第5話初々しいお泊り会?

「あ、はい。分かりました。それでは失礼します……」

 結局のところ、山野さんの部屋の鍵は見つからなかった。

 仕方がないので管理会社に連絡をしているというのが今の状況だ。


「で、どうでした?」


「スペアの鍵は管理会社が一応持ってるけど、今日はもう会社に人がいないから渡すのは無理だって言われた。どうしても、今日中に家に入りたければ、そこまで複雑な形の鍵じゃ無いから業者を呼んで開けてくれって」

 なんだかんだで、そこまでの事にはならない様子。

 しかしながら、山野さんはちょっと浮かない顔だ。


「取り敢えず良かったですね」


「うん、でもね……。お金が……。鍵を開けてくれる業者ってツケって利くと思う?」

 鍵を開けるための業者を呼ぼうにも、手元にお金が無いらしい。

 それにあったとしても、学生には痛い金額なんだよなぁ……。

 俺だったら普通にどこかで一晩を明かし、管理会社の人に鍵を受け取るな。

 なんて思っていたら、山野さんはちらっちらっとこっちを見ている。


「ね、ねえ間宮君」


「なんですか?」


「お願い! 一晩だけ泊めて貰えない?」


「えらく直球ですね」


「まあね。私だって、仲良くなり始めたばかりなのにこう言うのを頼むのはどうかと思ってるよ。でも、鍵業者を呼んだら今月はひもじくなっちゃうから……」

 苦笑いしかでない。

 だって、本当に業者を呼んで部屋に入ったら金欠になるのは容易に想像できてしまうのだから。


「ま、仕方がありません。ただ、文句は言わないでくださいよ?」


「分かってるって。いや~、持つべきは優しいお隣さんだね?」

 軽いノリと流れで、俺は山野さんを部屋に泊める事になった。

 正直なところ、ちょっと興奮して来た。

 もちろん、顔になんて出すつもりは毛頭もないけどさ。

 下心を隠し、俺は山野さんを部屋に招き入れる。


「どうぞ、汚い部屋ですがくつろいでください」


「こ、これが、一人暮らしの男の子の部屋……。もっと汚いのを想像してたけど、下手すれば私の部屋よりも掃除が行き届いてるんだけど?」


「あんまり、じろじろ見られると恥ずかしいんですけど。あ、クッションとかお尻に敷いちゃっていいですよ」


「というか、本当にありがとね」

 山野さんは俺が愛用しているクッションを手に取り、自分のお尻の下に敷いて座るも、落ち着かないのか俺の部屋の至る所へ視線が行ったり来たりしている。

 それに釣られて、俺も一緒に自分の部屋のあっちこっちを見てしまう。

 ふと、時計が目に映る。

 時刻はこれから夕食を準備するにはちょうどいい時間だった。


「夕食は鍋です。これから頑張りましょう……」


「うん、そうだね。泊めて貰うんだから、私が作るよ」

 座ったのも束の間、恩を返すべくお鍋の準備を手伝ってくれることに。

 ……なんだろう。女の子と一緒に料理とか得した気分だな。

 それから、悪戦苦闘しながら俺と山野さんはお鍋用の野菜を切った。

 結果は何と言うか、


「初めてにしては上出来でしょ」


「ですね」

 意外とうまく行った。 

 だが、もちろん意外とであり、切ったのに繋がっている野菜だったり、形が歪だったり、が所々に混じっていてクオリティは低いのは言うまい。

 そうして、切った野菜とお肉をお鍋に詰め込んだ。

 携帯用のガスコンロなんて物はないので、キッチンについているコンロで加熱。

 加熱した後は、部屋にある机に鍋敷き代わりにポストにうざいほど入れられるチラシの山を利用した。


「うん、出来たね。めっちゃ美味しそう!」


「これは節約を抜きにしても、普通に美味しそうで何度も鍋をしたくなりそうです」

 ぐつぐつと煮えたぎる鍋。

 今日のお味は鍋用のつゆの元を買ったが、敢えてシンプルに水炊きに挑戦。

 ポン酢やゴマダレで食べる方式を作ってみた。 

 本当に美味しそうで唾液が止まらなくなってくる。


「食べましょうか。いただきます」


「いただきます」

 二人して鍋をつつく。

 口いっぱいにお弁当やお惣菜とは比べ物にならない、ぬくもりが広がった。

 

「はふっ、はふっ」

 山野さんは口いっぱいに入れ過ぎたのか、アツそうに口を動かす。

 俺も馬鹿なので同じように口の中に入れ、はふはふとしてしまう。

 でも、この熱さがたまらなく心地が良く、病みつきになる。

 あっという間に、取り皿によそった食材たちを食してしまった。

 

「間宮君、器によそおっか?」

 お鍋で代謝が良くなりおでこに汗が伝っている山野さんは気を利かせようと、俺の器が空になったので、よそってくれた。

 それからお鍋の中の具が空になるまで、俺達は黙々と食べるのであった。


「ふー、食べた。食べた」


「山野さん。シメのうどんを作ってきます」

 野菜の出汁が出たお鍋を持ち、再びキッチンへ。

 めんつゆと買ってきたうどんを入れて鍋を温めなおすと、あっという間にシメのうどんが出来上がった。


「ダメ。こんな食事続けてたら絶対に太る」

 山野さんは自身のお腹をさすりながらシメのうどんの美味しさに打ちひしがれ、太ると愚痴を漏らす。


「野菜が多いんでカロリー自体は少ないので大丈夫ですって」


「それでも太っちゃうよ」

 そんな適当なやり取りをしていたのも束の間。

 鍋の中は綺麗になっていた。


「ご馳走様でした」


「ごちそうさまです。美味しかったですね」


「うんうん、大満足。はー、すぐ横になりたい気分だよ」


「別に気にせずに横になっても良いですよ。友達が来た時にくつろげるようクッションはたくさん用意してあるので何個も使ってどうぞ」

 部屋には座布団の代わりに用意したクッションが幾つかある。

 それを使って、敷いて横たわるなり色々として良いと言った。


「さすがに人様のお部屋、しかも、一応、後輩だし。そんなだらしない姿は見せられないよ。と言うか本当にごめんね。夕食まで一緒に貰っちゃってさ」


「いえ、人と一緒に食べるのは楽しいですから気にしませんよ」


「人と食べると何でもおいしく感じるよね。さてと、片付けは私に任せて。色々とお世話になるから私がしないと」

 有言実行。

 山野さんは俺の代わりに食器を洗ってくれるのであった。


 そして、訪れた手持ち無沙汰で、特にこれと言ってすべきことが無い時間。

 今更だけど、女の子と一晩を過ごすって何て展開なんだろうか?

 食事と言う目的を失った俺達の間にちょっとした沈黙が訪れてしまい、ドキドキはさらに加速していく。

 気まずさに耐えかねて、沈黙を先に破ったのは山野さんだった。


「お隣さんの男の子の部屋に上がり込むなんてさ。今思うと、相当あれかも……。いや、ほんとごめんね?」


「全然気にしませんって。それよりも、お風呂を先にどうぞ」

 俺も普段通りに振る舞おうとしたが、どうもうまく行かずに急にお風呂を先にどうぞなんて口走ってしまう。


「え、あ、この季節だし、さすがに入らないと不味いかもね。というか、もしかして匂ってないよね?」

 クンクンとまでは行かないが、ちょっと鼻を動かし自分の匂いを確かめる山野さん。

 少し羞恥心に苛まれていそうな姿が可愛い。

 さりげなく、着ているブラウスを動かすことで風を作り、自分の匂いが酷くないかを確認している姿はグッとくる男心に来る何かがある。


「全然ですよ。というか、俺の部屋こそ匂ってませんよね?」


「え、うん。臭くないよ。全然、本当に臭くないから」

 匂いというデリケートな話題に触れあい、気まずくなる。

 山野さんはさすがにお風呂に入らないの不味いと思ったのか、意を決したかのような感じで俺に告げた。


「間宮君。お風呂を借りるね」


「どうぞどうぞ。今、タオルとか用意します」

 すでに気まずいので、これ以上気まずくならないように冷静なふりをする。

 あと、同じ服に着替えさせるのもあれだし、別なのを用意してあげるべきか?


「俺のジャージで良ければ着ますか?」


「うん、着る。なんか、今着てる服が汗臭くて仕方がなく思えてきちゃったし」

 

「じゃあ、どうぞ。シャンプーとかボディーソープとかもご自由に使ってください。後、ちょっとコンビニへ行ってきます。急に甘いものが食べたくなったんで」

 山野さんに覗かれるかも? とかそう言う心配をかけたくなので、俺は外へ出る事にした。


「あっ、ごめんね、気を使わせちゃった?」


「何にも気を使ってませんって。本当に甘いものが食べたくなっただけです。じゃ、山野さん。ちょっくら行ってきます」


「行ってらっしゃい、間宮君」

 こうして、俺は山野さんを部屋に一人残してコンビニへと向かうのであった。

 

 





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