第23話強制送還

 サラダを山野さんへあげた次の日。

 いつも通りに山野さんは暑くなり始めた頃合いに部屋を訪れて来る。


「間宮君。今日も、お邪魔するね」


「あ、はい。どうぞ」


「……」

 じーっと、こちらを見て来る山野さん。

 明らかに圧を掛けられているのが、なぜかは簡単だ。

『損得勘定を抜きに山野さんに何かしてあげたいと思うのってダメですか?』

 と言った、どう見ても口説いているようにしか聞こえない発言をした後、

『あ、別に深い意味は無いですよ? じゃあ、これで』と逃げの発言をして場を去ったのだじーっと見つめられても仕方がない。


「ど、どうしたんですか?」


「ううん。何でもないよ。ただ、昨日の発言は明らかに口説かれてると思ったのに、『あ、別に深い意味は無いですよ?』なんて言われて驚いちゃったな~って思ってるだけだから」


「いえ、その、はい。なんか、勘違いさせるようなことをしてすみません」


「別に良いよ。勘違いした私が悪いんだし。ただ、昨日の発言の通りに損得勘定を抜きに優しくはしてくれるのは本当かな?」

 

「本当です。ほら、えーっと」

 適当な言葉を見つけようと頭を働かせる。 

 そして、出てきた言葉はいつも通りなあの言葉。


「山野さんは大事な友達ですから」


「……そっか」

 マイルドな苦虫を噛み潰したような顔。

 何か不味い事でも言ったのだろうか……と思っていたのも束の間の事だ。


「間宮君。じゃあ、これからは持ちつ持たれつなんて関係なく多少アンフェアでも良いって事だよね?」

 あからさますぎる笑顔でそう言われた。


「はい。そっちの方が自然じゃないですか? 今までの、持ちつ持たれつで協力するって言うのはこうなんと言うか、息苦しさを感じてましたし」


「なるほどね。じゃあ、私は正直に言うとお野菜不足で死にそうです。だから、ちょっとの間だけ、間宮君のお世話になろうと思います」


「それは良かったです」

 不健康そうな食生活に陥らずに済みそうで一安心だ。


「でもしかし、アンフェアで良いとはいえ、何かを返さないわけには行かない。それは、間宮君でも分かるよね?」


「もちろんです。ただ単に、強すぎる持ちつ持たれつは嫌だというだけですから」


「うんうん。という事で、間宮君にお野菜を貰う代わりに私が料理をさせて貰う事にしました。という訳で、これから昼、夜は私が作るね?」


「夜って、夜も作ってくれるんですか?」

 昼ごはんは一緒に食べているが、夜は別々に食べている。

 節約をするためにと言っても、行き過ぎた相手への依存は思いやりに欠けるので、夜ご飯は一緒にしていなかった。

 しかし、山野さんが夕ご飯を作ってくれるなら、一緒に食べるという選択肢を見過ごす訳が無い。


「間宮君からお野菜を分けてもらう間は少なからず、私が夜ご飯を作るのが相応しいと思わない? それにほら、今まで相手へ依存し過ぎで迷惑じゃないかな~って思ってて夜ご飯は別だったけど、今の仲なら別に良いでしょ?」


「良いんですか。山野さんの負担にはなりません?」


「ならないよ。2人分なら作る手間は変わらないし」

 良くある話だ。

 1人分と2人分の料理を作る手間はそこまで変わらない。

 というよりも、料理をする人なら分かるが、1人分くらいの量が増えようとも掛かる手間は気にならないと言うべきだ。


「じゃあ、お願いします」

 少しでも山野さんと一緒に居たい俺は申し出を断る理由なんてない訳で、すんなりと受け入れた。

 

「ふっ。間宮君。私の料理で間宮君の胃袋を掴んじゃうから気を付けたまえ」

 冗談めいた風に宣言される。

 胃袋を掴まれなくとも、もう色々と山野さんには掴まれているんだよな……。

 そう思いながら、少しはにかんでしまう。


「それはやれるもんなら、やってみろって宣戦布告かな?」


「そんなところです」

 適当に嘘を吐くのが面倒で山野さんの考えをそのまま受け流すのであった。


 

 そして、お昼時になれば、山野さんが台所に立つ。

 お昼は良く一緒に食べているので別段に変わったことではない。

 しかし、いつもと違うところもある。

 材料の負担はいつもなら半々だが、今日は山野さんの材料負担は半分以下だ。

 持ちつ持たれつ公平に協力しようとしていた手前、片方が不利を被らないように気を付けていた。

 だが、より親しくて仲良くなるために多少アンフェアでもという関係になったので別にどうってことは無い。

 ちょっとばかりか関係が進んだ証拠であり、嬉しく思う。

 

「あ、山野さん。手伝いますよ」


「材料のほとんどを間宮君に負担して貰っちゃってるし、私がやるよ。多少アンフェアでも良くても、このくらいはしないと」


「じゃあ、お願いしますね」


「任されたよ。じゃあ、ちょっと待っててね」

 それから数分後。

 簡単な昼食が出来上がり、それを二人で食した。


 昼食を終えて、ゆったりとした時間が過ぎて行く。

 外は赤く染まり、さらに時間は過ぎて黒く染まり外が静けさを持ち始める時間。

 いつもなら、大体この時間に山野さんは帰って行くのだが今日は違う。


「夕飯は何時が良い?」


「えーっと、山野さんに任せます」

 

「そんなこと言うと、夜遅くにして私はずっとここに居座っちゃうよ?」

 にやにやとそれでも良いのか? と言われてしまう。

 ……正直に言うと、ずっと居て欲しい。


「別に居座っても良いですよ」


「ま、冗談だよ。という訳で、作り始めるね」

 山野さんは再び台所へ。

 材料費の負担はしっかりと半々では無くて、俺の負担が多めなのは昼と同じ。

 

 そんな山野さんが作ってくれた夕食は卵一つだけで綺麗にケチャップライスを包んであるオムライスとオニオンスープとサラダ。

 こんだけ作っても、コンビニ弁当の半額ぐらいで作れてしまうのが自炊の魅力なのは言うまでもない。



「じゃあ、食べよっか。と言いたいとこですが、仕上げをしなくちゃね」


「仕上げ?」


「うん。なんて、書いて欲しい?」

 手にはケチャップ。

 要するに仕上げとは、オムライスに字を書いてくれることなのだろう。


「お任せします」


「一番困るよね。お任せって。まあ、いいや。じゃあ、書くよ」

 ケチャップを巧みに操り、オムライスと言うキャンパスに字を書き上げていく。

 その字とは!?


『あいしてる♡』

 なんとも鉄板な字であった。 

 しかし、そんな鉄板過ぎる字でも俺の鼓動は高鳴って仕方がない。

 

「……」


「ちょ、間宮君? 反応してよ!」


「あいしてる♡ なんてお熱い文を書いてもらったのでちょっと呆気に取られただけです。どうせ、オムライスに書くような鉄板な文で深い意味は無いというのに」


「ほほう。つまりは意識してると?」


「そりゃあ、多少は意識しますよ。可愛い女の子にこんなことをして貰って意識しない方がおかしいです」


「……やったね」

 ぼそりと山野さんは呟いた。

 一体、何を呟いたんだ? まさか、『うわ、冗談で書いたのに意識するとか、きもい……』とかじゃないだろうか?


「えっと、今、何か言いましたか?」


「ううん、なんにも言ってないよ。そうだ、間宮君。私のオムライスに書いて欲しいかな~って」


「下手でも文句は言わないでくださいよ?」

 そう言って、俺はちょっと気恥ずかしいが山野さんと同じ『あいしてる♡』と書こうとした。

 しかし、現実は非情だ。

 俺にそこまでの技量はなく、酷い有様に。


「その、すみません。山野さんが綺麗にケチャップで書けた奴と交換しますか?」


「私はこっちが良いよ。せっかく、間宮君に書いて貰ったんだからね」

 嘘偽りのない屈託のなさを感じる。

 そんな山野さんにどきりとしながら夕食を共にするのであった。


 夕食を共にすることがいい方向に転ぶことを信じて……。









 そして、次の日。


「間宮君。じゃあね」

 別れは唐突。

 アパートから去って行く山野さんを俺は見送った。


「気を付けて下さい」

 そう、山野さんはとある事情でアパートから去る事になったのだ。






 あっさりとした感じで山野さんを見送った俺は自分の部屋に戻る。

 

 それもそのはず、慌てる必要なんてなく、山野さんは別に去ってもすぐに戻って来るのだから。

 簡単に事の顛末を話すとこうだ。

 山野さんは金欠。

 食事が困ったことになったのが両親にバレた。

 俺との夕食の後、部屋に戻ると抜き打ちで山野さんのお母さんが部屋にやって来ていたらしい。

 そして、山野さんのお母さんはこういったのだ。

『生活に困るような子にはお仕置きが必要ですね。反省の意味を込めて、残りの夏休みは特に予定がないなら実家で過ごしなさい』


「まあ、こればかりはどうしようもないだろ」


 

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