第54話



 サラディアナが宮廷魔導具技師になった理由。

 それは、「キエルの力になりたいから」、それだけだ。

 だが、それを本人に言えるかというとそうではない。

 心に秘めた想いを吐露した事で、今の関係が崩れる事も避けたい。

 なので、少しだけはぐらかしを含めて答える事にする。



「えっと....。師匠が素質があるって言ってくれたから」

「師匠?」

「村にいた魔導具技師よ。ロッゾ魔導具技師」

「ああ....」


 ロッゾ・ゾイ。

 それがサラディアナの師匠の名前だ。

 村の中でも林の奥深くに屋敷を構えて、時折村に降りてきては魔導具を直して帰る。

 あまり人と交流を持たないが、村に唯一の魔導具技師であり、技師としての腕は良く、村人の信頼は厚い。

 そんな彼が、サラディアナの魔力を気に入りここまで育ててくれたのだ。

 その事を掻い摘んで説明すると、キエルは「そう」と呟いたきり押し黙った。



「師匠から魔導具技師のイロハを教えてもらって、この仕事にやりがいを感じたの。だから、最高峰である宮廷魔導具技師になって腕を極めようと思って試験に挑戦した」

「そして受かったという訳だね」

「そう」



 嘘はついていない。

 そこに『キエル』という存在がいたと言う大きな理由を伝えていないだけ。

 これではぐらかせたとは思わない。

 でも彼はわかってくれるはずだ。

 言えないことをひっくるめて、サラディアナが決断した事を。




「君の異能は隠しているかい?」



 次の質問に、サラディアナはぐっと唇を噛んだ。

 キエルが知りたい確信はやはりこちらだったのだろうと即座に理解する。


 ─────魔法石の力を蘇らせる。

 この能力は決して口外しないようにとキエルと約束したことだ。

 サラディアナは申し訳なさそうに肩を落とし、フルフルと首を横に振った。

 キエルがハッと息を詰めた事を感じたがサラディアナは口を開く。



「ごめんなさい....師匠は知ってるの。魔導具技師の視点からこの力の捌き方を知りたくて」

「.....」

「やっぱり師匠もこの能力は隠すべきだとおっしゃったわ。未知な能力であるし、この力がこの世界の理りを歪めてしまう事も教えてくれた。私の命すら危険だと言うことも。」



 キエルが「隠すように」と言った理由。

 幼かった自分は隠すことの意味を理解できていなかった。

 それを解いてくれたのは師匠のロッゾだ。

 キエルの想いを汲み取り、2人で話し合ってこの能力を隠す事に決めた。

 だから、キエルとロッゾ以外この能力については知らない。

 そう伝えると訝しげにこちらを見ていく。




「他には?」

「え?」

「ドラフウッド殿に話したかい?」



 声のトーンをさらに低くしキエルが尋ねる。

 その質問にサラディアナは勢いよく首を横に振った。



「話してないわ!!」

「.....ほんとに?」

「....都にくる途中で女の子の時計を直すために力を使ってしまって。その時にアシシにちょっと疑われたけどはぐらかせたわ」

「アシシ?」



 新しい人間の名前にキエルは首を傾げる。

 その反応に今度はサラディアナも首を傾けた。



「宮廷魔導師の方よ。髪が青くて顔が良い。セドリックの部屋によく来るの。知らない?」

「.....ぁあ」



 珍しくキエルが顔を覆うような仕草をした。

 いつもニコニコしている彼には珍しいその動作にサラディアナは困惑を禁じえない。

 声を掛けようと口を開くと、徐に肩に手を置いたキエルによって阻まれた。



「いいかいディア。これからは村にいた時よりさらに注意してくれ。この王都は村のように平和で穏やかな場所ではない。あらゆる悪意や陰謀が渦巻いている。何があってもあの能力を隠し続ける事。約束できるかい?」

「え、ええ」

「あと、ドラフウッド殿やアシシ....殿、にも話してはいけないよ。例え相手を信頼できたとしても知る人が増える分そのリスクが高まる」

「わかったわ」



 有無を言わせないその声色にサラディアナは頷いた。

 キエルははぁとため息を吐いた後、鋭かった瞳をふっと和らげ微笑む。



「それならば、改めてちゃんと言えるよ。宮廷魔導具技師合格おめでとうディア。君は僕の誇りだよ」

「......!!」



 その言葉にサラディアナは瞳を見開いた。

 そして、思わずキエルの腕に飛び込んだ。

 赤銀色の髪が跳ねるほど勢いよく抱きついたのに、それをあっさり止めてしまう逞しいキエルにさらに心が躍る。

 ここでサラディアナは心が満たされた事に気づいた。

 ああ私はキエルに認めて貰いたかったのだ。

 あの、威嚇戦線で再開した時に拒絶されたことがとても痛かった。辛かったのだ。



 サラディアナはそこでようやくキエルの真正面に立てたような気がした。

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