第13話 11月18日『2つの1つ』(雪見だいふくの日)

 先週、親友の純から「みたっち、わたしもう無理かも」と泣きながら電話がかかってきた。


「なにかあったの? 大丈夫?」と尋ねると、どうやら彼氏とうまくいっていないらしい。 本当は詳しく話を聞いてあげたかったけど、私もアニメの制作デスクという立場だし納品前で忙しくて、時間を作ることができなかった。


 狼狽していてる純に、「週末! 日曜日だったら少し時間作れると思う!」と告げて、通話を終わらせた。


 しばらく前に、今の彼氏と別れるかもしれないと話していたっけなぁ、もしかして彼氏が浮気でもしたのだろうか、と考えを巡らせる。純を不幸したら許さないぞ、と思いながら、わたしは約束の時間に待ち合わせ場所と言えばココ、と決めている二人でよく行くカフェに向かった。


 駅から歩いて十分ほどのところにある個人経営の小さな店で、気に入っている。料理や飲み物が絶品! というわけではないけど、木目を基調とした雰囲気が素敵で好きだった。


 店内に入ってぐるりと見回すと、すぐに純が目に入った。純もわたしに気づいたみたいで、手をあげる。疲れきった顔をしているかと思ったけど、さっぱりした顔をしていてほっとする。


 やって来た店員さんに抹茶オレを頼み、純の前に座る。


「で、どうしたの? なにがあった?」

「わたし、今の彼と結婚することになった!」

「はぁ?」


 想像していたのと百八十度違う言葉に、思わず声が出てしまった。純が、少し恥ずかしそうに頬を赤らめている。


「あんた、だって、わたしに電話かけてきて、この前電話で彼氏と別れるかもっつってたじゃん」


 それで呼び出されたのに、話が違う。「ドッキリだったの?」と尋ねる。


「違うの! 昨日までもう無理かもって思ってたんだよ? 仕事が忙しいって全然会ってくれなかったし、、別れ話をする覚悟もあった」

「で、昨日なにがあったのさ?」


「久しぶりに会って、二人でお昼から美術館に行って、ウィンドウショッピングをして、あとは家に来てだらだら海外ドラマを見てたの」

「まあ、休日のデートって感じだね」


 自分の仕事は休みがバラバラで、恋人とデートをすることも恋人を作る機会もないなぁ、と思う。「仕事が忙しくて会ってくれない」と純から話を聞いたとき、本当に忙しいと頭と体が動かないし無理もないんじゃないかなぁと、彼氏に少し同情していた。


「炬燵を出したからアイスクリームを食べたの。寒い日に食べるアイスって美味しいじゃない? それでわたしはカップアイスを、彼は雪見だいふくを」

「それで?」

「美味しそうだなぁと思って見てたらね、彼が雪見だいふくを一個くれたの!」


 純が目を見開き、感極まった顔をする。


 が、わたしは、拍子抜けした。


「え、別に普通じゃん」

「そんなことないよ! カップアイスの一口ちょうだいだったらあげてもいいし、6個入りのピノでもあげていいと思う。でも、2個しかない雪見だいふくの1つは大きいよ!」

「純はわたしにも雪見だいふくちょうだいって言うじゃん」


 それで、わたしはいいよとあげている。


 すると、純はまさしく! という表情になった。


「雪見だいふくを迷いなくくれるのって、みたっちみたいだ! と思って。みたっちみたいな人とだったら結婚したい! って思ったの」

「え? わたし?」

「そう! だって一番の親友だもん!」


 話を詳しく聞くと、純は雪見だいふくをもらった後に号泣してしまったらしく、驚く彼氏にずっと寂しかったのだと話をし、彼氏もそれを重く受け止めてプロポーズをしてきたのだという。


 そんななし崩しのプロポーズでいいの? とか、アイスクリームがきっかけで決めていいの? とか呆気に取られる。が、話を聞くと、彼氏も純のことをないがしろにしていたと反省した誠実な人のようだし、他人の結婚話にケチをつけるのは気が引けて、「おめでとう」と伝えた。


 彼氏がわたしみたいな人だと言うのなら、純の幸せを願っているはずだ。


「ねえ、みたっちはどうして雪見だいふくを1つあげられるようになったの?」

「だって、2つあるってことは、1つは人にあげてもいいってことじゃん」


 そう口にしたとき、これはわたしの言葉ではないぞ、と気がついた。


 高校時代に付き合っていた恋人の言葉だ。


 元彼はそう言って、ものがダブるとわたしにくれた。わたしは元彼からものがもらえるのが嬉しかったかし、その考え方は素敵だなと感じて真似するようになった。


 が、人は付き合うと別れてしまうこともある。


 別れた途端にその考え方を放棄すると、元彼に「なんだ、自分の影響を受けていただけか」と笑われてしまうような気がして、真似し始めたことは継続している。他にも、「誰も見てなからってルールを守らないのはよくない」と言ったのが素敵だと思ったので、わたしは絶対に車が通っていなくても赤信号を渡らない。


 元彼は、わたしのことを幸せにはしてくれなかったけど、わたしの親友を幸せにしてくれることになったのか。


 善行は巡り巡るねぇ、としみじみした。


 けどもしかして、純の恋人ってわたしの元彼じゃないよね?

 それだけが少し不安になった。

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365日小説 如月新一 @02shinichi

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