第76話


「なんなんだろうなぁお前は。」



 優しく光る瞳を揺らして、眉を下げるセドリック。

 サラディアナの髪から手を放すと、その手を見つめながら何度か握ったり開いたりを繰り返した。



「お前は出会った時から変わらない。混沌とした薄汚い情報や思惑が渦巻く、こんな宮廷ですぐに染まると思っていたのに相変わらず純粋でまっすぐなままだ」

「セドリック?」


 いつもの雰囲気とは明らかに違うセドリックにサラディアナは困惑した。

「どうしたの」と声をかけるために口を開きかけたとき、会場で流れていた音楽が変わる。

 会場内の雰囲気もガラリと変わりサラディアナは視線をセドリックから放してしまった。



「ダンスの時間だ」

 再びセドリックに視線を向けると、そこには先ほどの悲壮感のような表情は消えており、いつものセドリックに戻っていた。

 シッシッとめんどくさそうに手を払う仕草をする。



「ほら、いってこい。ハワード殿と踊るんだろ?」

「で、でも....」



 セドリックの言い分にサラディアナは戸惑う。

 セドリックを1人にするのはとても心配だ。

 目を離した隙にまた部屋に戻ってしまわないとも限らない。それに───。

 サラディアナはチラリと会場に目を向ける。

 その目はいっとう光を放ったように輝き、多くの視線を捕らえる空間がそこにあった。

 キエルだ。

 きらびやかな服を着た女性や紳士達に囲まれている。

 気負いしてしまう程にそこは優雅だった。


 キエルの横で頬を赤らめて必死に話しかける女性。その女性はどうやらダンスのお誘いを待っているようで演奏者の方を指差している。

 この国では基本的にダンスのお誘いは男性からするのがマナーだ。

 もし、キエルが彼女を誘ったら。

 そう思った途端、サラディアナの体がスーと冷めていくのがわかった。

 でも。でも。でも....。


「俺の事はいい。まだ当分動きたくない。....そうだな、あと1曲終わるくらいはここに居てやる」

「....ほんと?」

「ああ、だから早くいけ」


 取られちまうぞ。と言いながらセドリックはソファに足を上げて横になった。

 せっかく髪をセットし直したのに台無しだ。



「俺はな、サラ。お前の事を気に入っている」

「前にも聞いたわ」


 でもそれは、揶揄いがいがあるという事だと十分理解している。

 眉を寄せていうサラディアナに、セドリックは「はは」と小さく笑う。


「そうだな。ずっとそばにおいてお前で退屈しのぎをしたいくらいにな」

「セドリック!」

「さらに」


 サラディアナの言い分をセドリックが遮る。

 先ほどとは打って変わって、どちらかというと悪戯っ子のような笑みを浮かべたセドリックは鼻を鳴らした。


「俺はとても寛容だ。気に入りが俺以外の事でしょげた顔してるのは気に食わない。だから今回はお前のダンス相手をあいつに譲ってやるよ」

「!!」

「俺の相手を無下にするんだ。お前が踊りたいやつと踊らないなら許さない。」



 セドリックの言葉にサラディアナは自分の足が軽くなるのを感じた。

 そして、クララに意気込んだあの時の勇気を思い出す。


「サラディアナ」

「?」

「今日のお前はとても綺麗だ」

「!!」


 セドリックの言葉に驚いて目を見開いた後、サラディアナはにこりと微笑んで頷いた。

 くるりと踵を返して、サラディアナは少し駆け足気味に足を進める。

 信じられないくらい足取りが軽い。

 まるで、セドリックの言葉に背中を押されているみたいだ。



 サラディアナは一つ大きく深呼吸をすると、この世で最も綺麗な音を奏でる名を紡いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋する乙女。宮廷魔導具技師になる。 𣜿葉みくり @aika308

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ