第26話夏休み最後の日は違う部屋で その2
山野さんにくすぐられた。
女の子の部屋という事で緊張していた俺の筋肉は、くすぐられることでさらに強張った結果。
「あ、足が……」
足にジンジンとした痛みが走る。
腱が切れたという訳でもなく、骨が折れたという訳でもない。
要するに攣ったのだ。
その様子を見た山野さんはちょっと申し訳なさそうに謝って来た。
「あ……。その、ごめんね。大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
とまあ、それから大体2分くらいで痛みは治まった。
のだが……、足を攣らせてしまった張本人である山野さんは申し訳なさそうに謝罪を述べて来る。
「本当にごめんね? 足は大丈夫?」
「ただ単に攣っただけなので大丈夫ですって。気にしないでくださいって。山野さんと俺の仲じゃないですか。この程度、どうってことないですから」
「それなら良いんだけど……。あ、一応、やり返しとく?」
言質を頂いたことだ。
せっかくなのでやり返そう。とくすぐりを仕掛けようとした。
しかし、同じことを二度するよりか、別の事をした方が面白くなるのではないだろうか?
「山野さん。くすぐるのばっかりじゃつまらないので別の事でも良いですか?」
「別に気にしないよ。今なら、ちょっぴりエッチな事でも許す!」
ちょっぴりエッチな事でも許す! と言われて赤面するほど初心ではない。
さすがに冗談な事くらい分かっている。
……、自分で何か別の事をと言った癖にいい案が思い浮かばない。
「ん? やり返さないの?」
「いえ、別の事をと言ったんですが、思い浮かばなくて……」
「そうなの? 後、1分で思いつかなかったらやり返す権利は無しだからね」
急かされる。
山野さんの部屋にある壁掛けの時計が一秒、一秒を刻んでいく。
早く、やり返すための内容を決めなくては……。
何かヒントは無いのか? と山野さんの部屋を見渡す。
そして、机の上に置いてある水ようかんとスプーンが目に入った。
急かされ、時間が無いという事もあり、咄嗟に俺はやり返す内容を決めて口にする。
「水ようかんを俺に食べさせるってのはどうですか?」
……俺は何を言ってるんだ?
まあ、食べさせる程度なら別に玄関先での生姜焼き、夏祭りでのリンゴ飴で経験済みだ。
別にどうってことない。
「それはつまり、私を召使いの様に扱って辱しめる的なことかな?」
「あ、はい。そんなとこですね」
「よし、そうとなれば水ようかんを食べさせて貰う事を所望している間宮君に食べさせてあげようではないか」
水ようかんの容器を手に取り、付いている蓋をぺりっと剥がす。
そして、中身をスプーンで掬いあげて俺の口元へと運んでくる。
「はい。あーん」
そう言われ、パクリと口に含む。
一緒に食事を食べることが多く、たまに互いの箸やらスプーンを使いまわして食べることが多いせいか、そこまで恥ずかしさは感じない。
……とはいえ、顔には全然でない程度だが、ちょっぴり恥ずかしい。
「ありがとうございました。ちょっと、偉い人になれた気がします」
「そう? じゃあ、はい」
俺はもう終わったつもりだと思っていた。
しかし、山野さんはスプーンで水ようかんを掬い、二口目を俺の口元へ運ぶ。
「いや、なんでですか?」
「一口じゃ味気なくない? という訳で、はい、あーん」
何度も何度も、口に運ばれてくる水ようかんを咀嚼する。
そうしていく内に、最初はちょっぴり恥ずかしいだけだったが、徐々に恥ずかしさが大きくなっていく。
「いや、その……さすがにちょっと恥ずかしくなってきました」
「え? なあに? 聞こえないよ? はい、あ~ん」
ニコニコとして途中でリタイアが許されるとでも? という顔で口元へと残りの水ようかんが運ばれるのであった。
そして、山野さんは食べさせ終わると満足そうに言う。
「間宮君の顔がちょっとづつ恥ずかしくなっていくのが可愛かった。自分から食べさせて? なんて言っておいても、さすがに全部食べさせて来るとは思ってなかったでしょ?」
「そうですね。気が付けば、仕返しをしていたはずなのに、さらにやられていた気分ですよ……。さすがに、何度も何度も、水ようかんを笑顔で口元へと運ばれたら気恥ずかしくなるに決まってるじゃないですか」
「まあまあ。そこら辺は私と間宮君の仲だし。あ、何なら私に食べさせて見る? ほら、間宮君にしたみたいに」
軽いノリで言われ、軽くそのノリに乗ることにした。
蓋を開けてスプーンで中身を掬い、山野さんの口元へ水ようかんを運ぶ。
「ど、どうぞ」
「あ、うん」
パクリとスプーンを咥えて、水ようかんを食べる。
その姿は普通そのもの。
威風堂々としており、何ら恥ずかしさを感じさせない。
「次は?」
ノーダメージな様子で次を催促される。
そんな山野さんに恥ずかしさを味合わせるためにも、再びスプーンで水ようかんを掬って口元へ運んだ時だ。
つるりとスプーンから水ようかんが零れ落ちる。
そして、部屋着として着ているTシャツのヨレてしまっている首周りから水ようかんが滑り込む。
「ひゃ!」
ちょっぴりと冷たい水ようかんが肌に触れて、あられもない声が漏れた。
声と同時に体に走った冷たさにびくっと驚いてもいる。
「すみません」
「間宮君が変なとこに水ようかんを落とすから変な声が出ちゃったじゃん……」
服の中に入ってしまった水ようかんを取り出して、汚れた場所を拭きながら、変な声を出してしまったのを恥ずかしがっている。
ちょっぴりと赤くなった顔色。
うっすらと怒っているかのような表情。
「それにしても、変な声でしたね」
普段は見れない表情なこともあり、気が付けば煽っていた。
「傷口を抉りに来たね……。そこは触れないのが男の子じゃないの?」
「山野さんにやられっぱなしだったので、つい」
そう言いながら、再び口元へ水ようかんを運んだ。
少し、躊躇った様子を見せてまだ続けるの? という顔で見てきた。
「食べないんですか?」
「……」
無言でパクリと口に含む。
しかし、その姿は先ほどとは違う。
顔色は真っ赤。
威風堂々とした毅然とした態度は失われ、恥ずかしそうに咀嚼している。
それもそのはず、変な声を上げてしまったあとでは仕方がない事だ。
「間宮君の鬼畜……」
そんな山野さんに対して、もう一度スプーンで口元へと水ようかんを運んだ。
そして、食べさせ終わった後。
水ようかんのべたつきが気になるのか、山野さんはシャワーを浴びに行く。
「間宮君。覗いても良いけど、責任は取って貰うから」
取らされる責任は恐ろしい何かなのは違いないだろうし、覗くつもりは無い。
「……」
が、気になる。
あの山野さんがシャワーを浴びている。
悶々とした気持ちを持たない男は居ないわけで、その気持ちを静めようと興味本位で山野さんの部屋をじっくりと眺め始める。
「山野さんの部屋にお邪魔してるんだな」
つくづく不思議な関係だと思った。
互いの部屋を行き来している男女。
この時点で色恋を疑わないという人は居ないはずだ。
でも、俺と山野さんは驚くぐらいに友達みたいにはしゃいだりしている。
男と女の友情はあり得ないのが世間一般的な常識。
しかし、それがあり得てしまっている。
それが俺と山野さんの今の状態だ。
「……友達かあ」
今のままでも十分に楽しい。
けれども、どこかそれでは満足できない俺が居る。
そんなことを考えていると、シャワーを浴びてさっぱりした山野さんが戻ってきた。
「間宮君に汚されちゃったけど綺麗にして来たよ。せっかく、お風呂場の鍵はあけっぱにしてたのに、覗かなかったなんて勿体ないったらありゃしないよ?」
からかわれただけ。
覗かなかったなんて勿体ないとは言っているが、相手は俺が覗かないことを信じているだけだ。
人畜無害なただの友達だと思われている。
一歩を踏み出せ。
友達で終わりたくないなら、人畜無害なふりは辞めて相手に男だと意識して貰えるように変われ。
「まあ、覗かなかったですけど、部屋は色々と見ましたけどね」
「へ?」
「ちょっと山野さんの部屋が気になって色々と散策しました。何を見たかを言えば怒られるかもしれないで言いませんけど」
ま、冗談ですよ。と言って多少なりとも人畜無害ではない女の子に興味がある男だと思って貰いたかったのだが、山野さんは無慈悲にもこう告げる。
「まあ、良いよ。間宮君ならね」
どんだけ、信頼されてるんだよ俺……。
信頼されているのは嬉しいのだが、人畜無害で何もしてこないただの友達。
そう思われていると本当に複雑な気分だ。
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