第25話夏休み最後の日は違う部屋で その1
夏休みも残りわずかと言うか今日を含めなければ明日だけ。
気が付けば、夜になれば外の暑さも随分と和ぐようになってきた。
そして、山野さんは実家へと帰っており、寂しい時間を過ごす日々だったが、それも少しの辛抱だ。
「明日か……」
山野さんは明日帰って来る。
そんな彼女に伝えなくてはいけないことが一つ。
夏休みも終わり、暑さも和らいで来たし涼みに来る日は減るだろう。
そして、2学期になれば学校が始まり一緒に居られる時間はさらに少なくなる。
……だからこそ、同じことをすることで一緒に過ごす時間を増やしたいと俺はとある事を伝えなくてはいけない。
彼女と一緒に過ごすために。
「なんだろう。別に変なことじゃないというのに緊張してきた」
緊張を胸に次の日を待ち構えるのであった。
そして、迎えた次の日。
「ただいまだよ。間宮君」
インターホンから音が聞こえたので、玄関に出た。
そこには何食わぬ顔で帰って来たことを知らせに山野さんがいた。
実家で暇だよ~と何度か電話を掛けて来られたという事もあり、別に話すのは久々ではないが、生の声は久しぶりだ。
「お帰りなさい。山野さん」
そう言うと同時だ。
両腕をそれなりに広げて、ハグを待ち構える体制になる山野さん。
「……えっと。俺はどうすれば?」
「間宮君。そこはハグしに来ないと。こんな感じでさ」
対応に悩んで、黙りこくってしまっていると、山野さんからハグされる。
……体と体がぶつかる
背中に回された手は締め上げられ、より一層と胴と胴がぶつかり合う。
全体的に柔らかくて良い匂いがする山野さんのぬくもりに包まれた。
「いやー、再会は欧米人風にと思って手を広げたのにハグしてくれないのはノリが悪いんじゃないかな?」
そう言われながら離れる。
ボディタッチ多めでの再会は一気に山野さんへの熱を膨れ上がらせ、鼓動がどくどくと高鳴る。
少しの間、会っていなかったという事も相まって、体の底からドキドキが止まらない。
「じゃ、じゃあ。やり直しますか?」
もう少し触れていたかった。
そう言うと、山野さんはバッと手を広げてくれた。
しかし、お前がもう一度と言ったのだから、今度はそっちからして来いという感じだ。
ハグをしに近づき、今度は俺の方からギュッと山野さんを抱きしめる。
で、ほんの数秒抱き着いてから、冷静を装う。
「これで満足ですか?」
「大満足だよ。二回も抱き付けるなんて思っても無かったからね」
と言った感じで再会した俺達。
……昨日から言おうと思っていたことを言おうとするも、ちょっとした気恥ずかしさから声が出ないでいると、山野さんから世間話が振られた。
「いやー、ほんと退屈だったよ。金欠で食事に困ったことになりかけた私の罰だし、実家に拘束されるのは仕方無いんだけどね。それでも、辛かった……。つくづく、田舎はいまいちだよ」
うんうんと唸りながら、田舎の不便さを噛みしめているらしい。
その点に関しては俺の実家もそこそこな田舎である事も相まって、納得だ。
「あれ? 山野さん。日焼けしてませんか?」
よく見るときめ細やかな白かった肌が、ちょっと褐色に変わっている。
少しだけ焼けているので違和感はないどころか、ちょっと活発そうに感じ取れ、これまた良い山野さんだ。
「結構、日差しが強くてね……。庭のお掃除をしてたらこうなった。日焼け止めを塗り忘れてちょっと焼けちゃったんだよ」
素肌を手で擦りながら言われた。
「大丈夫ですか?」
「肌が弱いってわけじゃ無いから別に平気。じゃあ、挨拶はこのくらいにして置いて私はお部屋に戻るね」
「ちょっと待ってください」
「ん? 何かな?」
去ろうとする山野さんを引き留めた。
そして、俺は言いたかったことを言おうとしたが、少し気恥ずかしくなって言うのをやめた。
「えっと、やっぱり大丈夫です」
「そう? じゃあ、本当に今度こそ部屋に戻るね。あ、明日も間宮君ちにお邪魔しても良い?」
「もちろんです」
次の日。
宣言通りに山野さんはやって来た。
暑さも和らいで来たこともあり、冷房はまだついていない。
「ふむふむ」
俺の部屋にお邪魔するや、色々と部屋を見渡している。
「どうしたんですか?」
「ちょっとばかりの浮気チェック的なあれだよ。ほら、間宮君が私がいない間に女の子を連れ込んでるかもしれないし」
「連れ込んでませんから。まあ、気になるなら好きなだけ調べて良いですよ。別に見られて困るような物なんて無いですし」
棚に仕舞っておいた友達から押し付けられた例の物も処分済み。
本当に見られて困るものは部屋に置いていない。
「だろうね。本当は間宮君は女の子を連れ込んで無いのは分かるんだよ。でも、手が勝手に……」
冗談交じりに棚を開ける。
そして、中を漁らずにすぐに閉めた。
「はい、おしまいっと。それにしても、間宮君って綺麗好きだよね~。私の部屋より綺麗だし」
「そう言えば、山野さんの部屋って見た事がありませんね」
「見たい?」
「同年代の女子の部屋。気になると言えば、気になります」
その言葉を聞いて山野さんはちょっと考え込んでから、何かを決心したかのように口を開いた。
「良いよ。見せてあげる」
「え? 良いんですか?」
「いつも間宮君のお部屋にお邪魔になってるんだよ? さすがに私だけお部屋を見せないって言うのは駄目だからね。じゃあ、行こっか。まだ、冷房付けてないし、私の部屋で今日は過ごそっか」
と言われて気が付けばお隣の部屋の玄関をくぐっていた。
玄関のすぐ横にある台所は俺の部屋と何ら変わりはない。
そして、台所を過ぎて行った先にある、過ごすためのリビング兼寝室へ。
「ここが私の部屋。どう?」
カーテンの色が暖色系であるのと、置いてある棚や小物の色が女性を匂わせる色合いだ。
そして、ほんのりと香る石鹸のような匂いがここは俺の部屋じゃないと嫌でも実感させて来る。
「良い部屋で、良い匂いがします」
「良い部屋かは置いといて、匂いは誕生日に友達から貰ったアロマオイルを置いてあるからね。ささ、適当に腰掛けて良いよ? あ、それかベッドにドーンと倒れこんでも良いからね。ささ、くつろいで?」
「ベッドには倒れこみませんけど腰掛けますね」
クッションを敷き、その上に座る。
「ベッドに倒れこまないんだね。じゃあ、私が代わりにっと」
……すると、山野さんは自分の部屋という事もあり、ベッドへ寝転ぶ。
「自分の部屋ではそんな感じなんですか?」
「そうだよ。部屋ではベッドに寝転んで携帯とかを弄ってる」
足をパタパタとさせながら、携帯を弄り始めた。
その姿は普段は俺の部屋でまったりとしている姿と違う事もあり、とても可愛らしく見える。
Tシャツがめくれて少し見えている背中が魅力的だ。
「……」
まったりとくつろぐ山野さんに反して、俺はと言うとガチガチに緊張している。
女の子の部屋。
それだけで、体に緊張が走ってしまうのは仕方がない事だ。
「あ、間宮君。緊張してるでしょ」
唐突にこちらに振り向いてにやにやと見つめて来た。
そわそわとしている俺が珍しいのだろう。
「それなりに」
「男の子だもんね。そりゃあ、女の子の部屋。意識しちゃって当然だろうね。うんうん、私の扱いが本当に仲の良い友達みたいで女の子に扱われてないと思ってたけど、違うようで何よりだよ。あ、そう言えば実家で貰ったお中元の中から何個か美味しそうなのを貰って来たんだった」
ベッドから立ち上がり、ちょっと台所へ。
戻って来た山野さんの手には水ようかんとスプーンが二つずつ握られている。
「はい、間宮君の分だよ」
「貰って良いんですか?」
「もちろん。私が自分だけ食べて間宮君に食べさせないケチだと? そんな風に思う悪い子にはお仕置きが必要だね」
指をわしゃわしゃと動かしながら、近づいて来た。
あ、これ。くすぐられる奴だ。
くすぐられるのは息苦しい。
なので、少しの間だけ逃げたが、すぐに追い詰められた。
「間宮君。覚悟は良いかな? ほら、ガチガチに緊張してるし、緊張をほぐさないとね?」
「お、お手柔らかにお願いします」
そして、山野さんの部屋に俺の笑い声が轟くのであった。
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