その3
ストーカーをされるなんて滑稽な体験をした探偵が世の中にいるだろうか?
いや、ここにいる。
日本国、花の都大東京の、ケチな一匹狼の私立探偵、乾宗十郎・・・・・つまりはこの俺である。
無論俺だってこんな稼業を続けている身だ。
楽な仕事ばかりやってきたわけじゃない。
褒められたことじゃないが、命だって狙われた経験だってある。
しかし、今度の相手はそれとは話が別だ。
何しろ相手は俺・・・・いや『探偵』という職業に憧れまくってる、18歳、もうじき19歳になろうかという坊やだ。
俺の隣にぴったりと張り付いて離れない。
さて、今日最初の依頼人は『ストーカー被害を受けている』という三十一歳の人妻からのもので、相手を突き止めて欲しいというのだ。
彼女曰く『今の夫と結婚する前、1年ほど付き合った、2歳年下の男がいた。夫と結婚することになって、別れ話を持ち出したが同意してくれず、結婚後も手紙を送ってきたり、何度番号を替えてもしつこく電話してくる。警察に相談しても「実際に暴力的手段に訴えるとかしているわけでなければ、こちらとしては相手に忠告するしかできない」と言われてしまった。しかし自分としては、このままではノイローゼになりそうだから、何とか止めさせてほしい。』というのだ。
正直、俺は手間取ることを多少は覚悟していた。何しろ相手は、よく言えば思い込みが激しい。悪く言えば聊か変質狂の気味がある。
そんな場合は『荒っぽい』手も使う必要だって出てくるだろう。
ところが、あちらさんは意外と『ヘタレ』な男で、俺がちょいときつめに『説得』を試みると、
『もう二度と後は付け回さない。もし同じ事を繰り返したら、逮捕されても文句は言わない』と約束し、すんなりと念書を書いた。
しかしながら、そうしている間も、もう一方の『彼』は俺の側を離れずにじっと観察をしていた。
『助手だ』と、自分で勝手に名乗ってしまったのだから、始末におえない。
こちらがすんなり終わったので、もう一件の依頼を片付けることにした。或る有名企業の会長からだった。彼は現在末期がんに侵されており、先がそれほど長くない。しかし問題が一つだけあって、妻に内緒の愛人が一人いる。
伊豆は湯河原の温泉街で一軒の小料理屋を経営しており、その彼女との間に今年十一になる息子がいる。
当然、妻には内緒である。
その女性は欲の少ない女性で、彼の立場も、また亡くなったからといって、何かを要求するつもりもないのだが、彼としては気が強い妻とは違い、優しくて控えめな彼女のために何か遺してやりたい。
そこで生前贈与という形で、僅かながら彼が自由になもの(彼は婿養子で、財産の大半は妻のものだ)・・・・それは彼の実父が横浜で小さな貿易商をしていた時に、取引で手に入れた、欧州の某国の記念硬貨のセット・・・・恐らく世界ではもうこれしか遺っていないだろうと思われているもので、現在の価値に換算しても、億は軽く越えるだろうと値踏みされているそうだ。
これを出来れば遺産代わりに贈りたい。
その使いを俺に任されたというわけだ。
これとても、難事件でも何でもない。
ただの使いに過ぎない。
だがそこにも『彼』はついてきた。
俺がコインの入ったケースを抱え、東京駅から電車に乗り込んでも、傍を決して離れようとはしなかった。
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