第2話おにぎり

 節約を強く決意し始めた日の放課後。

 早速、お昼ご飯として持っていくためのおにぎりを作るために、スーパーへと向かったのだが……。

 歩き出し5キロは重いが、頑張ればなんとか持って帰れるか?

 基本的には大入りの方がコスパはいいんだよな、と悩んでいたときだった。


「あ、間宮君だ」

 お隣さんである山野さんに声を掛けられる。

 こちらからも挨拶をしようと振り向くと、制服姿の山野さんはグイっと俺の手を握ってきた。


「な、なんですか?」


「ぷっっ、あははは!」

 山野さんは俺の手のひらに書かれた『お米、具』という字を見て笑う。

 男子高校生の手には似合わない代物だが、そんなに笑うのだろうか?


「えっと、そんなにおかしいですか?」


「ううん、違う違う。ほら、見てみなよ?」

 にやっとした顔で山野さんは自身の手のひらを俺に向けた。

 俺と同じように黒のマジックペンで何か書かれていた。


「えーっと、『今日から節約!』って……。ああ、なるほど」


「そうそう、私と似たようなことが手に書かれていたら笑っちゃうじゃん? ほら、お米と具って文字はたぶん節約する~って意志の表れでしょ?」


「まあ、そんな感じです。ところで、それって自分で書いたんですか?」


「ううん、友達と節約しなきゃ~って話してたら、友達に書かれた。ほんと酷いよね、女子高生の手にマジックペンでデカデカと字を書くなんて」


「ですね」


「よし、生意気な後輩が酷いって言っていたと伝えとく」


「ちょ、辞めて下さいって」


「冗談、冗談。さてと、ここで出会ったのも何かの縁。一緒にお買い物でもする? って、スーパーで言われても嬉しくないだろうけど」

 可愛い女子高生である山野さんと一緒にお買い物する。

 普通に幸喜に『女の子と一緒に買い物したぞ?』と自慢できる。

 まあ、ここでそれじゃ……と別れるのもなんかあれだしな。


「せっかくなのでご一緒させてください」


「うん。それで、間宮君は何を買うの?」


「お米と具ですかね」

 真面目な顔で手に書かれた『お米 具』と言う字を見せつけながら言ってみた。


「ぷっっ。ちょ、ほんと辞めて。真面目な顔で手に書いた言葉を言うなんてずる過ぎだから」

 山野さんは可愛らしく、吹き出して笑ってくれた。

 これで滑ったらどうしようかと思っていたのでボケた甲斐がある。


「山野さんは何を買うんですか?」


「私? 取り敢えず、コンビニでご飯を買う事が多いというか、ほとんどコンビニだからね。なんか適当にスーパーで買えば安くなる。って感じで来ただけ。何を買うかは全然決めてないよ。というか、なんでお米と具なの? もっと、他に何か買うつもりはないの?」


「最初から本気を出し過ぎても空回りしそうなんで。まずは、お昼ご飯におにぎりを持って行こうって感じで」

 最初からやる気を出して過ぎても空回りしそうな気がした。

 ゆるーく始めた方が、何事も長続きしそうであるという勝手な考えに基づいた俺なりの行動である。


「ふーん。ねえねえ、私も真似しても良いかな?」


「もちろん。とは言っても、緩くに囚われ過ぎず、お米と具以外でも、良さげな節約につながりそうな食材があれば買うつもりですけど」


「おっけ~」

 そんな感じで、スーパーの店内をうろつき始めた俺と山野さん。

 野菜売り場から始まり、生鮮売り場、お総菜売り場、取り敢えず色々な所を歩く。

 その際に俺は水筒に詰めるお茶を作るための茶葉を買い物かごに入れた。

 計算しなくとも、ペットボトルのお茶を買って飲むよりか安い。

 それから、おにぎり用のお米と中に詰める具。おにぎりを巻く用の海苔。おにぎりを包むためのサランラップもかごに入れていく。


「おにぎりはこれで良し。後は今日の夕食をどうするか……」

 気合いを入れてすぎてすぐにヘタるよか、ゆっくりとステップアップした方が長続きすると俺は思っていた。

 ゆえに夕食は普通に出来合いの物で済ませよう。

 お総菜売り場に向かい、どれを夕食にするか睨めっこする。


「凄いね。コンビニのお弁当より量が多くて安い。コンビニじゃなくて、毎日スーパーで買いものすればだいぶ節約になるかも」

 一緒に歩いていた山野さんが、お弁当の値段と量に頷きながら問いかけて来た。


「でも、コンビニと違ってちょっと遠いのが辛いと思いませんか?」


「コンビニは5分。でも、ここに来るには20分以上歩くとなるとね……」


「まあ、頑張りましょう」

 紛れもなくスーパーで買い物すれば節約につながる。

 少しづつ脱コンビニ生活を始めれば、結構なお金が浮くに違いないのだから。


「そっちは今日の夕飯は決まった?」

 

「このかつ丼にしようかなと」


「じゃあ、私はこの麻婆豆腐丼にしよ」

 買い物かごにお弁当を入れる。

 ちょっと寂しいので、袋詰めされたサラダとドレッシングも買い物カゴに入れてお会計を済ませるのであった。

 で、無事に買い物を終えた俺と山野さん。

 帰る先は同じアパート。当然の様に肩を並べてゆっくりと歩き始めた。


「いやー、コンビニよりも安い値段で色々と買えて私は満足だよ」


「ほんと、今までコンビニばっか使ってた過去の自分を殴ってやりたいくらいです」


「あはは……。間宮君はまだいいよ。私なんて2年生で、1年生の頃からずっとコンビニを使ってばっかり。もし、スーパーで買い物してたら服が何着買えたことか」

 山野さんはちょっと不貞腐れながら、そう言った。


「でも、やっぱり家までちょっと遠いので、これからも近くにあるコンビニを使っちゃいそうなんですよね……」


「節約とか言ってるけど、私達は節約に全力を出さなきゃいけないくらい切羽は詰まってないもんね」

 山野さんは俺と本当に似た価値観をお持ちらしい。

 話していて、まるで自分と話しているかのような気がしてきた。


「というか、大丈夫ですか? かなり重いですよね。持ちますか?」

 山野さんと俺の手には炊かれる前のお米。

 入っているキロ数が多ければ多い程、少し安かったので欲張って大きいサイズの物を買ってしまったのだ。

 ここは男として持ってあげた方がいいのでは? と声を掛けてみた。

 

「心配してくれるなん優しいね。ま、気持ちだけで十分。自分で持つよ」


「つらかった言ってくださいよ?」


「うん、ありがと」


「にしても、ほんと重いですね」


「明日は筋肉痛かもね」

 ボヤキながら住んでいるアパートへ歩く。

 色々と話していると、山野さんは思いついたかのような顔で俺に言った。


「あとで連絡先を交換しよ?」


「あ、はい。アパートに着いたら交換しましょっか」

 それから、数分後。俺と山野さんは互いの部屋の前へ辿り着いた。

 カバンからスマホを取り出し、俺達は連絡先を教え合う。


「先輩の連絡先が貰えて嬉しいからって、悪戯しちゃだめだからね?」


「しませんって。山野さんこそ、後輩に変なメッセージを送りつけちゃだめですよ?」


「んふふ、しないよ。んじゃ、ばいばい」


「はい、それじゃ」


   ※


 山野さんの連絡先が俺のスマホに登録された次の日の朝。


「いつっっ、普段使ってない筋肉使ったからな……」

 重いお米を持ち歩いたせいか、やや筋肉通気味だった。

 今日からはお昼ご飯はおにぎりにするって決めた俺は早速取り掛かった。

 用意したラップの上に、炊きあがったばかりのお米を置いて、具材を置く。

 ラップ越しにお米を握って形を整え、形が整ったら塩を振りもう一度握り、海苔を巻いた。

 

「よし、あとは……」

 そのままラップに包んだまま、持ち運べるようにした。

 そう言えば保冷剤を用意した方が良かったか?

 季節は刻一刻と真夏へと向かいつつあり、食べ物が痛んでしまう可能性が高くなってきている気がする。

 母親が保冷剤を入れ忘れてお弁当がダメになり、なんとも言えない匂いを放っていたのは今でも苦い思い出だ。


「まあ、まだ大丈夫だろ」

 こうして無事に作業を終えると、スマホにメッセージが届いた。

 こんな朝早くに誰だろうと思いながら確認する。

 

『どう? 美味しそうでしょ?』

 綺麗な三角形のおにぎりが映る写真が添えられたメッセージ。

 送ってきた相手は山野さんだ。

 俺もさっき作ったばかりの不格好な三角形なおにぎりの写真を『握るのうまいですね。俺はこれで妥協しました』とメッセージを添えて送信した。


 で、すぐに返信がくる。


『っふ。お姉さんの方がうまい。という事で、今回は私の勝ちだね』

 冗談交じりのノリだ。

なので、俺もジョークを交えたメッセージを送った。


『っく、次は負けませんから!』

 こういう風に山野さんとやり取りするのって楽しいな……。

 気が付けば俺の頬は緩んでいた。


 

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