンゴが入っていた。
お世話になりっぱなしで本当に申し訳がない。
「ありがとうございます」
「良いのよ。どうせ、毎年のように大量に送られてきて困っているもの。去年もやまのんや他の人に配ってるもの」
「いえ、それでもありがたいです。本当にありがとうございます」
「じゃあ、お腹を大事にするのよ?」
けい先輩に大事にと言われた俺はアパートに帰るべく、歩き始めた。
それから何事もなく、アパートに着く。
帰ってきたら郵便受けを確認するのがすっかりと癖になった俺はと言うと、郵便受けの中に何か無いかを確認した。
後ろから声を掛けて来るものあり。
「なる程ね。そういうことだったの」
「……」
「哲郎君とやまのんはお隣さんだったのね」
そう、後ろにけい先輩が居た。
「ど、どうしてここに?」
「単純にやまのんにリンゴをあげに来ただけよ?」
今思えば、俺が貰ったリンゴが入っていた袋はトートバッグの中から出てきた。
俺だけに渡すのならリンゴが入っている袋だけを持っていればいい。
しかし、トートバッグにわざわざ仕舞っていたということはトートバッグの中にはリンゴが入っている袋が別にあるということだ。
つまり、俺に渡した後、別の誰かにもリンゴを渡すのできちんとした鞄であるトートバッグを持っていたのだ。
「……ま、そういうことです。騒がれたくないので」
「そうね。これを知れば、うるさい子はうるさいでしょうね。良いんじゃない? 私だって、この状況は隠すと思うわ」
「意外と落ち着いてますね」
「ええ、やけに近しい距離感なのは理由があると思っていた。その答えはこう言うことだったのねと納得できるんだもの。ま、別に何も言うつもりもするつもりは無いから安心しなさい」
その言葉を聞いて数秒後。
けい先輩がいい暇つぶしを見つけたかのような感じで言う。
「やまのんの部屋にあるコンロで雑炊でも作ってあげるわ。台所に立たないでゆっくりとして待ってなさい」
「そんなの良いですって」
「大丈夫。あなたとお隣な事を隠そうとして私を部屋に呼んでくれなかったやまのんへの恨みつらみで部屋に居座ってやりたい気分なの。どうせ、部屋に居座るのなら時間は有意義にね?」
山野さんの部屋に居座る時点で時間は有意義でも何でもないような気がする。
しかしながら、幾ら断っても断り切れそうになさそう。
「分かりました。お願いします」
「じゃあ、やまのんの部屋で雑炊を作って持っていくわ」
こうして、俺は雑炊を作って貰うことになった。
胃の痛みは引いて来たけど、熱っぽくて体がけだるいし有難い限りである。
ところ変わって、山野楓の部屋。
哲郎と別れた恵子は楓の部屋にお邪魔している。
「別に知ってしまったのなら、私を避ける必要はないと思わない?」
「そうだね。で、まあ。あれだ。うちに上がり込んでくつろぐ感じ? まったく、けい先輩はお暇なの?」
「ええ、そうよ。だから、こうして久しぶりにやまのんのお部屋でくつろいでいるの」
恵子は暇を持て余していた。
生徒会長や、ちょっと良いところまで行った部活動、トップまでとはいかないが、それなりに良い成績な彼女。
ゆえに受験したとしたらそれなりに苦労するくらいの良いとこの指定校推薦を申請してみた結果、普通に通った。
指定校推薦を貰えてハードルの高い一般受験をする必要などなく彼女はただただ退屈な日々を送っているのだ。
「まあ、良いけどね。別にバレちゃったならさ」
お隣が仲良くしている同じ高校の後輩、それが周囲にバレれば自分だけでなくお隣である後輩にも迷惑が掛かることから周囲にはお隣である事を伏せていた。
それはたまに部屋へと遊びに来る先輩である恵子にも同じ事。
急に部屋に呼ばないといった連れない態度という重荷から解放されたのだ。
「やまのんと哲郎君がお隣であること位で私が騒ぎ立てるとでも思っていたの?」
「んー、思ってないと言えば思ってなかったけど、保険だよ。保険」
「それもそうね。ただ、最近は部屋に遊びに行っても良いかと聞けば、ダメと言われ。部屋に遊びに来ない? とも誘われない。少し寂しかったわ」
「まあね。私も急に素っ気ない感じで振る舞うのは申し訳ないな~って思ってたからね」
「さてと、せっかくだからお台所を使わせて貰うわね」
「ん? なんで?」
「お腹の痛みは引いて来たとは言っていたものの、今度は熱が出てるっぽかったのよね……。だから、お節介でやまのんの部屋でくつろぐがてら、雑炊は私が作ってあげるからゆっくりとしてなさいという感じでね」
ただただ普通のお節介。
それだが、恋心は盲目的に人をしてしまう。
「それなら、私が作る」
楓は言い張った。
そう、別に特別な感情は抱いていないであろうというのに恵子に張り合ってしまう。
それだというのに恵子は勘違いしてしまう。
『ああ、雑炊づくりで競おう』というわけね? ちょっとした余興でどちらが美味しく作れるかを競おうというわけね? と。
「ええ、分かったわ。それなら、二人で対決と行こうじゃないの」
「……けい先輩」
あれ? もしかして作ることを譲ってくれないって事は、気があるの? いやただ単に料理勝負を吹っ掛けられてるだけでは? という葛藤を抱く。
「さあ、勝負よ」
「え、あ、そうだね」
楓はもやっとした気分で胃に優しい料理勝負に立ち向かうのだ。
台所に立った恵子。
すぐに問題に気が付く。
「競おうにもコンロの場所が厳しいわね……」
部屋に備え付けられているコンロは二つ。
しかし、横に並んでいるのではなく上下に並んでいる。
二つ横に並んでいるのなら二人で一気に調理は窮屈とはいえど可能と言えば、可能だ。
「じゃあ、私は間宮君の部屋のコンロを借りようかな」
「……」
恵子は無言で楓を見つめる。
「ど、どうしたの?」
「いえね。男の子のお部屋にさも当然に出入りしているような発言でちょっとびっくりしたのよ。さすがにお隣と言えど出入りするのは……」
そう、世間一般的に女子高生は男の子の部屋に出入りしない。
恋人でも無ければ。
「そ、そう? お隣さんだと何かと都合が良いし出入りするんじゃない?」
「……そう言うものなのかしら? まあ、程々にね。相手は男の子、勘違いされても文句は言えないわ」
「あはは、大丈夫。間宮君に限ってそんなことは無いと思うよ」
「それなら良いわ。そもそも、二人はそこまでの仲なのにも関わらず、別にそう言う関係ではないのよね?」
そう言う関係とは部屋に出入りするような恋人。
ストレートに聞きすぎるのも良くないと思っての恵子の濁した発言。
「そうだよ……」
どこか遠い目で呟いた楓。
それもそのはず、あそこまでの関係を気付いて別に恋人でもないとか常識的ではないのだから。
「ふふ、そう」
あからさまな恋の拗れに微笑みを向ける恵子。
別に恵子は哲郎の応援演説をしたことにより、仲を噂され気にはしているものの、あくまで気にしているだけ。
別に恋心を抱いてしまったわけでは無い。
ゆえに二人の仲が思うように進んで居なさそうな様子を見て微笑んだ。
「けい先輩は間宮君の事をどう思ってるの?」
単刀直入に聞きたいことを聞く楓。
それほどまでに恋焦がれ、譲りたくないのだ。
「別にどう思っても無いわよ? ただの後輩ね。大丈夫、やまのんの考えているような事は無いと約束するわ」
そう、別に恵子は哲郎の事が気にはなっているが恋焦がれてはいないのだ。
とはいえだ。
お節介焼きでおかゆを作ってあげるとか哲郎に言うあたりが匂う。
楓は恵子の発言を半信半疑で受け止めることしかできないのだ。
「そっか。んじゃ、けい先輩は私の部屋のコンロを自由に使って良いよ。あ、食材もね。私は間宮君の部屋で料理するから。持って来る時、鍵を置いとくから締めておいてね」
「望むことろよ。雑炊と言えど、作る人によって味が変わるもの。どれだけ、やまのんが料理の腕を上げたのか見ものね」
その言葉を聞いた楓はお隣の部屋へ。
「間宮君。けい先輩と雑炊づくりで勝負することになったからキッチン借りるね?」
「え、あ、はい」
どこか対抗心を燃やす楓に違和感を覚えながらも快くキッチンを貸す哲郎。
そんな彼は楓の応対を済ました後、お腹の痛みは引いたがちょっと熱っぽくてけだるさを感じておりベッドで横になる。
哲郎が横になってから30分くらい経った頃だ。
インターホンが鳴る。
哲郎の代わりに楓が応対。
もちろん、鳴らした人物は恵子。
「出来たわ」
「私もだよ。ささ、上がって? 」
「男の子の部屋にあがるのは初めてね」
少し気が引けた様子で敷居を跨ぐ恵子。
「間宮君。という訳で、味見をよろしく」
横になっていたと言えど、眠くなかったので携帯を弄っている哲郎の体を起こさせた楓。
夕食までは時間があるので、あくまで味見して貰うだけで全部を食べさせるわけでは無い。
「分かりました。じゃあ山野さんの方から」
スプーンで雑炊を掬って口に含む。
優しさを感じさせるご飯によって少しとろみがかった鶏ガラ出汁の味が彼の口に広がる。
「美味しいです。凄く優しい感じがして」
シンプルで美味しい味。
それが彼から告げられた山野楓作、雑炊の評価だ。
「でしょ? でも、おかゆと違って味気なくは無いし食べやすいよね?」
「そうですね。素朴ではありますけど、しっかりと味がしますし食欲がわきます」
その返答にうんうんと唸り満足そうにする楓。
「次は私ね」
楓の部屋で作った雑炊が詰まったタッパーを哲郎に渡す恵子。
「いただきます」
恵子が作った雑炊を口にした彼は大きな違いを感じた。
先ほど食べた山野楓作、雑炊よりもサラッとしている。味は少し薄めな感じがするも大差はない。
そして、評価は……
「こっちの方が個人的に好きですね。さらさらした感じが美味しいです」
「ちょっと食べて良い?」
さらさらとした感じと言われ、気になった楓は少しだけ恵子が作った雑炊を口に含む。
「ほんとだ。さらさらしてる」
「やまのんはご飯は洗ったの?」
「え、雑炊のご飯って洗うの?」
「別に洗わなくても良いわ。でも、洗うとご飯のぬめりが取れてさらっとした味わいになるの。哲郎君がおかゆと雑炊の話をした時におかゆのちょっとドロッとした感じよりもサラッとした方が好きと言ってたのを思い出したの。それで、きちんとご飯を洗ってみただけよ。普段、家で作るときはざるで洗うのが面倒だからしないのだけれどもね」
「そうだったんだ……。って、私が知らないことを知ってるんだね」
哲郎と近くに居るだけあって、人から哲郎の知らない部分をひけらかされた気がしてならない楓。
「さてと、味見もして貰った事だし退散しましょ? どう見ても、哲郎君の具合が悪そうだもの」
「そうだね。顔色は良くなってきてはいるけど、今度は赤くなって熱っぽさそうだし私たちが居座るのはお邪魔だし」
と言った感じで作った雑炊を部屋に置いて二人は部屋を出て行くのであった。
「うむ。こんなの友達に知られたら俺は殺されるな」
ふと今起きたことが男友達に知れ渡れば、妬まれるだろうと思いながら彼はけだるい体を休ませる。
で、ほどなくして山野楓と間宮哲郎が住むアパートから家へと帰ってきた恵子。
たまたま、部活動が早くに終わったみっちゃんこと、恵美は哲郎を慰めて来いと焚きつけたこともあり気になって恵子に問う。
「んで、んで、哲君とはどうだった? 随分と帰りが遅かったじゃん」
「そうね……」
哲郎と楓がお隣だと知った。
それを恵美に伝えればうるさいのは間違いない事を知っている。
「別に何も無かったわ」
そう言い残して恵子は自分の部屋へと戻るのであった。
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