第72話
ザントとサラディアナが他愛の無い話をしていると、会場の出入り口が俄に騒がしくなる。
何事かと声のする方へ視線を移すと、同じように出入り口に視線をやったザントが「おっ」と声をあげた。
「サラ!!」
「セドリック...?」
ツカツカとやってきたのはセドリック・ドラフウッド。
宮廷魔道具技師であり魔導師の素質のある、サラディアナの直属の上司だ。
いつものようにラフな格好ではなく、魔道具技師全員に支給されている礼服を身につけている。全身紺色の服、臙脂色のマント。あらゆる部分に装飾が施さられた随分煌びやかなそれは以前威嚇戦線の時に身につけていたそれである。
そして驚いたことに、セドリックが常日頃好んで被り続けている黒の外套はそこにはなかった。
そのおかげでいつも隠れて見てない端正な顔や純黒石のような左目も健在だ。それ以上に無造作に伸ばされた長い黒髪が緩く編み込まれて腰の近くで一つにまとめられていた。
正直、一瞬誰だがわからなかった。
そんなサラディアナの反応を他所に、セドリックは勢いよくサラディアナの両肩を強く掴むとグラグラと揺らした。
「あんな男やめておけ!悪い事は言わない!あいつより俺の方がよっぽど良いぞ!タチが悪すぎる!」
「心外ですよ。ドラフウッド殿」
珍しく声を荒げるセドリックを他所に、後ろから柔らかい声色が響いた。
その声は勿論、セドリックを迎えに行ったキエルだ。
キエルに向かって鋭い支線を向けたセドリックは「うるさい!」と警戒心むき出しで応える。
「なんなんだこいつ。俺は行かないって言ってるのに」
「何かあったのですか?」
「こいつ!俺が魔法で閉じたドアを無理やりこじ開けたと思ったら、…俺の大事な魔法石をひとつひとつ割って行きやがった…」
部屋であった事を思い出したのか、セドリックの言葉尻がしぼんで行き最後の方は弱々しくなった。
若干の震え声にも聞こえる。こんなセドリックの姿はめずらしい。
しかし、彼の言うキエルの荒技には驚いた。
恐る恐るキエルの方へ向けると、肩をすくめた彼と目があった。
「誤解だよディア。幻覚魔法で壊した様に見せただけだよ」
「それでも俺の精神を抉るのには十分だろうが!!」
「君だってトラップ魔法を仕掛けて来たじゃないか。」
なるほど。高度魔法の応酬だった様だ。
サラディアナは未だキエルに警戒心をむき出しているセドリックの肩を叩いた。
「本物の魔法石は無事だったのですし、貴方が閉じこもった事も一因ですよ。アシルバート殿下からも参加を促されていましたよね?」
「くっ!」
「キエルも、セドリックをあまりいじめないであげてください」
「うん、わかったよ。ごめんねディア」
「謝るのは俺にだろ」
「はっはっはっは!!」
突然始まった茶番ともいえる会話だ。
この3人のやりとりにザントがお腹を抱えて笑い出した。
なにがおかしいのか分からずきょとんとするサラディアナにザントは目に涙を浮かべて口を開く。
「すまんすまん。振り回されてるセドがおかしくってな」
「なんだと」
「おっと。それじゃぁ
セドリックの怒りの矛先が向きそうになり、ザントはひらひらと手を振ってその場を立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます