整数魔法の魔法学

リーマン一号

第1話

魔法とは乗算である。

それは、かつて伝説と唄われた魔法使いのが残した言葉であり、俺にとっては逃れることのできない忌まわしきルールだった。


・・・


半円状のドームに形どられたムダに広い講堂の中、一人の男の声が木霊する。

「魔法の元となる元素は二つ。魔素と要素だ」

厳粛な雰囲気の中、とんがりハットとローブに身を包んだ男の姿は少しばかり滑稽だが、それが魔法の国の出来事であればなんとなくそれっぽく見える。男は続けた。

「二つのエネルギーは乗算の関係にあり、十の魔素と十の要素を掛け合わせれば、威力100の魔法が顕現する」

言うが否や男は自分の前に手のひらほどの白い球体と赤い球体を生み出し、二つを混ぜ合わせた。

「火球!」

二つが合わさり一つとなった球体は激しく燃え上がる。


現代社会で魔法を見たことない人間は数知れずいれど、その言葉を知らぬ者はいない。とりわけゲームや漫画に精通する学生であればなおさらだ。

男を囲むように期待に胸を染めた群衆はぐいと一歩男に近づいた。

「あわてるな」

男は少しだけ口元を歪ませながら、群衆を手で制する。

「これは決して難しいことではなく、人が生まれながらに持っている素養だ。君たちはただ、長い年月の中でその使い方を忘れてしまっただけに過ぎない。」



「そして、誰もが知っての通り『魔法とは乗算』だ。1の魔素には1の要素を付加することができ、10の魔素には10の要素を加えることができる。さて、ここで少し模擬授業といこう」


教壇で抗議をしていた教授は小さな白いボール玉のような魔素を捻出すると、そこに何やら呪文をとなえると、白いボール玉は大きな岩石へと変貌した。


「おぉ! すげえ!」


「噂は本当なんだ・・・」


生徒からひそひそ声で歓声が上がり、教授は少しだけ得意げだったが、先ほどの魔法は土系統における初歩的なもので、要素さえ合えば生徒にだってできる簡単なもののはず・・・。


俺は小首を傾げた。


「今から、先ほど作り出した岩に二つの魔素を交互にぶつける。ただし、一つはそのまま。そして、もう一つには要素を付加する」


そう言って、教授は再びボール状の魔素を二つ生み出し、一方に呪文を唱えると、白球が突然赤みを帯びてきたかと思えば、そのまま一気に燃え上がったり、二つの色違いのボールが教授の手中でぐるぐると円を描いた。


「さて、準備完了だ」

「ああ。なるほどね・・・」


デモンストレーションを終えて、俺はようやく先ほどの歓声の理由を理解した。

教授が作り出した赤い玉はファイヤーボールという火魔法で、火の要素を使用したこれまた初歩的な魔法だが、注目したいのはそこではない。

先ほどの岩石を作り出す魔法はロックという土魔法で、今回使ったのは火魔法。

先天的に得た物か、それとも努力によって会得した者かはわからないが、教授は二色の魔法を使いこなすダブルらしい。


「それじゃあ、まずはただの魔素をぶつけるぞ」


教授はそう言うと、白球を岩に向かって高速で投げつける。

ドンッ!

激しい音と共に砂煙が舞い、それが静まる頃には魔素が岩にめり込んでいるのが分かった。


「これが魔素だけの威力だ。岩の表面に跡を付けるほどの衝撃はあっても決して貫通する程の力は無い。続いて火の要素を加えた魔素だ」


教授が今度は先ほどよりもそっと岩へと放り投げると、魔素が岩に触れた瞬間、岩は木っ端みじんに弾け飛んだ。


「おぉおおおおおおおおお!!」


生徒からは拍手が上がり、教授は演目を終えたマジシャンのように深々とお辞儀をする。


「QED。以上で魔法の基礎講義終了だ。見ての通り10の魔素に10の要素を掛け合わせれば、その威力は100となり、単純に100の魔素を練り上げるより簡単で、しかも燃費がいいから覚えておくように」


魔法が乗算というのはこの理論のことだ。

どんなに魔素を練りこんでも、乗算である以上要素の力なしには大きな力を生み出すことはできない。


「ちなみに・・・。先生は何を隠そう土と炎の要素を持つダブルだが、これは先天的に得た物ではなく、努力によって培ったものだ。努力は必ず報われる。みんなも精進しなさい」


最後に生徒にはっぱをかけるようにして授業終了のチャイムが鳴り、生徒たちのやる気が満ち溢れていく中、俺は一人寂しく呟いた。


「魔法は乗算だって? 糞くらえだな・・・」


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