第39話みっちゃんは舞台装置

 山野さんとお出かけをして、別れた後の事だ。

 なんだかんだで、お金を使ってしまった事に気が付く。

 体育祭や文化祭の打ち上げに参加するためにも節約をしなければならない。

 一応、欲しいゲームを買うために貯め始めた貯金を崩せば何とかなるのだが、せっかく貯め始めたのに崩したくはない。

 それなりにお腹が減ったので、冷蔵庫の中を見ながら今日の夕食をどうするべきか悩む。


「あー、これは……」

 節約、節約、とか言っておきながら冷蔵庫の中を覗いていたら消費期限切れの特売で買っておいたラーメンの生麺を見つけてしまう。


「4日ぐらいなら大丈夫では?」

 たったの4日だけ過ぎた消費期限。

 節約だとか言っておきながら、食材を無駄にするのは許されざる行為。

 したがって、多少の期限切れが何だ。それに消費期限は美味しく食べられる目安であるから、期限が過ぎたとしても大丈夫だと聞いた覚えがある。

 そんな軽い気持ちで、消費期限切れのラーメンの生麺を茹でて夕食とした。



 ……3時間後。


「やばい……」

 猛烈な腹痛が襲い掛かってきた。

 どうやら、消費期限切れの生麺は大丈夫では無かったらしい。

 ……こうして、俺は盛大にお腹を壊すのであった。



 次の日。

 痛むお腹を押さえながら学校へと向かう。

 ちょうど、玄関を出ると山野さんが出てきたので挨拶をすると、山野さんが俺の顔色が悪い事に気が付いたのか心配の声を投げかけてくれる。


「顔色が悪いけど、大丈夫?」


「あ、はい。ちょっと、昨日消費期限切れの生麺を茹でて食べたんですが、そのそれに当たったみたいでして……。昨日からお腹が痛くて」


「そ、そうなんだ。よ、良かった。食べないでおいて」


「何がですか?」


「いや、私も消費期限切れの食材があって、ちょっとは大丈夫かな? って思って普通に食べようと思った。けど、踏みとどまって勿体無いけど捨てた。ま、賞味期限切れなら食べちゃったかもだけどね」


「あれ? 賞味期限切れがある程度過ぎても食べられる方でしたっけ?」


「そうだよ。賞味期限切れが多少過ぎても大丈夫で、消費期限切れが過ぎたら不味い奴だね。まあ、消費期限切れでも多少は過ぎても平気なんだろうけど、今回は運悪く当たったのかも」

 ……当たってしまったものは仕方がない。

 そう思いながら、少し青ざめた顔で学校へと行くのであった。


 クラスの教室に辿り着くと、俺の後ろからひょっこりとみっちゃんが現れる。


「で、どうだった?」

 ……どうやら、昨日のお出掛けがどうなったのかを気にして聞きに来た様子。

 それもそうである。プールという場所を提案したのは紛れもなくみっちゃん。

 ましてや、忘れていたが小さい頃の顔なじみ。気になって当たり前だ。


「ん、ああ。別に」

 事細かに語るのは恥ずかしいのでぼかす。

 ……そんな俺を見てみっちゃんは言う。


「あ、うん。そっかあー」


「ん?」


「いやいや、その様子だと失敗したんでしょ? さすがにプールはあれだよね……。うん、自分でプールは? とか言っておいてあれなんだけど、ごめん」

 なんか謝られた。

 別に失敗したなんて口にして無いぞ?


「別にダメだったってわけじゃ……」


「ううん。分かってる。その顔を見れば分かるよ」

 ポンポンと肩を叩かれ慰められる。

 別に慰められる必要などないというのに。


「と言うか、なんで急に優し気になったんだ。みっちゃんよ」


「そりゃあ、内心では失敗しろとか色々と思ってたけど、いざ実際に失敗した様子を目の当たりにすれば申し訳ないに決まってるでしょ?」


「おい、お前。やっぱり、失敗しろとか思ってたのか?」

 アドバイスがやや的を外れているような気がしたのは気のせいでは無かった。

 さらっと、お邪魔されていたのだ。


「ま、ほら、生徒会選挙で負けた腹いせ?」


「……まあ。確かにあれはムカつくか」

 当確間違いなし、しかしどんでん返しで俺に生徒会副会長の座を奪われたのだ。

 腹いせに恋路を邪魔したくもなる。

 

「本当にごめんね。哲君の恋路を終わらせてさ」

 凄く申し訳なさそうだ。

 まあ、実際に恋路が終わって居ればムカついたかもしれないが別に恋路が終わったという訳でもないので別に怒りは無い。


「恋路は終わってないからな」


「分かってる。認めたくないんでしょ? その気持ち、分かるよ」

 

「本当に別に終わってなんか……」


「ううん。その青ざめた顔で言われてもね」 

 なる程、そう言えばお腹を壊したせいでだいぶ顔色が悪い。

 それがどうやら失恋によってもたらされたものだと勘違いしているんだな。

 

「ただの体調不良なんだが?」

 

「信じたくないのは分かってる。だから、しょうがないよ。新しい恋でもして元気になりなよ。という訳で、私が一肌脱いだげる!」


「いや、みっちゃんとはちょっと……」


「あ、別に私が慰めるんじゃないよ。私、哲君の事は普通に異性としてはちょっと……ってレベルに思ってるし。普通にないない」


「じゃあ、一肌脱ぐってのは?」


「失恋して寂しい哲君にはお姉ちゃんをプレゼント。実は最近、周りが受験を頑張る中、友達とギクシャクして一人ぼっちで寂しいのかずーっと負のオーラが漂っててうざい」

 季節は秋。

 けい先輩は指定校推薦を貰っており、受験の心配などほとんど無い。

 だが、周りはそうでは無い。普通にセンター試験に向けて勉強をしている人の方が多いのだ。

 受験の心配がない人と受験の心配がある人とでは温度差が全くを持って違うわけで、ギクシャクとするのは当たり前だ。


「と言うか、マジでけい先輩をあてがうのだけは辞めてくれ。別に恋路は終わってないから、逆に勘違いされかねない」

 けい先輩と良い仲に見えようものなら山野さんは距離を置いて行くに違いない。

 それは部屋に置いてあった姉さんのハンカチを見た時に嫌というほど、理解させられている。

 なので、断りを入れようと必死に言うも、


「大丈夫。現実から目を背けたいのは誰だって同じ。新しい恋が哲君の事を待ってる!」

 聞く耳を持たないみっちゃん。

 そんなみっちゃんはと言うと、携帯電話を取り出す。

 大体、みっちゃんは行動が早い。嫌な予感がするので、何をしているのか気になって携帯電話の画面を覗く。


「おい、辞めろ。その文をけい先輩に送るのは辞めろ」

 コミュニケーションアプリで、けい先輩に向かって『哲君がお姉ちゃんに気があるみたいだよ!』


「えー、良いじゃん。お姉ちゃんはそれなりに優良物件だと思うんだけど。顔は綺麗だし、頭もそれなりに良い。真面目で性格も文句なし。ただ、ちょっと胸は無いけど」


「確かにけい先輩は魅力的だぞ? でも、山野さんとの恋路はまだ普通に終わってなんかない。てか、あれだ。お前、まさか生徒会選挙の事を根に持ってて、恋路を邪魔しようとしてんだろ」


「……そうだね。きちんと謝らないとダメだった。山野先輩との恋路を邪魔してごめんなさい。許されるような事じゃないのは分かってる。だからこそ、哲君には別の良い人を見つけて欲しいんだよ。だから、協力させて?」

 邪魔しようという気概が微塵も感じられず、本当に俺への申し訳なさしか感じられない。いや、ほんと質が悪い。

 なんて思っていたら、指先を動かして先ほど入力していた『哲君がお姉ちゃんに気がある見たいだよ!』という文を送りやがった。


「みっちゃん。お前ってやつは……」


「大丈夫。きっと、お姉ちゃんとならうまく行くから」


「はあ……」

 どうなるのか分からない現状に大きなため息を吐くしかないのであった。


「さてと、哲君。ちょっと、私はおトイレに行ってくるね」

 みっちゃんはと言うと、悩む俺を残してトイレへと消えて行くのであった。








 廊下の片隅で携帯を弄るみっちゃんこと恵美。


「うーん。哲君には本当に申し訳ない事をしちゃったかな。はあ……逆恨みで他人の恋路を邪魔するもんじゃないね」

 逆恨みで他人の恋を邪魔してダメにしてしまったという自責の念を抱きながら、携帯を弄る恵美は嘆く。


「でも、あれだね。お姉ちゃん的には良かったのかも」

 みっちゃんこと恵美はとある事に気が付いていた。

 母親が再婚したことで義理の姉妹となったけい先輩こと恵子がちょっと間宮哲郎に気がある事を。

 生徒会選挙の時に間宮哲郎の応援演説を引き受けた。

 そのことが原因で『あまり接点がなさそうなのに、応援演説を引き受けるような間柄……。つまりは、あの二人は出来ている』という噂が少しだけ立った。

 哲郎は想いを寄せる人がいるので噂に惑わされ、恵子の事を別に意識しなかったが、恵子はそうでは無い。

 普通に哲郎の事を意識しまくりなのだ。

 

「ま、あれだね。哲君の恋は終わったのなら、お姉ちゃんの恋を応援しないのはあり得ないよね」

 ここに今、姉思いな妹が立ち上がる。

 ……別に人の恋をかき乱して愉悦に浸ろうなどというつもりは微塵もないというのに。



 

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