第27話夏休み最後の日は違う部屋で その3
「……」
「……」
決して嫌ではない静寂が空間を支配していた。
山野さんの部屋で過ごすことに慣れ始めた結果、俺と山野さんは互いにそれぞれ自分のしたい事で時間を潰している。
だがしかし、せっかく山野さんの部屋にお邪魔したわけで……何か普段とは違った刺激的な体験がしたくてうずく。
「あの、夏休み最後の日ですし何かしませんか?」
「そうだね。確かに夏休み最後の日だし何か特別なことでもしたいね」
「そうですね……。お金が掛からなくて楽しい事と言えば……」
言い出しっぺな俺は頭を悩ませる。
お金に余裕があるのなら、外に遊びに行こうと言えた。
しかし、残念なことに姉さんから貰ったお小遣いがあった俺はともかく山野さんの懐はお察しだ。
外に遊びに行こうと誘うのを憚られるのは違いない。
となると、出来る事は自ずと限られる。と言うよりも、お金が掛からない事しか出来ないと言うのが正確だ。
「運動はどう?」
先にアイデアをくれたのは山野さんだった。
「だいぶ外の暑さも和らいで来てますから割とありですね。でも、明日から学校と考えると疲れることはちょっと……」
「確かにね。暑さも和らいだとはいえ、まだまだ暑いし。疲れるのは間違いなし。と言うか、運動と言ってもバトミントンのラケットとか二人で楽しめる道具がなかったよ」
道具がない。
せめて、バトミントンのラケットとか二人で遊べる道具が欲しい。
無ければ二人で鬼ごっこ? いやいや、それはさすがに……。
「言い出したのは俺なのに何も思いつかなくてすみません」
「ううん。全然気にしてないよ。で、何しよっか」
夏休み最後の日。
何か特別なことやあまりしないような事をしたいと言った俺達はどうするべきかスマホとかを弄る片手間に考えた。
あっという間に時間は過ぎ去り、気が付けば昼。
「そろそろお昼時だね。何か食べよっか」
台所に行き冷蔵庫やら棚やらを見て何を作るか決めている。
ちらっと後ろから冷蔵庫を見たが、ほとんど空っぽだ。
「間宮君。お中元で貰ったそうめんがあるからそうめんで良い?」
「良いですよ。薬味はありますか?」
聞き返すと冷蔵庫の中を覗き込んでから山野さんは言う。
「んー、無いね」
「じゃあ、部屋から小葱とか色々と取ってきます」
「ありがとね」
山野さんはそうめんを。
俺は薬味を。
そして、二人でそうめんを味わうために調理を始めた。
お湯を沸かしている間に小葱やら大葉やらの薬味を切り刻む。
お湯が沸いたらそうめんを1分ほど茹でて、ざるに上げて水で洗う。
氷でそうめんを冷やせば、もう準備はほとんど終わり。
お椀にめんつゆを注いでそれにそうめんを付ければ食べられる状態だ。
「出来た。食べよ?」
「はい。そうですね」
二人してそうめんをすする。
「後でそうめん分のお金を……」
「そう言うのは無しだよ? 多少アンフェアで良いって言ったのは間宮君でしょ?」
「それもそうですね。すみませんでした」
……。
…………。
「なんか、あれですね」
「うん、あれだね」
謀らずして二人の声は揃う。
「平和すぎる」
夏休み最後の日、何か特別なことをとか言っておいた手前、これだ。
別にこの状況が嫌いという訳では無いのだが、ちょっとした焦りを感じる。
本当にこのまま夏休み最後の日を過ごして良いのかと思いながら、取り敢えず夏休み最後の日っぽい会話でもと話題を振った。
「そう言えば、山野さんは夏休みどこに行ったんですか?」
「私? 前半は色んなとこに行ったよ。夏祭り、花火大会、後は大きなレジャープール。後は何回か友達とショッピング。ま、これだけ遊べばお金が無くなるよね……」
「ですね。俺も友達と遊びに行ってお金が無くなったので後半から全然遊びに行こうって話は出ませんでした」
「うん、私もそんな感じ。最後に友達と行ったのはレジャープール。私は水着を新調しなかったけど友達はした。で、友達はそんな感じでドンドンお金を使ったせいで見事に金欠気味になったから、遊びに行けなくなった感じ」
水着……。
山野さんは一体どんな水着を着ていたのだろうか?
ちょっとした疑問で悩んでいると、
「あ、間宮君。私の水着姿を想像してる? この、むっつりさんめ」
と言われた。
人畜無害な俺であったのなら、『想像してません』と否定していたかもしれない。
しかし、男として見て貰えるようにと常々思い始めている今、そんな人畜無害なふりはしてられない。
ちょっとでも気があると意識して貰いたい俺は声が震えないように堂々と言い放つ。
「想像してましたね。一体、山野さんはどんな水着を着てるのかと」
「……」
少し呆気に取られている山野さん。
良くない返答の仕方だったのか? と冷や汗が一気に穴という穴から滲み出す。
「あ、その。何か不味い事を言いましたか?」
「ううん。全然言ってないよ。ただ、間宮君にしては珍しいなあって。うん、やっぱり男の子で興味があるんだって。いやー、だってほら枯れてるんじゃ……とい疑いがあったから」
呆気に取られていたのも束の間、平静さを取り戻した。
「よし、あれだね。見せてあげる」
「え?」
「だって、想像してたんでしょ? 答え合わせしなきゃ。あ、取り敢えずご飯が食べ終わってからだよ」
……ご飯が食べ終わったら水着を着て見せてくれるだと?
嬉しいが、軽い気持ちで見せてくれる理由が友達としてやましい気持ちは持たないだろうしというあれならショックだが、見せてくれると言うのは正直に言うとドキドキが止まらない。
「あ、はい。そうですね。じゃあ、早く食べましょう」
とか言ったくせに、水着姿の山野さんが気になる俺の箸は物凄く遅くなるのであった。
そして、無事に昼食を摂り終わった。
食器も片付けて、そわそわとはやる気持ちで待ち構えている。
「あ、女の子にはちょっと準備と言うものがあるから待っててね?」
と言って棚から水着を取り出した後、お風呂場へと去って行った。
「ほ、本当に見せてくれるんだな」
どくどくと体中を勢いよく流れる血。
明らかに興奮し滾っている。
数分が経った頃だ。
足音が響き、お風呂場から山野さんが戻ってくるのが分かる。
一歩、また一歩と足音が大きくなって行き、とうとう目の前に山野さんが姿を現した。
「どう?」
おとなしめの水色。
上は首で結ぶ、いわゆるホルターネック。
下は今までに見たことが無いくらい太ももがはっきりと見えている。
「凄く似合ってます」
「そっか。それなら良かった。ほら、もっと近くで見て良いよ?」
山野さんは見ても良いと言って近づいて来た。
やばいなあ。
ほんと、やばいなあ。
語彙力が崩壊するくらいなヤバさだ。
そして、近づいて来た山野さんは俺の目の前で後ろを向いた。
水色のボトムは綺麗な形をしたお尻を強調。
胸を覆い隠すためのトップはいつも以上に背中が開いている構造で刺激的。
「スタイルが良いですね」
気が付けば、水着では無くて山野さん自身を褒めていた。
「間宮君が褒めてくれるなら、ちゃんと体に関しては気にしてる甲斐があったよ。 もっと見る?」
……下心があると思われても良い。
むしろ、下心があると気付いて欲しいからこそ言う。
「もう少しだけお願いします。同年代の水着姿なんてそうそう見れたものじゃないので」
「良いよ。間宮君にならいくらでも見せてあげる」
これまた、友達だからこそいくらでもと言ったニュアンスが強そうな返答。
……辛い。
これって、つまりは俺はどうせ何もしてこないし見せても安心だと思われてるだけだと思うとな……。
そう思いながらも山野さんの水着姿をしっかりと目に焼き付ける。
まじまじと見過ぎではと思い、目を逸らそうとした時だ。
「間宮君。せっかくだし、ポーズでも取ってあげよっか?」
以前の人畜無害なふりをしている俺なら、「いえ、大丈夫ですよ?」なんてほざいていたかもしれないが下心があると気付いてほしい。
「……じゃあ、お願いします」
山野さんはグラビアアイドルであるまいし、自分でポーズをとるとかナルシストみたいで甚だしいといった感じで、少し恥ずかしそうになりながらポーズを取る。
やや、前かがみ。
片方の手は膝。もう片方は腰。
グラビアっぽさそうな感じでポーズを取ろうとするも、いまいちポーズは決まっていない。
「ポーズを取るって言ったのに全然出来ないや。という訳で、間宮君。この体勢からどんな感じで動かせば良いと思う?」
「えっと、右腕をもうちょっと手前にすれば……」
ぎこちないポーズを正すべく指示をするも、いまいち伝わっていない様子。
「んー、良く分からないから私の体を動かして良いから教えて?」
「……セクハラって言いませんか?」
「言わない。言わない。お好きに動かしちゃって良いから」
俺の手はポーズを取っている彼女に伸びる。
触れる肌と肌。
近づく、体と体。
水着姿で露出が多いせいで、ドキドキが止まらない。
「っと、こんな感じですかね」
思いっきり、触りたい気持ちを抑え、山野さんの体を動かしてそれなりのポーズを取らせられた。
よく耐えたな……俺。
一方、ポーズを取らせられた山野さんは言うとちょっとだんまりしている。
「……」
「どうしたんですか?」
「ううん、何でもないよ。いやあ、あれだね。女の子の体に触れられるって言うのに随分と紳士的なんだねっって思ってただけ。せっかく、ちょっとくらいあれなとこに触れても許してあげたのに。なーんてね?」
確かに多少は触っても許してくれそうだ。
でも、気が付けばこう言っていた。
「いくら親しくてもさすがに軽はずみな気持ちでセクハラ出来ませんよ。だって、俺は山野さんの事が普通に好きですし」
好きという言葉は恋人に限らず、親しい人へも良く使う便利な言葉。
親しい人と仲が悪く成りたくないと言う気持ちを込めて、好きと言っていた。
「あはは、うん。私も間宮君の事が好きだよ」
同じく、親しい人に向けるかのように好きだと言われる。
……俺が求めてる好きじゃないが、好きと言われて嬉しいのには変わらない。
しかし、ちょっと複雑な気分だ。
「そろそろ、冷えてきたから着替えて良い? 間宮君がもう少し見たいなら見せてあげても良いけど」
「冷えてきたなら服を着て下さい。もう、十分すぎるくらいに堪能しましたし」
突拍子もない、水着姿を見せつけるという行為を終えた。
……何事もなかったかのように。
「いや、うん。俺は何をしてたんだ?」
水着姿の山野さんがこの場から消えたことで、若干の冷静さを取り戻す。
一つ年上の女の子の水着姿をまじまじと見つめるという普通ではありえないシチュエーションっておかしくないか?
「さすがに仲が良いとはいえ、あそこまでしてくれるか?」
彼女の行動の大胆さに疑問を抱く。
その大胆さは『友達』としての大胆さなのか、果たして別のなにかがもたらす大胆さなら嬉しい。
「失敗したらもう終わりなんだぞ?」
関係の崩壊を恐れて手を伸ばし切れない。
今回の一連の流れは手を伸ばしても平気な関係性の象徴かも知れない。
「徐々にだ。徐々に攻めて行こう」
どうも男として見られている気がしない。
自分のあまりの人畜無害な感じが、関係を『友達』たらしめる要因。
ちょっとした下心を表に出して、もう少し山野さんに意識して貰ってからの方が成功するに決まっている。
「さてと、戻ってきたら山野さんに言わないとな」
水着姿を見られるのは今だけで、このままの関係ではそのうち距離は離れてしまい、水着姿を見られなくなる。
それだけは避けたいと、俺はより一層と彼女へと近づいていく。
その決心を終えた時だ。着替えを終えて戻ってきた。
「ふー、ただいま」
「あ、おかえりなさい」
ゆっくりとベッドに彼女が腰掛けた後。
口を開き、より近づくための言葉を投げかける。
それと同じく、山野さんも口を開いた。
「生徒会役員に立候補します」
「生徒会役員に立候補してみない?」
こうして、俺は新しい関係に向けて一歩を踏み出したのだ。
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