その5

『話があるんだ。ちょっと付き合って貰おうか?』

『つきあえだ?てめぇ、なにもんだ?』

小太りの若い男が俺に言った。

守田君は電柱の陰からこっちをじっと見ている。

俺は目で彼に(絶対に出てくるなよ)と合図をし、四人のチンピラと一緒に直ぐ近くの路地に入っていった。

突き当りは古いビルを取り壊した後で、更地になっている。

『さあ、聞かせてもらおうじゃねぇか?その話っての・・・・』

皆迄言わせず、俺は痩せた兄貴分らしき男に殴りかかった。

『何しやがる!』

怒号をあげて、四方八方からチンピラどもが一斉に俺に殴りかかった。

俺は何もせず、ただ殴らせてやった。

痩せても枯れても、陸自の第一空挺団出身、それに普通科と空挺の二つのレンジャー資格を持っている。

身体は他人様よりは頑丈に出来てるつもりだ。

この程度の攻撃、屁でもない。

俺は連中の攻撃を受けながら、ちらりと頭を上げた。

見てはならないもの、いや、決して見たくはなかったものを目にしてしまった。そんな表情が顔いっぱいに広がっていた。

ちんぴら達は散々にやりたい放題やると、得意げな嬌声を上げながら、立ち去って行った。

俺は、わざとのったりと身体を起こした。

幾ら鍛えているからって、流石に節々が痛むことは変わりない。

『痛てぇな・・・・』

コートのポケットからハンカチを出し、唇をぬぐった。

多少は青タンが出来、鼻血も幾らか出ていた。

俺はあぐらをかいて、ポケットを探り、シガーケースを出し、シナモンスティックを咥えた。

『なんで?なんで抵抗しなかったんです?貴方は?』

俺は何も答えなかった。

シナモンを前歯で齧ると、口の中一杯にあの苦い香りが広がる。

『軽蔑します!』

彼は地面にペッと唾を吐き、くるりと踵を返すと、そのまま走って路地を出て行った。


『ありがとよ・・・・』俺は新宿にある俺の根城『アヴァンティ!』の止まり木の、いつもの席に腰を下ろし、隣に座ったおっさんに封筒を渡した。

普段は小料理屋か居酒屋しか敷居を潜らないおっさんには、こんなバァは場違いと見えて、入って暫くは落ち着かぬ様子であったが、バーボンをロックで2杯呑むと、どうにか慣れてきたようだった。

『少ないが、手間賃だ・・・・あちらさん、思ったよりもギャラをはずんでくれたんでね』

あちらさん、とは俺の依頼人、つまりは守田憲作君の両親である。

守田君の両親・・・・正確には父親の方だが、彼は都内で有名な外科病院を経営している。

『息子が探偵になりたいといって聞かない。しかし私は何としてでも跡を継いで医者になって貰いたい、そのために貴方に探偵と言う仕事を幻滅させるようにもっていって欲しい』

それが、依頼内容だった。

『しかし乾の旦那、あんたも随分残酷なことをするねぇ。子供の夢を砕くなんざ・・・・おまけに俺みたいな、元筋もんの手を借りるなんざ。』

『仕事は仕事だよ』俺は答えた。

 俺をフクロにしたあのチンピラは、実はおっさんが集めてくれたんだ。

 何、だからって本チャンじゃあない。

俺だって、仕事の為に掟を破るほど度胸なんかないよ。

 実はおっさん、ああ見えて顔が広くってね。あれはおっさんの知り合いの悪役専門役者だけでやっている劇団の若手俳優さ・・・・・。

『ま、そんなことはどうでもいいさ。これでまたいい酒が暫く呑める』

俺はバーボンのグラスを干した。

 口の中がちょっとしみた。

                                  終わり

*)この物語は作者の創造の産物です。登場人物、場所、その他については全てフィクションであります。






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探偵志願 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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