第13話息抜きとたこ焼きとジャージ

 無事に期末試験が終わった後の休日。

 勉強漬けの日々から解放されれば、息抜きをしたくなるのは当然。

 かく言う俺もその一人であり、友達と遊ぶ予定だ。


「さてと、行くか」 

 玄関を出て遊びに行く。

 今日は仲の良い友達たちとボウリングをし、そのあとはカラオケだ。

 待ち合わせ場所はボウリング場がある駅前の広場である。

 早めに家を出て向かうと、すでに幸喜が待っていた。


「よ、幸喜。他の奴らは?」


「おう、哲。まだ来てねえぞ。俺が一番乗りだ」


「ところで、昨日。掲示板の前で堂々といちゃ付いてる奴らが居たらしいぜ」

 噂は広まっている。

 昨日、期末試験の順位が張り出されている掲示板の前でいちゃ付いてる奴らが居たとな? まったく、誰なんだろうな……。


「……どこまで知っている?」


「ん? いちゃ付いてた奴らの片割れがお前だって事くらいだぜ?」

 やっぱり、知ってやがった幸喜。

 ……本当に迂闊だった。あんな場所で、あんな風に喋れば誰だっていちゃ付いてると思うに決まってる。


「先に言っておくが別に彼女じゃ無いからな」


「お前がそう言うなら信じるが。実際問題、どうなんだ? 良い雰囲気になっているわけで、付き合いたいとかその辺はよお」

 ちょっと、悪人面で詰め寄ってきた幸喜の質問が思いっきり俺の心を抉る。

 付き合いたいか……。

 一緒に居て楽しいし、山野さんとは気が合う。

 そんな相手と付き合いたいかと聞かれれば、答えは当然決まってる。


「……」


「おい。黙っちまったけど、何を考えてんだ?」


「ノーコメントだ。俺の発言で相手に迷惑が掛かるかも知れないから言わない」


「っち。しけた野郎だぜ。俺の口は堅いんだぜ? ま、良いけどよ。つまり、迷惑を掛けないようにと言うほど、気に入ってるのは分かったしな」

 勝手に納得はしてくれた。

 今後も弄られ続けるだろうが、それは仕方がないので諦めるしかない。  

 数分後。今日、集まる友達は全員揃い、ボウリングへと繰り出すのであった。



 ボウリングで競った後、カラオケへ。

 ノリのいい曲で盛り上がり、カラオケで皆と楽しく過ごした。


「じゃあな」

 そう言って、俺は家路についた。

 アパートに着き、部屋に入りまずしたことは窓を開ける事。

 冷房は冷やすときに一番電力を消費するらしいので、閉め切っていた窓を開け少しでも室温を下げてから入れる事にしている。

 すると、隣りから楽し気な声がうっすらと聞こえて来た。


「ああ、そう言えば。今日は友達とたこ焼きを作るって言ってたな」

 山野さんは友達と絶賛、たこ焼きを作って楽しんでいる最中なのだろう。

 嬉々として話す声が漏れて来ているが、うるさくはない。

 所詮は普通のアパート、少し騒げばお隣さんから音が聞こえて来るのは当たり前である。


「ふう。それにしても、最近は色々とあったな」

 夜空を眺めながら、最近の事を振り返る。

 山野さんと仲良くなり、一緒に自炊をしてみたり、冷房を節約するために一緒の部屋で過ごしたり、と色々とあった。

 

 そして、季節は夏。

 冷房代を節約するために、山野さんと一緒の部屋で過ごすのは多くなるはずだ。


「頑張らないとな」

 気がつけば、そう呟いていた。

 感傷に浸っていると、換気をするためだろう隣りの部屋の窓が開いた。


『ふー、匂いがこもってるから窓を開けるよ~』

 ハッキリと聞こえてくる声。この声は山野さんだ。


『いやー、食べた。食べた。という事で、お次のお楽しみはお部屋探索だ』

 山野さんの友達がそう言った。


『勝手に漁らないでよ……』

 反抗虚しく、部屋を漁られている様子だ。

 まあ、友達を呼べばそうなるよな。俺も、幸喜に部屋を漁られたことあるし。

 この前は勉強のために来ていたので、自重していただけだ。

 さて、盗み聞きは良くない。

 俺の部屋の熱気も和らいだし、窓を閉めて冷房を入れるとしよう。

 

『見て、見て! これ』


『ん? ただのジャージじゃん。どしたの?』


『紙袋があるから何かな~と覗いたら明らかにサイズがダボダボなジャージが入ってた。しかも、タグにサインペンで自分のだと分かるようにマークが書いてる。紙袋に入っていたという事は誰かから借りて返すためだからだよね?』

 窓を閉めようと思ったが、興味深い話が聞こえて来たので手が止まった。

 あの時に貸した俺のジャージを発掘されたのだろう。そう言えば、返して貰っていなかった。

 でも、紙袋に入っていたという事は本当に返し忘れていただけだろう。


『男用のジャージ……。で、誰のなの? 誰に返す予定で紙袋に入ってたの?』


『……ダボダボなのが好きなだけだよ。私のだから』


『じゃあ、このタグについてる哲というマークというか字は?』


『私のだって分かるようにだよ。ほら、ジャージって似たようなのが多いから無くさないようにってさ』

 マークと言うか、哲という字は、中学生の時の修学旅行で持って行ったから、念のため無くさないようにと親が書いたものだ。

 

『男物だよ? 紙袋に入ってたよ?』


『ジャージなんて、男物か女物かなんてそんなに気にならないからね。紙袋に入ってたのは……なんとなく?』

 苦し紛れな言い訳。

 ……当然のように山野さんの友達は信じてくれない。


『根掘り葉掘り、聞かせて貰おう。皆の者、取り押さえろ』


『了解。あと、だいぶ、匂いも薄れて来たし、窓閉めて平気でしょ?』

 窓を閉める山野さんの友達。


「っく。気になるとこで窓が閉まった……」

 窓を閉められ、はっきりと声は聞き取れなくなってしまう。

 ぼやぼやとしてただ話してることだけが分かる状態だ。

 山野さんがどの様に友達に弄られるのかが気になって仕方がない俺は、壁に耳を当てればもしかしたら聞こえるかもと耳をぴったりとつける。


「聞こえないよな」

 結局、耳を壁に付けたところで何も変わらないので諦めた。



 それから、1時間後。

 隣の部屋は静かになった。

 おそらく、友達が帰って行ったに違いないとか考えていると、来客を知らせるチャイムが部屋に鳴る。

 こんな時間に誰だ? と玄関を開けた。


「ごめんね。うるさかったでしょ?」

 来客は山野さん。

 騒いだこともあり、一応謝りに来たのだろう。

 

「いえ、あのくらいなら全然平気ですよ」

 

「これ返し忘れてたジャージだよ。返すの遅れてごめんね」

 そう言って、俺は山野さんからジャージを受け取った。

 洗ってから返すと言っていたこともあり、ちゃんと洗剤の香りが漂っている。


「大丈夫でしたか?」


「え? 何が?」

 やってしまった。

 山野さんが俺の男物であるジャージを発掘され、そのことで弄られていることについて聞いてしまった。

 まさか、俺が盗み聞きをしていたなんて思っても居ないわけで、何のことだかさっぱりな顔をしている。


「たこ焼きをしたんですよね? ほら、匂いが部屋についてないかと思ったので。それにしても、たこ焼きを作って食べるのは楽しそうで羨ましいです」


「あ、そういう事。大丈夫だよ。匂いがつかないように衣類とかはきっちりと棚にしまったからね。このジャージも生活臭が付かないようにって棚に閉まってたら、存在を忘れて返すのが遅れちゃった。ごめんね?」

 無事に誤魔化せた。


「いえ、お気になさらず」


「と、ところで。このジャージってどこで売ってたの?」

 挙動不審とまでは行かないが、ちょっと怪しさを漂わせて聞かれた。

 ……どこで売ってた? となぜ聞いてきたんだ?

 もしかして、自分のだと言い張ったから、今度来た時も勿論、このジャージはあるよね? と言われて買わざるを得なくなったのか?


「ネットです。でも、もう今は売ってなかった気が……」


「え、そうなの? そっか……。うん、残念だよ。着心地が良かったから」

 どうしようという顔を浮かべたのち、開き直った様子で話し始めた。


「そのジャージを譲って貰えないかな? 実は、友達にそのジャージを発掘されちゃってさ。変に詮索されるのが嫌だから、それは私のだよと言い張ったんだよ。それで、今度来た時もこのジャージはもちろんあるよね? と脅されてる。今度、部屋に来た時に無かったら、絶対に弄ってくるんだよ……。という訳で、譲って貰えると嬉しいかな~なんて。もちろん、お金は払うよ?」


「そうだったんですね。じゃあ、このジャージは譲ります。部屋着にでもどうぞ」


「うん、ありがとう。これで、今度来た時に『これは私のだよ?』とどや顔で見せつけてやれるよ。それで、代金はどうすれば良い?」


「そうですね……。炎天下の中、スーパーへの買い出しを5回分で」

 別に持ってきただけで、ほとんど着ていなかったジャージ。

 お金を受け取るのもあれだったので、別の事で代金を支払って貰う事にした。


「さすがにそれは申し訳ないよ。ちゃんと、払わせて?」


「今、金欠ですよね?」


「と、友達と遊びに行かなければ……」


「俺と山野さんの仲なので、お友達価格という事で炎天下の中、スーパーへの買い出し5回で。納得して貰えないなら、ジャージは譲りません。友達に弄られますけど、良いんですか?」

 強引に押し切った。

 押し切った甲斐もあり、山野さんは仕方がなく俺の案を了承する。

 変にお礼しようと気を使わせないようにしないとな……。


「ジャージを譲ってくれてありがとうね。それじゃあ、また明日。おやすみなさい」


「おやすみなさい」



 そして、次の日。

 学校が終わり、家に帰って来た。

 今日も日中の間、俺の部屋へ来ることになっており、いつもの様に山野さんはやって来る。

 早速、俺があげたジャージを身に纏っており、手にはたこ焼きが握られていた。


「ジャージを譲ってくれたお礼にたこ焼きを振る舞わせて貰いに来たよ。ほら、間宮君が楽しそうで羨ましいって言ってたからね」

 炎天下の中、スーパーへの買い出し5回で良いと言ったんだけどな……。

 まあ、良いか。

 せっかくなので、たこ焼きを振る舞われるとしよう。


「機械のほかに材料も買って来たよ。今、私の部屋から持って来るね」

 たこ焼き器を机において、山野さんは立つ。

 そして、


「きゃっ!」

 可愛らしい悲鳴を上げて転んだ。

 ダボダボなジャージ。裾を踏んで転んでもおかしくない。

 転んで、露わになるは水色の可愛らしいパンツと相変わらず綺麗な生足だ。


「いたたた……ん? なんか、スースーする気が……っつつ!」

 急いで脱げたジャージを上げて、腰ひもを結ぶ。

 その姿を見て俺は思った。


 ジャージを譲って大正解だったと。


「くぅ……。また、見られちゃった。間宮君のスケベ……」

 見られた恥ずかしさか、顔を真っ赤にしてぼそりと俺にスケベと言い残し、たこ焼きの材料を取りに行った山野さん。


「本当に頑張らないとな」

 そんな彼女と送る夏という季節。

 より一層と頑張って仲良くなりたいと気持ちを奮い立たせた。




 








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