お隣さんと始める節約生活。電気代のために一緒の部屋で過ごしませんか？

第3話生姜焼き

　昼食をおにぎりに変えて、飲み物を持参する。

　節約のために始めたこの好意だが、お米を自分で炊いて食べることの美味しさにも気が付いてしまった。

　そう、コンビニのご飯より明らかに炊いたお米の方が美味しい。

　そんなこともあり、最近はお惣菜をスーパーで買い、炊飯器で炊いたご飯と一緒に食べるようになった。

　するとまあ、驚くことに財布のお金の減りが目に見えて遅くなったわけで……

「おかずも作る様になったらもっと節約になるかもな」

　思い立ったが吉日だ。

　おかずとしては簡単そうな生姜焼きを作ることに決めた俺は、材料を買うべくスーパーへと向かうことにした。

　玄関から出ると、制服のスカートをなびかせた山野さんがカギを開けていた。

　おそらく、今、学校から帰って来たんだろうな。

「あ、間宮君」

「どうも、山野さん。今、帰りですか？」

「そうだよ。今学校から帰って来た。服を着替えた間宮君はどうしたの？」

「スーパーに買い物に行ってきます。にしても、今日は暑かったですね。というか、日が暮れてきたのにまだ暑いですね……」

　本当に夏の一歩手前。夕方だというのに、気温は高い。

　暑さのせいで外に出るだけで汗が止まらなくなるほどだ。

「私もスーパーに行こうと思ってたけど。近場のコンビニで良いかなって思えるくらいに外は暑くて嫌になっちゃうよ……」

　こんな一言の間でも玉のような汗が山野さんの額を流れる。

　ちょうどその時だった。俺はある提案を思いつく。

　だが、提案して受け入れて貰えるのだろうか？　

　言うのはタダだ。取り敢えず、山野さんに話してみよう。

「あの、山野さんもスーパーに買い物に行くつもりだったんですよね」

「あれから頑張ってるからね。けど、暑過ぎて歩くのはちょっと……って感じ」

「ちょっとした提案なんですけど、二人で行くよりも一人で行った方が良いと思いません？」

　提案がいまいち受け入れて貰えるか不安なこともあり、曖昧で回りくどい発言になってしまった。

　回りくどい発言になってしまったものの、山野さんは『ああ、そういうこと』という顔を浮かべて俺の言いたいことを理解してくれる。

「あ、そういうこと？　片方に欲しいもの言って買って来て貰う。これを交互にするだけでスーパーに行く回数が半分になるってことであってる？」

「そういうことです。どうですか、この案は」

「いいよ。そうしよっか」

　返事はOKだった。　

　欲しいものを言って買って来て貰うのを交互に行うという協力関係を結ぶ。

　ということもあり、山野さんは俺の方に握手を求めてたので握手した。

　そして、なにやったんだろうね？　って顔を浮かべ二人して笑みを浮かべる。

「じゃあ、今日は俺がスーパーに行きますね。えっと、山野さんは何が欲しいんですか？」

「私はお惣菜かな。炊いたご飯が残ってるからね。それと一緒に食べる」

「じゃあ、スーパーに着いたら適当にお総菜売り場の写真でも撮って送ります」

「了解。その写真から選ぶってことだね。それで、間宮君は何を買うの？」

　興味本位で何を買うか聞かれた。

　別に隠す必要もないので、正直に答える。

「生姜焼きの材料です。ちょっとおかずも作ってみようかなと思いまして」

「やる気が凄いね。さすが、若い子だ」

　山野さんにポンポンと上司が部下を励ますような風体で肩を叩かれた。

　大人びている山野さんだが、ノリはちゃんと高校生だよな。

　改めて俺はそう思った。

「いや、山野さんと一歳しか違わないんですけど」

「だよね。はあ……。それにしても、間宮君が自炊をしようと頑張っているのに女子な私が頑張らないのは負けな気がしてきたよ……」

「ということは？」

「私にも間宮君と同じものを買って来てくれない？」

　負けん気を発揮したようで、同じものを買って来てと頼まれる。

　暑さのせいで迸る汗もあり、やる気満々に見えたこともあり、俺も負けん気を山野さんにぶつけてしまう。。

「勝負ってことですよね。この前のおにぎりの雪辱を晴らしみせます」

　この前、山野さんが作ったのは綺麗な三角形のおにぎり。

　対して俺が作ったのは微妙に三角形なおにぎりだった。

　俺と同様に生姜焼きを作ることにした山野さんに意気込みをぶつける。

「受けて立つよ。んじゃ、行ってらっしゃい。気を付けてね？」

「はい、行ってきます」

　山野さんに見送られ、俺はスーパーへと向かうのであった。

　　　※

　スーパーで買い物を終えると、山野さんちのインターホンを鳴らした。

　すると、大人っぽいブラウスとスカートに着替えた山野さんが玄関から出てきた。

「お帰り。材料費はいくらだった？　たぶん、調味料も買って来てと頼んだからそこそこな金額だよね？」

「えっと、きりが良くて1500円です。調味料代がそれなりだったので。次作るときはお肉を買えば良いだけなので一気に安くなる……と思います」

　俺は材料を山野さんに手渡した。

　すると、事前に用意していたのか山野さんはすぐさまに代金を俺に渡してくれた。

　用も済んだし、俺はそそくさと退散しようとしたら、

「それじゃあ、あとで生姜焼きを持ってくね」

「えっと、どうしてですか？」

「間宮君が勝負って言ったんじゃん。だから、互いに食べさせ合わないと」

　山野さんが生姜焼きを持って来るのか分からなかったけど、すぐに理解できた。

　そういえば、買い物に行く前に勝負って言ったな。

「良いんですか？　男の料理を口にして」

「あー、そう言われると心配だから使う調理器具を見せて。ほら、一人暮らしで洗わない人とかいるって噂を小耳に挟んで怖いから」

「分かりました。キッチンと器具の様子を写真で送りますね」

　といって俺は自分の部屋へ。

　早速、調理器具を見せてと言われたので、キッチンの写真と使う予定のフライパン等の器具が映った写真を送った。

　すると、『私よりキッチンを綺麗にしてる……。全然平気だよ。食べさせ合って勝敗を決しようではないか。じゃあ、勝負開始！』

　何の問題もなかったようで、俺と山野さんによる生姜焼きをどっちがうまく作れるかの勝負が始まった。

　今回、俺が用意したレシピは簡単だ。

　醤油とすりおろしショウガとニンニク、みりん、日本酒でタレを作って焼くといった非常にシンプルな味付けだ。

　他に作るものもなく、あっという間に完成する。

「よし、出来た」

　ピンポーン！と部屋に呼び鈴が鳴った。

　俺は生姜焼きの乗った皿を手に玄関へ向かう。

　玄関を開けると、案の定生姜焼きが乗った皿を持つ山野さんがいた。

「できたから持ってきたよ」

「見ての通りこっちも準備OKです」

「じゃあ、味見だね。玄関先で食べるなんてちょっと行儀悪いけど。あ、箸を持って来るのを忘れちゃった」

　咄嗟に俺は自分の箸を差し出した。

　そして、山野さんは俺の作った生姜焼きを一つまみして口に運んだ。

「んっっ、あっつ……」

　出熱かったのだろう口をハフハフとしながら俺が作った生姜焼きを食べた。

　そして、咀嚼は終わり、再び口は開かれた。

「うん、美味しいよ。間宮君は自分が作ったのは食べたの？」

「あ、はい。味見しました」

「じゃあ、私のをあげる番だ。はい、どーぞ」

　俺の口元に差し出されるは、箸で摘ままれた生姜焼き。

　それを俺は恐る恐るパクリと口にする。

　生まれて初めて、女の子に食べさせて貰うのだから。

「どう？　美味しい？」

　感想を俺の顔を覗き込むようにして待っている。

　すぐに出た俺の感想は本当のようで嘘であった。

「凄く美味しいです」

　美味しいのは事実。

　でも、女の子に食べさせて貰ったので頭がいっぱいだ。

「間宮君が作ったのと、私が作ったの。どっちが美味しかった？」

「え、いや、その……」

「あはは、分からないよね。同じ食材で同じものを作ってるし。私も、間宮君が作った生姜焼きと私が作った生姜焼きの違いなんて分かんなかったもん」

　山野さんが場を締め括ってくれた。

　そのおかげで俺も冷静さを取り戻していく。

「はい。そんな感じです。今回の勝負は引き分けって事で」

「そうだね。それにしても、自炊って良いかも。だって、こんなに美味しいご飯が出来るって考えると本当に良い！　ま、手間は掛かるけど」

「手間は掛かりますけど、ご飯が凄く美味しくてそれだけで幸せな気がします」

「分かる。なんか温かみがあるんだよね。それに、今回は調味料でなんだかんだでお金が掛かっちゃたけど、やっぱりお値段が安いのが精神的に良いよね」

　出来合いの物を買うよりも本当に安い。

　それでいて量もあるとか、嫌と言うほど自炊の魅力を感じてしまう。

　なんだかんだで、これからも頑張ってみるか……。

「そういえば、少ない量の奴が売ってなかったので量が多い豚肉が入ってるパックを買ってきましたけど、残りの豚肉はどうするつもりなんですか？」

「私はもう一度生姜焼きを作ってご飯の上に乗せてお弁当にする。二回連続なのと、男っぽくてあれだけど良い考えじゃない？」

「真似ても……いいですか？」

「もちろん。ただ、お弁当だと冷たいし、今ほどおいしくはないだろうけどね。あと、そうだ。今回は豚肉しか使わなかったけど玉ねぎも一緒に炒めればかさましにもなるし、美味しいかも」

「確かに……。っと、そろそろこのくらいで」

　玄関先で生姜焼きを片手に持っている。

　いつまでもこのままはあれなので、盛り上がってしまった話を区切った。

「じゃあ、またね」

「はい、また今度」

　こうして、初めての自炊は思いのほか楽しく幕を下ろすのだ。

　　※

　次の日。

　朝、少しだけ早起きして生姜焼きをご飯の上に乗せて生姜焼き弁当を作った。

　いつも通りに学校へ行き、何だかんだで午前の授業は終わり、気が付けばお昼時。

　俺が手にしている生姜焼き弁当を見ていつも昼食を共にしている友達な幸喜は俺に告げて来た。

「見てくれはまだまだだけど。着実にステップアップしてるじゃんか」

「まあな」

「てっきり、意志が弱いお前はすぐさま購買頼りに戻ると思ってたんだが……。その、やる気の出よう。何か秘密があるのか？」

　別にやる気を出しているわけでは無い。

　意志が弱いのに節約のため自炊が続く理由はもちろん。

「節約を一緒にしてくれる人が居るからだろうな」

　こうして、俺の緩くて楽しさ重視な節約生活は加速していくのであった。