第22話損得勘定は抜きに。

「すいませんでした」

 洗濯ネットの中身を覗き山野さんのブラを見たことを謝罪すべく頭を下げる。


「まあ、良いよ。一緒に洗濯しよ? なんて提案したのは私。それに、間宮君にはパンツを何度も見られてるからね。たかが、ブラを見られたくらじゃ動じない……とまでは行かないけど、そこまで怒るような事じゃ無いし」

 声はいつも通り、顔はそうでないかと思いきや、頭を上げると顔色は普段通りで一安心。

 確かにパンツとかを見ている手前、たかがブラを見られた程度……なのか?


「そのどうしますか? 洗濯に関してはやっぱりやめますか?」


「んー。別に続けても良いんじゃない? 正直に言うと、着回しを考えると頻繁に洗濯機を回せるのは有難いし。ただ、勝手に人のパンツやブラを見ない事は前提だけど……まあ、別に見られても良いと言えば良いんだけど……」

 ちょっと感慨深そうにしながら言われる。

 見られても良いと言えば良いってそこまで行った関係なのに色恋が匂わないという事は本格的に意識されていないのか?


「その、本当に見られても良いんですか?」


「どうしても間宮君が見たいなら、見ても良いとだけ言っておくよ」

 この発言が意図するところは見られても良いが見たらどうなるかと、それ相応の覚悟はして置けという事だろう。

 見たら一体どうなるのか気になるが、辞めておくことにしよう。


「見ないから安心してください」

 見ないことで安心して貰おうと思い、少し声を張って伝えた。

 すると、山野さんはちょっとむすっとした感じで俺に言う。


「それはそれで私に魅力がないし興味がないと言われてる感じが……」


「山野さんは十分魅力的ですって。だからこそ、そんな人を困らせたくないので見ないだけです」


「そ、そう? それはそれで地味に嬉しいかも。さてと、洗濯に関してもう少し色々と決めよっか」

 そうして、話し合った結果。

 山野さんが洗濯に関しては面倒を見てくれる事になった。

 日ごろからお部屋にお邪魔になっている代わりにと言った感じである。

 そして、そんな話し合いをしていると洗濯が終わったようだ。

 残念なことに乾燥機能などついているわけもなく、洗濯物は外干し。

 真昼間だが、幸いなことに今の季節は夏で、外に干しても夕方までには乾く。

 山野さんは洗濯を終えた衣類を干すべく、洗濯機から取り出し、ハンガーやらを使って外に干し始める。


「……間宮君。パンツは自分で干す?」


「えっと、それは俺のですか。触りたくないなら、自分でやりますけど」


「ううん。間宮君が別に私に触られても良いなら私が干しちゃうから良いよ。それに触りたくないと思ってるなら、一緒に洗濯しよ? なんて言わないし」


「それもそうですね。というか、男の衣類と一緒に洗濯って山野さんはこう、なんと言えば……えーっと、忌避感? みたいなのは抱かないんですか?」


「そりゃ、抱くよ? でも、間宮君だし、良いかな~って。ほら、私と間宮君は仲良しでしょ? だったら、洗濯だって楽な方、楽な方へとした方が良いに決まってるからね」

 仲良しと言われると嬉しいが、その仲良しが『友達』に近いものだと思うとちょっと複雑な気がしてしまう。

 そんな中、山野さんは俺のパンツを干そうと手にしながら、俺に語り掛ける。


「洗濯されてるとはいえ、男の子のパンツなんて干すのはちょっと意外な気分だよ。まさか、自分がこう言う事をするなんて思ってなかったよ」

 心底意外そうな声で告げられる。

 ……確かに言われてみれば、山野さんはこんなことをするとは思ってもいなかっただろう。


「でしょうね。男のパンツを干す女子高生なんてそうそう居ませんから」

 

「かもね。あと、私の下着は間宮くんちのベランダに干さない方が良いかな? 一応、外からは見えないように干すけど」

 

「山野さんが干しても良いなら良いですけど」


「じゃあ、干しちゃうね。こっちに私の洗濯物を干すとなると、私の部屋のベランダだと下着だけを干すだけになって外から丸見えになっちゃうから。『あ、あの部屋に住んでいる人はあんな下着を穿いてるんだ。ぐへへ、きゃわいいなあ』って言う変な人に目を付けられちゃうし」

 いかにも変態っぽさそうな人を演じながら言われた。

 その言葉にちょっと笑いを誘われながら、咄嗟に口から出てしまう言葉。


「その時は俺が守るから安心してください」


「……うん。その時は任せたよ?」

 優しくて、ちょっと嬉し気な返事が返って来た。

 っく、本当に山野さんって可愛いよな……。

 

「任せて下さい。可愛いお隣さんを守るのは俺の務めですから」


「お世辞を言っても何も出ないよ? よし、終わりっと」

 ベランダに洗濯物を干し終えた山野さんが部屋へと戻って来る。

 びっしりとベランダに並ぶ洗濯物は圧巻だ。

 

「お疲れさまでした」


「このくらい何てこと無いよ。でも、ちょっとベランダに出ただけで汗びっしょっりかな。お茶、貰うね」

 冷蔵庫に常備されているお茶を取りに行く山野さん。

 水に放り込んでおくだけで出来るパックを使って作ったお茶をコップに注いで喉を鳴らして飲み干す。


「ぷはー。体に染みるね。さてと、今日のうちにしないといけないことは何かある?」


「そう言えば、今日は夕方のタイムセールで卵が安売りです。おひとり様、一つまでなので二人で行きましょう」


「そうだね。卵って本当に便利な食材だから、幾らあっても困らないし」

 そう言って山野さんは手持ちのお金が気になったのか財布の中身を確認した時だった。

 絶望に打ちひしがれた顔つきで俺に言う。


「間宮君……。お、お金を使い過ぎた。あと、5000円札があると思ってたのに、まさかのクーポンだったんだけど……」

 

「その、あといくらあるんですか?」


「1000円しかない。一応、パソコンのために貯め始めたお金もちょっぴりあるけど、何だかんだで手元に残しておきたいお金として手はつけるつもりは無い。まあ、あれだね。お米はあるし、何とかなるのは分かってても、ご飯が寂しくなるとかなり心に来るね……」

 心を落ち着けて冷静さを取り繕う。

 お米はあるので生きて行く分には困らないのは分かっている。

 しかし、心もとない所持金なせいか顔は曇っていた。


「ご愁傷さまです」


「あはは……うん」

 空元気で笑った後、低い声でうん。

 俺の財布は姉さんのお小遣いのおかげで元気。

 少しばかり援助してあげたい気がするも、山野さんの性格の手前、断られるに決まっている。

 なにせ、お米はあるし生きていけると言えば生きて行けるのだから。

 

「ま、仕送りまで頑張る。大丈夫、お米はあるから……」

 こうして、山野さんはギリギリな生活を余儀なくされるのだ……。


 そして、夕方。

 手元にある1000円で出来る限りの食材を買った山野さん。

 明らかに仕送りまで頑張れそうに無さそうだ。

 途中からはお米だけになりそうな予感しかしない量の食材たち。


「山野さん。ちょっとばかり、支援をさせて貰えませんか?」


「ううん。大丈夫だよ。お米はあるし」


「でも、野菜不足になりますよ?」


「それは……。多少は大丈夫だし。クーポンと5000円札を見間違えた私が悪いからね。自分で何とかしないと」

 本当に食うのに困って居れば、助けを求めて来た。

 しかし、殺さずに活かされている状態なせいであり意気地になっている山野さん。

 意気地な彼女の健康面が心配しながらスーパーの帰り道を歩くのだ。



 そして、何事もなかったかのように互いの部屋へと帰った俺と山野さん。

 夕食時になり、自分の夕食を作るべく台所に立つ。


「やっぱり、野菜だけでも……」

 今日、山野さんがスーパーで買ったものは安くておかずになりそうなものばかり、野菜はほとんどなく不健康になりそうなものだ。

 健康で居て欲しいという事もある俺は山野さんの分も夕食のサラダを作り、隣りの部屋のインターホンを鳴らす。

 ものの数十秒で山野さんは部屋から出て来た。


「ん? どうしたの?」


「やっぱり、野菜だけでもと思いまして」


「……あはは、うん。本当に間宮君って優しいよ。うん、ありがと。仕送りが来たら、この分のお金はきちんと返すね」

 協力関係だどうのなんて正直に言うと、もうどうでも良い。

 だからこそ、俺は言う。


「損得勘定を抜きに山野さんに何かしてあげたいと思うのってダメですか?」


「……ううん。嬉しい」

 唐突に言われた俺の言葉にどこか儚げな顔つきで嬉しいと言われた。

 まるで口説いているかのような気分で、恥ずかしくなった俺は、言葉を付け加えてしまう。


「あ、別に深い意味は無いですよ? じゃあ、これで」


「そ、そうなんだ。てっきり、口説かれてるかと思っちゃったよ。うん……えーっと、その、サラダをありがとう。間宮君……」

 そんな山野さんの言葉を聞くや否や、どうしようもなく逃げるように去るのであった。

 ……ったく、何してんだよ俺。









 




 

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