第68話


「楽しんでるかいサラディアナちゃん」

「ザントさん」



 後ろから声がかかる。

 サラディアナは声の主であるザントに顔を向けた。

 しかし笑顔を向けてすぐに顔を顰める。

 なぜなら、目の前にいるザントのその表情だった。



「ザントさん。....すごく顔色が」

「あーやっぱりわかる?」



 へらりと笑うザントは、いつぞやに会った時のあの豪快さがまったく窺えない────むしろかなり顔色が悪い。

 心配をするサラディアナをよそに、当の本人は乾いた笑いに近い笑顔を向ける。



「ちょーっと色々仕事が立て込んでてねぇ」

「それは、大変ですね」

「そうそう。でも今日であらかた解放されるから今夜はぐっすり眠るれるかな」

「そうですか」



 ザントの言い方から考えると、その立て込んだと言う仕事はこの労い会が要因であると言う事だ。

 サラディアナは浮き足立ってしまった事を申し訳なく思うと同時に、煌びやかな雰囲気や各所で催されているイベント、美味しい料理の数々を思うと、ザントのセンスに感動していた。

 初めてのパーティーはとても素敵な思い出として心内に刻まれそうだ。



 サラディアナは感謝を込めて「とても楽しいです」と応えると、ザントはニコニコと笑って頷いてくれた。



「しかし、良かったなサラディアナちゃん」

「え?」

「キエルが今日のパートナーなんだって?結構な噂になってるぜ」

「!!?」



 ザントの発言にサラディアナは瞳を大きく見開く。なぜ知っているのか。

 否。あの有名なキエルが春棟食堂という大観衆のいる中でパートナー発言をしたのだ、広まる事はわかり切っていた。

 ただ、早い。

 パーティーが始まってまだ1時間も経っていないのだ。

 それだけ衝撃の事実だったのだろうか。

 サラディアナはおずおずとザントに向かって口を開いた。



「あの、こういうのって珍しいんでしょうか」

「ん?」

「キエルがパートナーと一緒にパーティーに向かうのって」

「.....ふむ」



 ザントは腕を組むと「そうだなぁ」と真面目な顔で頷いた。




「あいつが王宮勤めになって3年。その間いくつか夜会や式典があったが、パートナーを連れてきたっていう事は無かったかな」

「!!」

「基本的に宮廷魔導師として王族の護衛や会場に魔法を使って守備強化に回ってた」

「じゃあキエルのファーストダンスは!?」

「あー....」


 前のめりに聞くサラディアナにザントは申し訳なさそうに眉を下げる。




「いえ、....やっぱりいいです」

「まぁ、断れない相手だったんだすまん。」



 ザントが謝る事ではない。自分が故郷にいる間の事だ。

 どう転んでもどうにもならないという事は多々ある。理解している。

 それでもやっぱり落ち込んでしまう。

 心のどこかで、「自分が」と思ってしまっているのだ。

 その様子を見かねたザントはポンっと励ますように肩を叩いた。





「そういえば、当の本人はどこに行ってんだ?」

「キエルはいまセドリックの所に向かいましたよ」



 あたりを見渡すザントに、サラディアナは肩を竦めて答えた。

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