第4話欲しいものとお鍋とハプニング

 放課後の早い時間、俺は部活に行く友達を見送っていた。

 俺の通っている学校は自称進学校なだけあって、無駄に文武両道を掲げており部活動が盛んなこともありほとんどの生徒が部活に入っている。

 が、俺は数少ない入ってない側の人間。

 お金には困っていないとは言えど、大学受験に備えるための予備校に通えるまでの余裕はない。

 部活で時間を取られて勉学がおろそかにならないようと考えたら、部活に入る選択肢は自然となくなっていた。

 という訳で、放課後は何も予定などなく俺はいつも家に帰る。


「……暑い」

 着いたアパートは蒸し暑くてサウナのようだ。

 ふと、暑さに耐えきれずエアコンの電源に手が伸びた。

 食費だなんだで節約しても夏場のエアコン代で帳消しになりかねないと思いつつも、暑さには耐えられないのでしょうがない。

 別に苦しい思いをしてまで遊ぶためのお金を増やしたいわけでは無い、これはこれで良いと思っているのだが……


「電気代が怖いな……」

 本格的に夏を向かえれば、部活に入ってない俺は人一倍と部屋に長く居る。

 当然、長く居れば居るほど部屋の消費電力は多い。

 となると、当然電気代も高くなるわけで……

 ちょっとでも安心感を得るために、ネットで電気代を節約する記事を調べたのだが、どれもいまいち。

 やっている手間に比べ、節約できるお金が少なく節約のために少しばかりの『苦しさ』をもいとわない内容となっている。

 これは仕方がないと諦め、気が付けば俺は別のことを調べ始めていた。


「こ、これは!」

 俺が好きなゲームの続編が発売されるという記事を見つける。

 是非とも発売日に手に入れようと思ったが、しかし……。


「本体を持ってない」

 ゲームをプレイするために必要なゲーム機本体を持っていなかった。

 俺が欲しいゲームはつい先日に出た最新鋭ゲーム機での発売となるらしい。

 ゲーム機の価格は何と驚きの4万5千円。

 友達と一緒に遊びに行かないで、食費を切り詰めれば、ゲームの発売日までにお金は溜まるだろう。

 しかし、


「そんな風に色々と犠牲にしたくないよなぁ……」

 ゲームを買うために無理してお金は溜めても失うものが大きい。

 なので、発売日に購入できなくとも、いつか買えるようにゆっくりと節約してお金を貯めるというのが関の山だな。


「エアコン代か……」

 今度、発売される。

 と言っても、数か月後のゲームは小さい頃からずっと追ってきたシリーズもの。

 思い入れは凄まじく、発売日にプレイは諦めたが、出来る限り早くプレイしたくて仕方がなくてしょうがない。

 ゆえに節約という意識が脳裏に色濃く浮かぶ。

 エアコン代を節約しようと停止ボタンに指を添えるのだが、指は動かなかった。


「……いや、これはちょっと」

 体は快適さを欲している。

 しかし、発売日は無理でもなるべく早くにゲームが欲しい。

 俺は電気代で何かいい節約はないかと、調べ始めるのであった。


 そして、気が付けば夕方。


「あ、そろそろ時間だな」

 俺と山野さんは協力関係を結んでいる。

 内容は交互にスーパーに行き、互いに欲しいものを買って来て貰うというものだ。

 昨日は俺が行ったので、今日は山野さんが買い物に出てくれる日。

 ちなみに、まだまだ節約を始めたばかりな俺と山野さん。

 買い溜めをしておくのはハードルが高く、おそらく買ってきたものを腐らせてしまうかも知れないという事で、もう少しの間は毎日買い物に出る事に決めている。

 山野さんに17時くらいに欲しいものを直接伝えに来て、と言われているので部屋へと向かった。


「山野さん。今日買って来て欲しいものを伝えに来ました」

 

「あ、そう言えばもうそんな時間だったね……。いやー、時間が過ぎるのが早いね」


「時間が過ぎるのが早いって何かしてたんですか?」

 

「じゃあ、言っちゃおうかな。ノートパソコンが壊れちゃったんだよ。それで、買いたいんだけどお金が無くてさ。いや、色々と我慢すればお金は溜まるんだよ? でも、そうしたら友達とは遊びに行けないし、服だって買うのを我慢しないといけない。という訳で、節約したいなーって考えてたら時間が過ぎてた」

 俺とまったくもって同じ状況にちょっとした笑みがこぼれた。

 おっと、おかしく思われないように堪えなきゃな。


「俺も欲しいゲームがあって節約したいなーとか思ってたら、あっという間にこんな時間でした」


「そのゲームってそんなに高いの?」


「本体ごとなので」


「なるほどね。それで、今日私に買って来て欲しいものは?」

 今日は生姜焼きからステップアップをするつもりな俺は、簡単なお鍋を作ることにしたのでその材料を頼んだ。鍋と言っても、お鍋用のカット野菜と豚バラ肉、鍋つゆはキューブ固形上のやつといった超おてがるなやつだ。


「私も真似しよ。いやー、楽だね。間宮君から、一人でも簡単にできる料理のレシピがやって来るって」

 山野さんは今日も俺の作るものを真似するらしい。

 

「でも、今日のはそんなに節約じゃないですよ?」

 実際問題。お鍋と言うのは節約にはならない。

 肉は野菜よりも高いイメージだが、実は結構野菜も値段が張る。

 スーパーに行くようになって、気が付かされた衝撃の事実である。


「別にガチガチに節約してるわけじゃ無いし」


「豊かさが損なわれるようなのは勘弁ですよね」


「ほどほど頑張るのが一番。さてと、間宮君から買って来て欲しいものも聞いたことだし、行ってくるね」

 そして、山野さんはスーパーに買い出しに行くのであった。


 それから、30分後。

 スーパーに行った山野さんから電話が来た。


『もしもし、間宮君?』


『はい、なんですか?』


『ご相談なんだけど。カット野菜じゃなくて、普通のを買わない? ほら、私達って二人だよね。買ったのを二人で分ければ使いきれないって事は無いんじゃないかな~って思ってさ』


『ハードル高くないですか? 俺達、生姜焼きでは包丁すら握って無いんですよ?』


『でもさ、乗り越えなくちゃいけない時もあると思う。野菜をカットされてない状態で買うなら、カット野菜を一つ買う値段で少なくとも3倍の量が手に入る。まあ、切れてない野菜を幾つも買うことになるから使い切れなった場合は損だけど』

 確かにカット野菜に比べて、丸のままの野菜を買った方が安いのはわかる。

 しかし、俺に野菜を切る事が出来るのだろうか? ゴミはきちんと処理できるのだろうか? という様々な疑問が沸いて出る。

 でも、そんな考えは欲しいゲームの存在を思い出すと一瞬で吹き飛んだ。

 

『……分かりました。それで、お願いします』


『了解。お野菜を分けっこで。あと、お肉は相変わらず量が多い方がお得だから多い方で良い?』


『あ、はい。大丈夫です。それじゃあ、待ってます』

 と電話を終えた。


 で、35分後。

 玄関を鳴らすチャイムの音が聞こえた。

 おそらく、山野さんだろうと思い玄関を開ける。


「買ってきたよ!」

 やっぱり、山野さんだった。

 手にはパンパンの袋。

 この量の買い出しなら、今日は一緒に行ってあげればよかったかもしれないな。


「お疲れ様です」


「んで、間宮君。君には謝らなくてはいけないことがある」

 少し真面目ぶったキャラ。

 冗談交じりと言った雰囲気なので、別に問題はなさそうだ。


「何ですか?」


「めっちゃ量が多いです。使いきれなかったら凄く損するかも」

 手に持っていたのは切られていない野菜たち。

 合計するとカット野菜15袋分くらい。

 二人で分けるから大体7.5袋分だ


「……大丈夫ですよ。俺達なら」


「さてと、取り敢えず全部の野菜を半分に切って来るね。カット野菜を辞めようって提案したのは私だし」


「あ、それなら俺がしますよ。一度、部屋に戻るなんて手間でしょうし。二等分にするくらいならすぐ終わるので。ちょっとここで待てますか?」


「うん、それならお願いするね」

 山野さんから袋を受け取り、俺は自分の部屋に戻った。

 そして、買ってきたばかりの野菜をざっくりと2等分していく。

 包丁を使いなれていないが、このくらいは出来て当然だ。

 ……まあ、ちょっと指を切りかけたけど。

 食材を切り終え、俺は玄関先で待っている山野さんの元へと戻る。


「綺麗に二等分は出来なかったので、好きな方を選んでください」


「私が選んで良いの? じゃあ、私はこっちで」

 山野さんは真っ二つにされた野菜の片割れを選んでいく。

 敢えて明らかに小さい方を。

 こういところを見せられると、本当に山野さんがいい人だと実感するな。


「お鍋かあ~。うまく野菜を切れるかどうかってところが不安かな……」


「俺もですよ。でも、この一歩が成功すれば大きなメリットを得ます。節約になっているのにお野菜がたっぷりで体も健康になるはずなので」


「うんうん。一石二鳥ってやつだね。じゃあこのくらいで」


「はい、お気を付けて。まあ、お隣ですけどね?」

 山野さんと玄関先で別れる。

 もう少し仲良くなったら、一緒にお鍋をつついてみたいなとか思いながら、玄関を閉めようとする。

 が、山野さんがちょっとポケットを強引に漁っているのに気が付いた。


「どうしたんですか?」


「い、家の鍵を落したみたい」


 

 


 

 

 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る