第70話


「失礼。ズワーク魔道具技師長。」


 ジェルマの暴走に戸惑うサラディアナの横で、声が上がる。

 今まで2人の動向を静観していたキエルだ。

 和やかな笑みを浮かべジェルマを見つめながら、更に言葉を続ける。



「もしよろしければ私がドラフウッド殿を呼んできましょう。」

「ハワード殿が?」

「ええ。ディアとドラフウッド殿の間に変な噂が立つのは困りますので。」

「ディア?」

「ええ、ディアです。」


 きょとんとしたジェルマにキエルは笑みを絶やさず頷く。

 そして、サラディアナの髪を自然な動作で優しく撫でる。幼い頃と変わらない優しく安心する手だ。



「ディアはここで待っていて。そろそろパーティーも始まるだろうし。....ああ、出来るだけ1人にならないようにね」

「わ、わかったわ。」

「よし」


 戸惑うサラディアナをよそにキエルはクシャリと髪を一房掴むように撫であげるとパーティー会場の出入り口に足を進めて行った。

 目の前にいたジェルマは勿論、既に会場へ入り一部始終をみていた周りの人たちがざわつく。



「え。なにあれ、どういうことなのサラディアナ」

「....えっと」


「幼馴染なんです」と小さく呟いたサラディアナにジェルマは「なるほど。あれが天性の人誑し」と、ブツブツと呟く。

 触れられたところが熱い。そんな気がしてサラディアナは自分の髪を撫でたのだった。



 ────────



「なるほどな。いやー、その状況俺も近くで見てみたかったわ」

「見られても困りますけど」



 数刻前の出来事をザントに説明をする。

 それだけなのに頬が熱い。思い出すだけで呼吸困難ものだ。

 落ち着け───

 そうサラディアナは、自分に言い聞かせる。

 キエルが自分の髪を撫でる事は故郷ではよく見られた光景だ。

 彼の名を呼びその腕に飛び込めば、彼は必ず自分を受け止めて優しく髪を梳くように撫でてくれた。

 だが成長するに連れて、その行為がとても気恥ずかしい事だと──特にそれが男女間では特別な意味になる事だと知った。

 それが当たり前だと享受していた自分が恥ずかしい。

 それなのに当の本人であるキエルは顔色一つ変えないでそれをやってのける。

 未だに自分を子供扱いしているのだ。

 それが嬉しくて照れ臭くて、とても虚しい。

 サラディアナは、はぁと小さくため息をついた後ザントへ顔を向けた。


「というわけで、キエルは今ここに居ないんです。そろそろ戻ってくるとは思うのですけど。」

「それはセドリック次第って所だな」

「ええ」


 ザントの言葉にサラディアナは頷いて同意する。

 キエルがどんな手を使うかわからないが、セドリックをあの開かずの間から引っ張り出すのは至難の業だろう。

 期待の宮廷魔導師の力をもってすれば可能なのかも知れないが、下手したら城の一部が大破する可能性も捨てきれない。

 威嚇戦線の事を思い出すとそれだけは御免被りたい所だ。


「ま、最終手段としては、アシルバート殿下の召喚だな」

「殿下?」


 ガシガシと頭を掻くザントにサラディアナは首を傾げた。

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