その2
『で、親はなんて言ってるんだ?』俺はシナモンスティックを齧り尽くし、残りをぬるくなったコーヒーで、胃の中に流し込んだ。
『え?』彼・・・・おっと、名前を紹介してなかったな・・・・彼の名前は守田憲作(どこかの知事だか市長だかと同じ読みだ。あちら同様、熱すぎるほど熱いところだけはそっくりだ)は、目を丸くして俺を見つめた。
『親だよ、つまりは君の両親だ』
『僕はもう高校は卒業してるんですよ?』
『違うんだよ、坊や・・・いや、守田君はまだ18才だろう?酒も呑めないし、犯罪を犯しても新聞やテレビじゃ匿名扱いになる・・・・社会的に保護されている立場だ。就職するのだって親の許可がいる筈だ。それにな、俺たちの業界には「私立探偵業法」って掟があるんだよ』
要するに探偵になるには日本国籍と、病気や重犯罪歴があるかないか、それに『満20歳以上であること』という条件があるのだということを話して聞かせた。
『俺がこいつを破って、君を雇ったりしたら、バッジとライセンス・・・・つまりは認可証を取り上げられちまう。そりゃ、免許がなくたって探偵はやっちゃいけないと決まってるわけじゃないが、俺みたような一匹狼は、それじゃ仕事の幅が減って、明日からおまんまの食い上げになっちまうんだ。』
彼はがっくりとうなだれて・・・・ほんの十秒ほど考え込んだ。
『少年探偵なんてものが活躍できるのは、日本ミステリィ小説の泰斗であるR先生の創作したK少年か、今はやりの何とかいう少年漫画「見た目は子供、頭脳は大人」のあの子達の住む世界だけさ。彼らに喝采を送ってるだけにしときなよ』
これでやっと諦めたろう。
だがそれも『たったの十秒間』だけだった。
それが過ぎると彼はむしろファイトを燃やしたように頭を上げ、
『だったら、雇ってくれだなんていいません。お金もいりませんし、仕事のご迷惑にもならないようにします。お茶くみ、電話番、掃除、何でも無料でします。もしあなたの仕事について行って、危険な目に遭っても、決して責任を負わせるような真似はしません!』
火を噴くような調子で、俺を見つめた。
『僕は乾さんの評判の幾つかは知っています。どうして知ったかって?そんなものネットサーフィンすれば簡単ですよ!だから貴方を尊敬してるんです!』
俺はため息をつき、今日は一本だけだと決めていたのに、三本目のシナモンスティックに手を伸ばしていた。
『・・・・とにかく、今日はこれから仕事なんだ。依頼人に逢わなきゃならないんでね』
俺はデスクの傍らの洋服掛けからコートをとってデスクの上に置き、今度はしゃがんで保管庫に手を翳した。
保管庫・・・・つまりは拳銃をしまっておく金庫のようなもんだ。
右手を広げて扉に翳す。
俺の指紋と掌紋が登録してあって、俺以外の人間には開けられないようになっているのだ。
勿論、今日の依頼には今のところ拳銃は必要ないが、このめんどくさい少年がいるんだ。念には念を入れる必要がある。
彼は俺がホルスターに銃を収めるまでの動作を、一つ一つ確認するような目つきでじっと眺めていた。
すると、
『はい!』とデスクに置いたコートを俺に着せかけようとする。
それを無視して俺は黙って自分でコートを着た。
ものも言わずに俺は事務所の外に出る。相変わらず彼はついてくる。
『はっきりいっとく。これ以上ついてこられるのは迷惑だ』
少しきつい調子でそう言っても、彼は諦めることなくついてくる。
やれやれ・・・・俺は肩をすくめた。
とんだストーカーである。
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