お隣さんと始める節約生活。電気代のために一緒の部屋で過ごしませんか?

くろい

1章

第1話節約の始まり

 この春から一人で暮らしている家に向けて歩いているときだ。

 俺はちょっとした悩みを愚痴ってしまう。


「もっと遊びたいのにな」


 別に貧乏ではないし、なんなら今日だって普通に友達と遊んできた。

 だけど、物足りないのだ。

 この問題を解決するためには、収入を増やすか、節約をするか、二つの選択肢があるのだが……。

 俺が通う高校ではアルバイトは禁止。自称進学校なため、変に校則も厳しくてバイトがバレれば、停学を容赦なく突きつけられる。

 アルバイトの許可が出るのは月の収支が赤字かギリ黒字程度な人だけ。俺は遊ぶ金がないだけで赤字ではない。ゆえに、アルバイトの許可は貰えないだろう。


 よって、選択肢は実質一つ。


 遊ぶお金を作るためには、支出を減らすしか無いのだ。

 しかし、節約で日々の豊かさを失いたくはない。

 例えば、そろそろ冷房が必須になる季節。いくらお金が無いからと言って、冷房代をケチって暑い部屋で暮らしたいかと言われれば嫌だ。

 豊かさを保ちながら、支出を減らす。実に贅沢な考えだと思う。


「どうするかな……」

 気が付けば住んでいるアパートの真ん前にたどり着いた。

 郵便物がないかどうか、間宮(まみや)哲郎(てつろう)と書かれている郵便受けを確認していたら……。

 同じく郵便物が届いていないか確認しにやってきたであろうお隣さんに声を掛けられる。


「ちょっと早いけど、こんばんは。ほんと、今日は暑いね~」

 

「あ、どうも山野さん。そろそろ、クーラーが大活躍しそうですよね」


「私もそんな感じだよ。節約したいけど、暑いのは我慢できないからね」


「節約したいって、山野さんも?」


「あ、間宮君も節約したいとか考えてる系なの?」


「まあ、バイト禁止なので、自由に使えるお金を増やすためにって感じで」

 意気揚々とそう言ったら、山野さんは目を真ん丸にした。


「わお、間宮君って高校生だったんだ」


「え、あ、はい」


「落ち着いて大人びた感じだし、てっきり大学生だと思ってたよ」


「あー、よく言われます」


「いやはや、世間は狭いね。まさか、お隣さんが私と同じ高校生だっとは……」


「え? 山野さんって高校生だったんですか?」

 あまり話したことが無かったので、知らなかったがお隣さんは俺と同じく高校生らしい。今まで、引っ越してきてからずっと格好が大人びているから大学生くらいかと思ってた。


「うん、そうだよ~。てか、高校って近くにあるあそこ?」


「え、もしかして……」


「うん、私も近くにあるあそこだよ。あははは、びっくりだね」

 住み始めて大体2カ月半。

 今になって、お隣さんが同じ高校に通っている人だと知り驚く。

 まあ、俺が通っている学校は普通に広いので、出会わないことは十分にあり得る。


「いやー、まさか同じ高校に通っているなんて思いもしませんでした」

 

「私もだよ。まさか、間宮君と一緒の高校に通っているなんて思ってなかった。学年は?」


「1年生です」


「私は2年生。間宮君って年下だったんだ。ふぅ……」

 着ている服をつまんでパタパタと服と肌の間に空気を送り込む山野さん。

 大人びた彼女が、ふぅ……と言いながら、火照った体を冷やそうとする姿はグッとくる何かがある。


「遊ぶ金が欲しいなら節約すべきなのに、どうしても冷房代はケチる気になれないんですよね……」


「分かるよ。その気持ち。私も、節約しないと~って思うのに冷房つける。暑いのが苦手だから、しょうがない」

 価値観が似ているのだろう。

 変な所で同調して、分かる分かると言いあう俺と山野さん。

 そんな俺と山野さんは同じ高校に通っていると知ったからか、今までよりもフレンドリーになれた気がする。


「って、暑いのにお話に付き合わせちゃってすみません」

 まだまだ話していたい気もしたが、アパートの郵便受けは日陰だが外は普通に暑いので、俺は長話を終わらせに掛った。


「ううん。私から話しかけたんだし気にしないよ。ところで、間宮君。今日って、これから冷房つける?」


「あー、付けますね。さっきも言いましたけど、熱いの嫌なので」


「あははは、私も~。あ、そうだ。冷房代を節約するために遊びに行ってもいいかな?」

 急にお部屋に遊びに行きたいと言われたら困るだろうという顔。

 要するに冗談を投げかけて来てくれたのだろう。

 えっとーと言い淀むものなら『ごめん、ごめん。冗談』って返されるに違いない。

 ここは、俺も悪ふざけに興じようじゃないか。


「良いですよ」


「え、いいの? 冗談で言ったつもりなんだけど」


「やっぱりそうでしたか。というわけで、俺も冗談です。部屋を片付けてないんで、お邪魔されるのは勘弁してください」

 冗談を冗談で返した。

 すると、山野さんはちょっぴり悔しそうにこう言う。


「年上をからかうなんて、間宮君は悪い子だね」


「ええ、ちょい悪ってやつです。それじゃあ」


「それじゃあね。って、玄関までは一緒だけど」

 アパートの郵便受けから、それぞれの部屋の玄関へ。 

 そこで俺と山野さんは別れるのであった。

 お隣さんの山野さんが俺と同じ高校に通っている高校生だと知り、ちょっと仲良くなれたからか、ほんのりと胸が躍った。


   ※


 次の日の朝、俺は珍しく寝坊してしまった。

 原因は一度見始めた映画が面白くて、続編まで見てしまったから。

 朝寝坊をかました俺は勢いよく玄関を出たときだ。


「あ、間宮君だ。今日はお寝坊さんだね」

 同じ高校の制服を着た山野さんと出会った。

 根本的に生活リズムが違うので、制服を着ている時に出くわさなかった。

 まさか、山野さんは毎日ギリギリに家を出て学校に向かっているとは思うまい。

 つまり、今日出会ったってことは……。

 

「山野さんもじゃ?」


「バレた? 珍しく寝坊しちゃったんだよ。さてと、急がないと」

 それから二人で学校に向かって猛烈に走った。

 その甲斐もあって息切れしながらも、ぎりぎり遅刻からは逃れる。

 一年生と二年生は昇降口が違うので、校門を入ってすぐに別れる。


「山野さんって真面目そうなのに寝坊することがあるんだな」

 そして、いつも通りに過ぎていく日常。

 気が付けば、昼休み。俺は購買でパンと飲み物を買って教室へ戻る。

 合計450円。高校生な俺にとってそこそこ痛い出費だ。

 遊ぶ金が欲しいし、本格的にお弁当までは行かなくともおにぎりくらい作って持ってこようかなと考えてしまう。

 はあ……せめて、バイトが禁止でなければと思いながら一緒にご飯を食べている友達の元へと戻るのだ。


「おいおい、哲(てつ)。暗い顔してどうしたんだよ」

 哲(てつ)とは間宮(まみや)哲郎(てつろう)である俺のあだ名。

 あまりに暗い顔をしていたのだろう。クラスで一番仲の良い友達である幸喜に心配されてしまったようだ。


「金欠ではないけど、もっと遊ぶ金が欲しくてさ」


「お前って一人暮らしなんだよな。金に困ってんの? だったら、昨日はカラオケに誘って悪かったな」


「いいや、カラオケは楽しかったし全然。というか、全然お金には困っていないから安心してくれ。お金にまったく余裕がなくて遊べてないわけじゃない。でも、もうちょっと遊ぶ金が欲しいなって思ってるだけ。だから、どうにかならないか色々と考えてたせいで暗い顔を浮かべていたという訳だ。ほら、だってさ、購買で買ってきたこいつらは合計450円なんだぞ?」


「なるほどな。んで、なんかもっと遊ぶためのお金を手にするための方法は思いついたか?」


「お昼ご飯に手作りのおにぎりを持ってこようと思う。これだけで、結構なお金が浮くだろ? 後は水筒で飲み物を持って来る。こうするだけで、遊ぶ金を工面できるかも知れない」

 が、しかし。これには大きな欠点が存在している。


「それって面倒くさくね? 」

 幸喜が俺の考えを先読みするかのように言ってきた。


「そこが問題だ。だが手間の分、自由にできるお金が増える。そう考えれば、俺なら成し遂げられる……と思う」


「んで、いつから始めるんだ?」


「明日から」

 という訳で、おにぎりを作るために必要なお米と具は家に無いので手のひらにマジックペンで書いておくことで忘れないようにした。


「おいおい、手のひらにお米と具って……なんだそりゃ。男子高校生の手に書かれてる言葉じゃねえだろ。おもしろいことすんなっての」

 友達の幸喜に笑われた。

 確かに男子高校生の手に、お米と具なんて書かれているわけないしな。


「確かに手のひらにお米と具とマジックペンで書かれてるとか笑えてくるな」


「まあ、あれだ。節約頑張れよ。哲、俺はお前の事を応援してるぞ!」

 友達の幸喜に激励を送られながら、俺は節約すべく一歩を踏み出した。 

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