第12話おっちょこちょいで誤解は加速する
思いのほか、時間と言うものは流れるのが早く気が付けば期末試験の日が訪れていた。
一人暮らしをさせて貰っているのだ。手を抜くわけには行かない。
夕方から夜にかけて、冷房代を節約するために山野さんは部屋にやってきていた。
山野さんは試験勉強をしており、それに感化された俺は前回よりもよく勉強できた気がする。
そして、あっという間に試験は終わり、結果が発表される日だ。
「試験結果を返します」
と担任から言われ、期末試験における総合順位が書かれている紙を受け取る。
答案用紙はすでに個別の授業で返却済みだ。今回、配られる試験結果と言うのは順位が書かれている総合的なもの。
結果は5位。
前回よりも5位ほど順位を上げている。
これは部屋で過ごしていた山野さんが勉強していたので、その姿を見て勉強をしなければと思わされたのが大きく影響していそうだ。
嬉しいのだが、俺は自分の順位なんかよりも知りたい事がある。
「今回も掲示板に順位が貼ってあります。他人の順位は知っておいて損はないはずだから、見て置くこと。それでは、今日のホームルームはここまでにします。テストの結果が悪かったものはしっかりと復習してください」
俺が知りたいのは山野さんの名前。
掲示板には名前が書かれているはずだ。
山野さんの下の名前を知らない俺はどうしても知りたい。
ちょうど、ホームルームも終わったので順位が張り出されている掲示板を見に行こうと立ち上がる。
「おい、哲。お前のおかげで補習は免れたぜ。あんがとな」
試験勉強を手伝った幸喜に話しかけられた。
「そうか」
「という訳で、何か奢るぜ?」
鬱陶しいと思ってしまう自分が居る。
早く、山野さんの名前を知りたくてうずうずが止まらない。
「適当に俺が喜びそうなもんで良いぞ。俺は順位が気になるから見に行ってくる」
「お、おう。お前って、順位が気になる程ハングリー精神旺盛だったか?」
普段と若干違う俺に屋や引き気味な幸喜に見送られて俺は順位が張り出されている掲示板へと向かった。
そして、二年生の順位が張り出されている場所へ。
1位 山野 楓
2位 山野 鈴
・
・
・
「!?」
まさかの伏兵に驚いてしまう。
成績上位者の中に山野さんが二人いるだと?
ど、どっちが俺の知っている山野さんなんだ?
楓(かえで)だったなら良いが……鈴だった場合は読み方が多すぎて分からない。
鈴(りん)、鈴(すず)、鈴(れい)と読み方が何通りかある。
一応、楓という字にも楓(ふう)という読み方があるが、違和感があるしきっと楓(かえで)だろう。
「っく」
どうすれば良いんだ? と思っていた時だ。
「間宮君だ」
「どうも、山野さん」
学校で始めて山野さんと出会った。
根本的に交わらない学校生活だが、俺が今いる場所を考えて欲しい。
二年生の順位が貼られている場所である。ここでなら、噛み合わない高校生活が噛み合ってもおかしくない。
「順位を見に来たって感じかな? でも、一年生のはあっちだよ。という事は、私の順位を見に?」
「まあ、気になったので」
順位よりも名前を見に来たんだけどな。
さてと、1位の山野さんか2位の山野さん。
どちらが目の前に居る山野さんなのかを確かめないといけない。
「それにしても、成績上位に山野さんって二人いたんですね」
「そうだよ。私ともう一人いるよ」
『私ともう一人○○って子だね』という答えを期待した。
しかし、答えてはくれない。
「……にしても、本当に凄いですよ」
「えー、間宮君が言うの? 間宮君だって5位だったじゃん。気になって、自分の学年のより先に見てきちゃったからね」
先に俺の順位を確認して来たとの事。
気にされていると言うのが、嬉しいとしか言いようがない。
「それはどうもです」
待て、今の言葉を良く思い出せ。
自分の学年のより先に見てきた? って言ってた。
つまりは1位なら上に誰も居ないし、誰に負けたのかを確認する必要はないのではないだろうか?
要するに山野さんは2位で1位が誰なのかを確認しに来た。
つまり、今目の前に立っている山野さんは2位だという事だ。
「ん? 急に固まってどうしたの?」
「何でもないですよ」
「いやー、実は先生から貰った順位の紙をまだ見て無いんだよね。こう、わくわくするために」
……推理は外れた。
山野さんはまだ順位を確認しておらず、この掲示板に貼られたので確認をしに来たらしい。
「なんか、さっきから変だよ?」
「え? な、何がですか?」
「色々と。そうだ。間宮君の口から順位を教えて? 実は間宮君に気を取られてまだ見てないし、ドキドキを楽しむために目を順位に向けてない」
……。
…………。
………………ヤバイ。
「……いや、その」
「ねえ、もしかしてだけど。私の下の名前知らない?」
「……はい」
隠し通せるわけが無い。
素直に自白した。
「そうだったんだ。間宮君。酷いよ? って言いたいとこだけど私も間宮君に下の名前を言ってなかったね。なんで、今まで聞いてこなかったの?」
「それは、その今更で失礼な気がしまして」
「えー、私がそんなことで怒ると思うとは心外だよ。と言うか、私の名前が知りたくて順位が張り出されているここに来たの?」
「……そんなとこです」
キモいと思われないか心配になりながら言う。
だって、他人の名前が知りたくて張り出されている順位を見に来たんだぞ?
「まったく、変に気にしすぎだよ? 名前が知りたいのに、今更という理由で聞かないとか乙女チックだね~」
「っく。でも、」
「ううん、女々しいでしょ」
やたらと俺を女々しいとか乙女チックとか言って来て、恥ずかしめてくる。
『おっちょこちょい』と煽ったのを根に持たれてるのか?
「もしかして、まだあのことを根に持ってますか?」
「全然。女々しい間宮君のいう事だもん。なんにも根に持つ必要なんて無いよ?」
全てを受け止めてくれそうな満面の笑みで言われた。
絶対に『おっちょこちょい』と言ったのを根に持っている。
「そ、そんなことより名前を教えて下さいよ」
「良いよ。女々しい、間宮君に教えてあげようではないか」
ちょっと威張る山野さん。
話していて思ったのは見た目は大人びているが、中身は女子高生そのものだという事だ。
そんな彼女から放たれた名前はこうだった。
「私の名前は楓。かえで、だよ? 覚えてくれた?」
「楓さんですね。覚えました」
「うん、よろしい。あ、私はもちろん間宮君が哲郎君なことは知ってるからね?」
ナチュラルに煽ってくる姿にムカつきなど覚えるはずもない。
ただ単純に俺に煽られたので、煽り返そうとする子供っぽさが可愛い。
「順位はまだ見て無いんですよね?」
「うん、見てないよ。目を向けないように逸らしてる」
「じゃあ、俺の口から言わせてください。1位でした」
その言葉を聞いた山野さんは驚きも喜んだりもしない姿。
順位を言われた後、逸らしていた視線を順位に向けて確認しているだけだ。
なんでだ? と思っていると山野さんが口を開いて説明してくれる。
「あ、驚かないんだって思ってる? 理由は簡単でなんとなく知ってたからだよ。実は全教科、学年で最高点取ってたからね。一応、見に来ただけ。誰が何位でとか気になるじゃん?」
1位と知っていた。
と言うか、さっきの推理はガバガバすぎるだろ。
1位だからという理由で、他人の順位が気にならないわけが無いだろうが。
「まあ、次抜かれるかもしれない相手の名前を知りたくもなりますよね」
「そうだよ。ハングリー精神を出して行かなきゃ。さてと、大体、誰が何位なのかも確認したし帰ろっと」
唐突に俺はとある事に気が付いてしまう。
「……」
無言でこっちを見ているニコニコとしたみっちゃん。
別に俺達をつけて来ていたわけでは無い。
そう、ここは掲示板の前という不特定多数の人が行き交う場所だ。
人がいない方が稀。
「やらかした」
そして、みっちゃん以外にもちらほらとクラスメイトがこちらを見ていた。
「あ、あはは。そうだね……」
山野 楓さんもバツの悪そうな顔をしている。
そう、数分間もの間、楽し気に山野さんと俺が会話する姿を周り曝け出していたのだ。
互いに迷惑にならないように変に勘繰られないようにと言っていたのにこの様。
考えれば分かることだった。『おっちょこちょい』なのはどうやら俺もらしい。
「お互い、色々と友達から言われるかもしれませんね」
「そうだね。当分はあの男の子は誰だ? って聞かれまくるよ……」
「状況を悪化させないためにもあのことは内緒で」
「うん、あのことがバレればもっと色々と聞かれちゃうだろうしね。静かに高校生活を送るためにも内緒でお願い」
「はい。それじゃあ、鞄はまだ教室にあるので俺はこれで失礼します。今日は試験が終わったのでゆっくりと帰ります」
山野さんはすでに手には鞄を持っており、帰る準備は万端。
あのこと、要するに『お隣さん』だという事が周囲にバレないように帰り道がかち合わないよう、ゆっくりと帰ると伝えて置く。
「私はこのまま早めに帰るよ」
どうやら、意図を察してくれたようだ。
……さてと、この場を離れたらどうなることやら。
そう思いながら、歩き出すと、
「お熱いですね~。んで、どういう関係? そろそろ、言っちゃえば?」
水を得た魚なみっちゃんからの猛襲。
面倒くさくなったと思い、ちょっと視線を逸らす。
すると、見切れているが、山野さんも、たまたま居合わせたみっちゃんの姉であるけい先輩にあれは何? と言った感じで茶々を入れられているのであった。
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